第19話



あの日から私は思いふける事が増えた。



莉緒は私が愛せていると言った。

それがずっと頭から離れない。


私は莉緒に対して特別な感情を抱いていないのに莉緒にする行為は全て愛になる。

好きな感情すらも分からないのにだ。

なのにこれが本当に愛なのか?


でも幸せを感じさせているのであれば実質的に愛するという行為であるのは頷いてしまっても変ではない。


それに私は変わりつつある。

莉緒の愛に触れて、莉緒が幸せを感じてくれる姿に何か感情が芽生えたのは確かだし、莉緒が苦しむ姿を見ると何かが私の中に沸き上がってくる。


これはなんなんだ?

殺意ではないのに私はなぜ殺そうとしたんだ?


好きだから?愛してるから?



分からない。この気持ちが全く分からない。私はなぜか莉緒を苦しめる選択をして行動を起こしてしまう。

その時は幸せになれると思って莉緒の感情を理解したくなっていたが、今冷静に考えるとなぜそうまでして流されて、感化されたようになってしまうのか謎だった。



あの子は私を心底愛している。それは分かった。

純粋な心を持っているけれど、莉緒は私に止めどない歪んだ気持ちも伝えてくる。


それはまるで私にまとわりつくように。

私をどこにも行かせないように。


あの子は私を愛するのに私には大したものは求めない。ただ一緒にいるだけで無限の愛を伝えようと自分の全てをさらけ出して差し出すなんて、……人としておかしく感じる。


人である以上求めずにはいられないはずなのに、莉緒は私になぜ沢山求めたりしないんだ。どうしてなんだろう。どうして欲張らずに幸せそうに笑うんだろう。


私はそれが気になって考えずにはいられなかった。



莉緒はあれから普通に私にいつも通り接してくるが、莉緒が何を思っているのか私には疑問でしかなかった。



そうやって考えながら私はまた飲みに出掛けていた。

今日はこないだ飲んだ水島に飲みに行こうと言われて居酒屋にやって来たのだが、彼氏と進展があったのだろうか?

なんだろうなと思った私は水島の言葉にうんざりしたような気分になった。




「彼氏がね、あれから話し合ってやっぱり公務員になろうって話になったんだけど、勉強が思うようにできなくて鬱病になっちゃったの」


酒を飲みながら話されて世の中クズしかいないなと改めて実感する。私はすぐに口を開いた。


「逃げたんじゃないのそれ」


「え?」


私には深刻にすら思えない。



「勉強ができない口実に病気に逃げたんじゃないの?仕事はどうしたの?」


「えっと、…仕事は勉強始める時に辞めたよ」


「は?ありえなくない?水島大丈夫なの?」


呆れすぎて頭が痛い。彼氏は随分浅はかなバカ野郎だ。大して何も思われていないじゃないか。私は水島の彼氏に対してイラつきながらも冷静に思った事を伝えた。


「普通働きながら勉強するもんでしょ?その時点で水島を当てにしてるのがありえないから。しかも勉強ができないから鬱病になったって、何年もやった訳じゃないし何ヵ月かの話でしょ?普通に甘えじゃん。公務員なんかなりたいやつ腐るほどいるし営業の仕事が嫌だから逃げたけど理想通りに行かないからまた逃げたって事でしょ。どんだけ甘い考えで生きてんのそいつ?もう別れたら?時間の無駄だよ」


「で、でも……まだ勉強頑張るって言ってたし…」


「今そんな事してんだからこれから先も無理だよ。甘えた考えで水島っていう利用できる人を利用して都合良く生きていこうとしてるんじゃない?そもそもそんな好きとか思われてないと思うよ絶対。それに子供がほしいなら本当に時間がもったいないし無駄だよ」



前から少しどうなんだろうとは思っていたが、最初からそうやって思うという事は最初に不信感を感じたらダメだという事だ。

水島は結婚をしたいと言っているし子供もほしいと言っていた。好きだとしてもこの関係は利用されているようにしか思えないから早々に終わらせるべきだ。


「……やっぱりそうかな?……私もちょっと考えてたんだよね……」


水島は悲しそうな顔をしたが私は放っておけないから傷つくだろうが言ってやった。



「最初からその程度にしか思ってなかったからそういう甘えた事してんじゃないの?」



「……景子キツすぎ」



キツかろうがなんだろうが私はここで責任のない慰めはできない。


「じゃあ利用されるだけされてみてもいいんじゃない?たぶんそんなんじゃ子供作っても外で遊ぶだろうし、子供の面倒なんかみないと思うよ?子供みたいに甘えてるんだから」



「……はぁ、景子って昔から正論しか言わないよね。…私もちょっと不信感あったし、ダメかなこれはって考えてたからどうにかするよ」



水島は落ち込んでいるようだがそんな寄生虫みたいなやつは切った方がいいだろう。水島は深いため息をついた。


「はぁ~、私また結婚できないし子供も先になっちゃったよ。……本当どうしよう」


結婚や子供に執着するのは女である以上仕方ないとこの年までくると常々思うから特にそれに関しては何も言わない。しかし私にはくだらない事なので鼻で笑いながら冗談を言ってやった。



「気長に探せば?まだまだ可能性はあるでしょ。四十前後で子供作ってる人もいるんだし。うちの院長に紹介してもらう?」


「えぇ~?勘弁してよ。なんか超勘違いナルシスト野郎しかいなさそうじゃん」


「それでも平気だよ。うまく手玉にとればいいだけ」


「ふふふ。すんごい疲れそうそれ」


水島はやっと笑ってくれた。

そのあとは水島の彼氏の今後について話しつつ色々話しながら笑った。

水島は落ち込んでいたが吹っ切れたみたいだったからよかった。またしばらくしたら私から飲みに誘ってみようと思う。



水島と飲んでから家に帰った私はお風呂に入ってすぐに寝てしまった。

今日は久々にゲーセンやドライブでもなかったから莉緒を考えずにいれた。

そう思っていたのに朝起きたらキッチンに莉緒が立っていた。



「……いつから来てたの…?」


お昼前に目が冷めた私は可愛らしいエプロンを着けた莉緒に訊いた。いつの間に来ていたんだ。


「あ!先生おはようございます。さっきですよ。昨日はゲーセンかドライブか、友達と飲みに行ってるんじゃないかなって思って」


「……あっそう」


私の行動の選択肢は少ないので読みやすいがこうやって行動を読まれていると少しムカつく。私は顔を洗うとソファに座った。それにしても莉緒は私のキッチンを使いこなしているがいつから把握しているんだろう。



「先生?今日は二日酔いかもしれないから食べやすいようにスープ作ったんです。あと今人気のワッフルも買ってきましたよ?あとでコーヒーいれますから食べましょうね」


「うん、ありがとう」


頼んでいないのに嬉しそうな莉緒を見ていると謎が深まって余計に色々考えてしまう。

私はその後勝手に作ってくれた莉緒のご飯をいただいた。


後片付けを済ますと莉緒はソファに座っている私に密着するように座った。



「先生今日の私はいつもと違うんですよ?何か分かりますか?」


近くに来ただけでそれはすぐに分かったから私は特に莉緒に顔を向けずに答えた。



「香水」


「正解です。先生を常に感じてたいので同じやつにしてみました」



莉緒は私の部屋に置いてある香水を調べたようだ。莉緒も暇だ。


「いいんじゃない」


「本当ですか?先生の匂い大好きだからこの香水つけるとテンションが上がるんです。先生がすぐ近くにいるみたいでにやにやしちゃいます」


「よかったね」



あの甘ったるい匂いから変えるなんて、莉緒の好みとは真逆だろうに。そこまでしてしまう莉緒にはため息がでる。


「先生?今日またデート行きませんか?」


そしてやっぱりデートの誘いをしてきた。言われそうだなと思った私はとりあえず流してみた。


「また今度ね」


「今日がいいです。先生今日は暇ですよね?」


「テレビ見るから忙しい」


「興味なさそうじゃないですか」


朝から莉緒の相手をするのは疲れる。莉緒は甘えるように私に凭れてきた。


「先生じゃあ私が一人でするのに付き合ってくれませんか?こないだからしてないから先生に見ててほしいです」


「一人でやればいいじゃん」


「一人じゃあんなに気持ち良くなれません。先生どっちか選んでください」


「……」


どっちも選びたくない話だった。今日は休みだからゆっくりしたい。ていうか、あれにハマってしまった莉緒はこれから私に醜態を晒していくのだろうか?この子は恥ずかしい感覚が人とずれていてどうしたものかこちらが悩みそうだ。


莉緒はきっとどちらか選ぶまで折れないだろう。ウザいなぁと思っていたら莉緒は私の首に噛みついて舐めてきた。


「先生答えてくれないなら先生の事一日中食べちゃいますよ?絶対離れません。どうしますか?」


「……ウザい」


「ふふふ。嫌がってもやめませんよ?私は先生の嫌がる顔好きだから無駄です」


首を舐めながら笑う莉緒は唐突にキスまでしてきた。こんな事に付き合っていると前みたいに莉緒が盛り出す可能性があるから出掛けるしかないか。私は腹を括った。


「……どこ行きたいの?」


「今日はドライブデートしながら海見に行きたいです!海の近くで美味しい物でも食べませんか?」


「……何でもいいけど。じゃあ、ちょっと待って」


「はい!」


予め考えていたような話しぶりは莉緒の中で私が断らないと踏んでいたようだ。このガキに嵌められている感じがするのは勘に障るが選択肢が無かったからしょうがない。私は立ち上がって出掛ける準備を始めた。


化粧をして服を着替えて身支度を整えている間、莉緒は私を嬉しそうにじっと眺めていてウザかったが私の準備が終わった頃に莉緒は全く私の前でいじりもしなかった携帯をいじっていた。


「先生?電話出てもいいですか?」


「いいよ」


許可なんていらないが私に断ってから電話に出た莉緒は嬉しそうだった。


「もしもし?うん。どうしたの?……うん、うん……いいよ。うん、大丈夫。すぐの方がいいよね?うん、じゃあ……そうだね。そうしよう。じゃああとでね」


客か友達かよく分からないが莉緒はすぐに電話を切って立ち上がった。


「先生?最初に××駅に行ってくれませんか?すぐに済むんですけど駅でお母さんにちょっと会いたいのでその後にデートでもいいですか?」



「別にそれは構わないけど」


なにかあるのはすぐに察したが特に興味は無かったから聞かなかった。私が関わる話じゃない。

莉緒はにっこり笑った。


「ありがとうございます。それより先生準備できました?」


「うん。できたよ」


「今日も素敵です先生」


「あっそう。もう行くよ。荷物持って?」


「はい!」


私は莉緒を連れて家を出ると車を出した。

××駅は近いからすぐだけどまずコンビニで飲み物とかを買っておいた方がいいだろう。

私は先にコンビニに寄ってお金を下ろしてから色々買い込んで××駅のロータリーに向かった。

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