第17話


莉緒は髪を洗って体を洗いながら私をじっと見つめてきた。莉緒に興味がなかった私は疲れていたので湯船に浸かりながら足をマッサージしたりしていたが莉緒の視線は誰でも分かるくらい感じる。


「さっきからなに?」


莉緒に目を向けると莉緒は体を洗いながら笑った。


「先生色っぽくて綺麗だなって思って。ちょっとドキッてしました?」


「……別に。よかったね」


「ちょっとは動揺してくれてもいいのに…」


容姿も年齢も何もかもこいつの方が勝っていると思うがめんどうなので流しといた。


「先生私の体洗いませんか?手で洗っていいですよ?」


「やだよ、めんどくさい」


唐突に誘われても触りたいなんて思わない。疲れているのを察してほしいものだ。


「本当につれないですね先生。でも洗いたくなったり触りたくなったら言ってください。先生には全部やらせてあげます」


「うん、ありがとう」


上機嫌な莉緒は体を洗い終わるとシャワーで流しだした。この子の貞操観念はなんでこんなに低いんだろう。私はまた足をマッサージしようとしたら莉緒は体を流したはずなのにまた体を洗い出した。


「…まだ洗うの?」


不思議に思った私は問いかけるもまたにっこり笑われた。


「はい。私少し潔癖なんです。だから二回洗うのが癖になってて」


「…じゃあ、触らない方がいいじゃん」


潔癖な素振りを一切見せなかった莉緒は無理をしていたのか?突然の告白に最もな事を言ったのに慌てて否定された。


「違います。私はただ男の人に触られるのが嫌なだけで先生は触って大丈夫です」


「……キャバクラ辞めたら?」


そこまでの事だったのか。すぐに分かったが以前男が苦手と言っていたのはかなり深刻なようだ。潔癖になるくらいなら辞めた方がいいと思うのに莉緒は違う。


「辞めませんよ。あんないい仕事辞められません。うまくやればかなりお金が入りますし、必要ならその日にお金も貰えるんですよ?それに先生のためにお金はできるだけ貯めときたいんです」


「私は働いてるんだけど」


莉緒は私のためにと言うがこの子はどこまで私のために本気なんだ。ふざけて言っていない様子は関心する。


「そうですけど先生がお仕事嫌になったらいつでも私が養う予定ですからお仕事辞めてもいいですからね?私がお金あげますから」


「……ヒモじゃんそれ」


そうなってしまったら全く私の状況はよくないのに莉緒は笑顔だった。


「先生はヒモでもいいんですよ。特別ですから」


「……私にたかるみたいな発想はない訳?」


「そんなのありませんよ。先生にそんな苦労かけられません。先生お邪魔しますね?」


莉緒は体をシャワーで流し終わると浴槽に入ってきた。


「ちょっと、そっち行ってよ」


しかし私の目の前に座ってきた莉緒は私にそのまま背中を凭れさせた。なんでこんな密着しないとならないんだ。莉緒は少し私に顔を向ける。


「ここがいいから退きません」


「はぁ、……あっそう」


「ふふふ、先生嫌そうな顔可愛い。先生って本当にドライですね?恋人には絶対ヤキモチ焼かれるタイプです」


いきなり探りを入れられたが合っていて驚いた。もうここまで分析されていたようだ。


「よく分かったね」


「分かりますよ。見た目通りクールですもん。流されないからセックスするのも大変そうだし。先生を恋人にしてた人は大変だったと思います」


「そうかもね。じゃあ別れる?」


莉緒の分析力は笑えるくらい的を射ている。こんなガキに言われてしまうとは私もまだまだだ。しかしちょっとした提案はすぐに却下された。


「別れませんよ。私は大変じゃないです。先生の全部が魅力的だから素っ気なく流されてもキュンときます」


「ふーん。初めて言われたかも」


「えっ?何がですか?」


この冷めた性格のせいで昔はよく別れていた。思わず笑ってしまった私は思い出しながら話した。


「魅力的って言ってきたの莉緒くらいじゃないかな。私はいつも本当に好きなの?って不信がられて別れたりしてたから。なんか懐かしいわ」


若い時の別れ文句は山ほどあるが一番多かった気がする。私は頑張っていた時もあったが底を見過ぎてしまってほぼ冷めていたから。これには莉緒も笑うかなと思ったら鋭い質問をされた。




「結婚を考えてた人もそうやって別れたんですか?」


あまり話したくない内容だったがずっと気になっていたから今訊いてきたんだろう。今となっては経験として処理できたが昔はそうじゃなかった。莉緒はなんて言うだろうか。私は莉緒の体を引き寄せて横から顔を覗き込んだ。





「違う。宗教してたから別れたの」


「宗教……ですか?」



無宗教の人が多い日本じゃあまりピンと来ない話かもしれないが身近にある話ではある。莉緒には詳しく話してやった。


「そう。結婚してほしいけど宗教にも入ってほしいって。むしろ宗教に理解して入ってくれないなら好きだけど結婚は難しいって言っててね……。私としては引いたかな。一気に不信感と嫌悪感が出てきて本当に軽蔑した。目的は結婚とか幸せじゃなくて宗教だったんだって。莉緒はどう思う?好きな人にある日突然そうやって言われたら」


この子はどう考えるんだろう。この話はヒロミにしかしていない。私は少し考えるように黙っている莉緒を見つめた。正しい答えはないけれど私とは違う人の意見はとても気になる。




「先生以外なら先生みたいに思うと思います」


莉緒は小さく笑って私を見つめながら顔を近づけてきた。


「…けど、先生なら違います。先生が言うなら宗教もします。私は先生以外に興味はないですけど先生のためなら入信しますよ。宗教だろうとなんだろうと……私は先生のためらなら何でもします」


吐息が触れる距離まで来た莉緒を私は笑いながら試しているかのようだった。莉緒はやはり私の興味を引く。私は笑った。






「じゃあ、死ねって言ったら死ぬの?」


「はい」


愛おしそうな眼差しは変わらない。莉緒は私から目を逸らさない。私の頬に手を添えた莉緒はほんの少し動いてキスをする。


「私を望むなら私には何でも嬉しいんですよ。私の命なんか先生にあげます。付き合った時から私は先生の所有物に変わりないんですよ。……でも、先生は殺せませんよ」


莉緒の珍しい拒絶は聞かずにはいられない。


「……なんで?」


「何でもです」


「私が殺してほしいって言っても?」


莉緒ならそれすらも望めばしてくれそうなのに、莉緒は若干切なそうな顔をして初めて拒否してきた。



「はい。殺しません。……先生は私の大切なかけがえのない大好きな人で、すごく綺麗な人です。そして私の生きる意味でもあるので殺せません。綺麗な先生を殺すなんてあり得ないし、先生がいないと私の存在意義も存在価値も失くなります。私の命は軽いけど、先生の命は私なんかよりも重いんですよ」


「ふーん。……私も軽いと思うけどね」


「軽くないです。先生の命は全然軽くないんです」


莉緒は真剣な目をしていた。この子のこういうところは目を見張るものがある。私に好きという感情だけでここまでの価値を見出だすやつは莉緒だけだ。


「だから止めたの?死のうとした時」



「はい。先生は特別ですから。生きてるだけで息苦しいかもしれませんが、先生はとっても綺麗だから誰も代わりになれません。先生の全部は魅力的で儚いものだって接してて気づきましたから。先生の心も体も全部、……全部、素敵すぎて……。先生の事考えると……ダメです私…」


さっきから言っている綺麗の意味を訊こうとしたら莉緒は目の色を変えた。いきなり欲情しているかのような表情をして私に体を向けると興奮しているかのように少し息を乱れさせる。私は女を全面に醸し出す莉緒に若干の緊張を感じる。


「私……私が、先生の息がしやすいようにちゃんと愛情を注いで管理しないと……先生の綺麗な輝きが…失くなっちゃいますよね?……だから、…………だから………」


肩に手をおいて私の頬に触れて今にもキスができるほど距離を詰めてきた莉緒は色っぽく笑った。











「……私をもっと苦しめてください………」



「……どういう事?」


何を言い出すんだ。そう思って困惑していたら莉緒は私の片手を取って胸に押しつけた。手からはどくどくと鼓動する心臓の音が伝わる。


「簡単な事ですよ。……先生の苦しみを私にぶつけるだけです。そしたらきっと息苦しさは無くなります。それに、私は先生の気持ちを感じられるから……嬉しくて、ドキドキして……今から幸せな気分です……」


「……莉緒には苦しい事でしょ」


莉緒の勢いに圧倒されながら何とか口を開いた。普通に言うけれど、なにかがおかしい。


「何がですか?苦しくなんてありませんよ」


苦しめるのはいけない事なのに莉緒の中で勝手に変換されておかしくなっている。莉緒は私の頬を舌で舐めると耳元で囁いた。 



「先生……こないだの続きしませんか?」


「続き?」


「はい」


莉緒は突然立ち上がるとシャワーを出してから私の手を引いた。


「床に座ってください。私……我慢できなくなっちゃったので……少しだけでいいので我が儘聞いてください」


私は不信に思いながら浴槽から出ると無言で座った。莉緒はそれを見て興奮したように笑うと私の太ももにまたがって腰を振りだした。私の首に腕を回して太ももに押し付けるように擦り付ける莉緒はもう濡れていてぬちゃぬちゃとシャワーの音に混じって卑猥な音がする。



「はぁ、んっ、…はぁ、…先生、ごめんなさい。んっ……興奮して、……私、……はぁ、もうダメなんです……」


「莉緒」


「大丈夫です。…すぐ……終わりますから……はぁ、……ふっ……あぁ……先生?……叩いてくれませんか?」


莉緒は私の太ももを濡らしながら艶っぽく囁いた。興奮を煽ってしまったらしいがそれでも冷静に莉緒を見つめた。私はある意味生殺しにしているから莉緒が盛るのも仕方ないのだろう。特にしたいとも思わなければ興奮も感じない私は莉緒の腰に手を回す。


「叩いたら嬉しいの?」





莉緒は普通は嫌がる事を喜びに感じている。しかしこれが愛する事でもあるのだ。莉緒は首を締めた時に本当に嬉しそうにしていたから間違いない。


「…はぁ……んっ、はい…。……叩いて…んんっ……また……あっ…はぁ、…首を、締めてくれたら……幸せです」


感じながら話す莉緒は切なそうに私を見つめる。叩くという行為は抵抗があるが、それが愛する行為で幸せを与えられるならやってみよう。私だって愛せるんだ。


「痛かったら言ってよ」


私は先に莉緒に声をかけてから腰に回していた手を尻まで持っていくと力強く叩いた。叩いた音が風呂場に響くと共に莉緒は腰を震わせる。


「あっ!……はぁっ……ふふ。…んっ…………先生?もっと叩いて?」


「いいよ」


私はそれから何度か尻を力強く叩いた。莉緒はその度に腰を震わせながら喘いでいて頭が変になりそうだった。これは違う。頭ではおかしくて間違っていると分かっているはずなのに莉緒の表情を見ると正しい事だと認識してしまう。




幸せに繋がるはずなのに……訳が分からない。



なんだこの感じは。正しいのにどこかでおかしく感じて、おかしく感じるのに私はもっとしたくなっていた。




「んっ!はぁ……はぁ……き、気持ち……いいです……はぁ、……ちょっと……イっちゃいました……」


尻が赤くなるまで叩いたら莉緒は少し仰け反って私を愛しそうに見つめる。私はそんな莉緒の首に手を伸ばしていた。



愛する行為は幸せになる。




あぁ、もっと見せてくれ……。


私は見たいんだ。

幸せを感じる瞬間を……。




そして愛する事が、幸せがどういう事なのかもっと感じさせてくれ……。




「もっと幸せにしてあげる」


私は興奮に似た気分の高まりを感じながらすぐそばにいる莉緒の首を締めた。片手で鷲掴むように首を締め付けると莉緒は歓喜に満ちた顔をする。



「はぁっ…………せんせい……?私を…見てて?」


苦しそうに言う莉緒は私の手に自分の手を添える。まるで大切なものに触れるかのような優しい触り方は私を狂わせる。








「いいよ。限界までしてあげるから……」





死の直前まで幸せを感じさせてやりたい。


……いや、違う。

あの幸せそうな顔をもう一度見たい。










私の思考は莉緒に蝕まれているかのようだった。

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