第16話


莉緒とはあれから恋人らしく過ごしている。というより莉緒が前よりも私に執着するかのようにくっついてくるようになった。

私はこれも愛なのかと考えながら受け入れているが、莉緒に対して高まる気持ちを持ったり激しく感情が揺さぶられたりする事はないから以前と態度は変わらないと思う。

それなのに最近の莉緒の態度を見ると私は好感度を上げてしまったのだろうか?と疑問に思っていた。



そして毎日仕事をしてゲーセンやバッティングセンターに行くのも変わらなかった。休みの日にはジムに行ったりドライブをしたりするのも一緒だ。その生活は本当に変わらないのに莉緒はやたら色々聞いてくる。


今日も仕事終わりに医院の近くで勝手に待っていた莉緒と一緒に家に帰ると質問攻めをされた。


「先生昨日は何してました?」


「分かんない」


「じゃあ一昨日は?ゲーセンですか?」


「忘れた」


「じゃあこないだの休みの日は?」


なぜこんなに聞いてくるのか分からなくて鬱陶しく思う。莉緒はご飯を食べ終わってソファで少し休んでいる私の横からにこにこしながら聞いてくる。もうウザいから終わりにしてやろう。


「……だいたいいつもゲーセンかバッティングセンターに仕事ある日は行って、休みの日はジムかドライブ」


知っているはずなのだが改めて言ってやると莉緒は嬉しそうに笑った。


「知ってます。でも気になったから聞いちゃいました」


「……あっそう」


知ってるくせにやっていたのか。この子は分かっているのに嬉しそうにこういう事をする。あざといやつだ。


「先生?私の事見てください」


莉緒は私に横から抱きついて至近距離で見つめてきた。顔を逸らせない状況に私は莉緒をじっと見つめた。


「……なに?」


「先生に見られてると嬉しくて満たされた気分になります。先生大好きですよ」


「……そう」


あれからよくこうやって気持ちを伝えてくる莉緒は私を愛しそうに見つめる。


「先生抱き締めてください」


そして莉緒はこうやって私に求めてくるようになった。自分から触れる気に全くならない私は仕方なく莉緒の背中に腕を回した。


「これでいいの?」


「はい。ふふふ……先生、嬉しいです」


「…よかったね」


うっとりする莉緒は小さく笑うと私の首を舐めてきた。いきなりの行動は驚きはしないが謎だ。


「いきなりなに?」


「食べたくなっちゃいました」


「……意味分かんないんだけど」


莉緒は私の首に軽く噛みついてキスをしてから私に顔を向ける。


「先生が好きだからですよ?……なんか、先生を前にすると好きな気持ちが溢れちゃって、……物理的に食べるのは無理だけど舐めたり、噛んだりしたくなるんです。先生が好きすぎて美味しそうに見えちゃって……したくなるんです。…嫌ですか?」


「嫌っていうか何とも思わないけど…」


理解に苦しむ言い分だがこの行動に対しては犬や猫に懐かれている感じがするだけだ。それに莉緒はあの行為が好きなんだし、こういう変な事を言ってきてもおかしくない。莉緒はにっこり笑うと私の首を舐めた。


「じゃあやりますね。ずっとしたかったから……ちょっとやらせてください」


「服は汚さないでよ」


「はい…」


莉緒は私を早速食べ始めたが莉緒の舐め方や噛みつき方は性的な感じではない。食べると言うからには食欲を満たすためにやっているのだろうが痛くはないのでじゃれるような感じもする。少しくすぐったくはあるがこれも莉緒なりの愛し方なのだろう。私はじっとしていた。


「先生……好きです。……なんか、すごく幸せです……」


莉緒は私の首に噛みついたと思ったら体を離して私の手を掴むと私の手も舐めだした。幸せが謎に感じる。


「こんな事で?」


「はい。……先生に触れるの嬉しいし、本当に食べてるみたいで……嬉しすぎるんです……」


「昔付き合ってた人にもやってたの?」


私の指を噛みながらしゃぶる莉緒はうっとりした顔で否定してきた。


「しませんよ?先生だけです」


「なんで?」


「先生が一番好きだからですよ。私は先生を好きになるために生まれてきたので、先生にしかこういう事はしないに決まってます」


いきなりよく分からない発言をする莉緒は私だけを見つめる。これは冗談ではないんだろう。本気で言っている莉緒は私の指を舐めた。


「今までの私の恋愛ごっこは、先生を愛するための練習だったんです……。今までの好きは全部仮初めでした。だって今までの好きとは比較にならないんですよ先生を好きな気持ち。…だから絶対に間違いありません。……先生を全部食べて私のものにしたいくらい……。この気持ち、感じた事がないんです。…私、先生を食べちゃいたいけど、先生の所有物みたいにもなりたいし、先生に全部捧げたいんです。……それでできたら……私が先生の全てを管理してあげたい……。先生のためなら……私は本当になんでもしますよ…?」


告白のように恥ずかしそうに言う莉緒の気持ちは今まで言われた事がない。その異常な気持ちは私を不信がらせた。私の指を唾液まみれにした莉緒はその指にキスをして頬擦りをする。唾液で汚れているのに莉緒はそんな事気にもしていないようだった。


「はぁ……暖かい。先生大好きです。私を見て触ってくれて、一緒にいてくれるだけで……本当に嬉しいんです。幸せで、幸せすぎて……先生の望みを叶えてあげないとって気になるんです。だから本当に何でも言ってくださいね?……忘れられない人がいるならその人みたいにしますし、私で遊びたいなら好きに遊んでください。……先生がしてくれると何でも喜んじゃうからつまんないかもしれませんけど……喜んでほしくないなら頑張って違うふりもします」


この気持ちは何なんだ?私は戸惑った。私は際立って何かをしていない。それなのに莉緒は当たり前のような事に幸せを感じて、一生懸命に私のために返そうとしている。

本当に愛してるとそうなるのか?私には分からないけど興味が沸いた。


「私が暴力振るっても喜ぶの?」


きっと否定はしないのだろう。それでも気になったから聞いてしまった私に莉緒は笑った。


「はい。先生の気が済むなら喜びます」


「莉緒は痛いんだよ?」


「そんなの先生の事を考えたら痛くないですよ。確認してみてもいいですよ?」


莉緒はいつものように嬉しそうな顔をしてとんでもない事を言い出すから言葉に詰まる。そしてさらに追い討ちをかけてきた。





「顔を叩いてください」


手を食べるのをやめて離したと思ったら催促するように言いだした。しかし、私にそんな事ができるはずもなかった。


「無理だよ。できない」


「じゃあ、強く掴んだりしてみてください。…あぁ、そうだ!胸でいいですよ?前みたいにしてください」


「しないって言ってるでしょ」


しつこい莉緒を落ち着かせるように言っても莉緒は笑って私の手を取ると自分の胸に押し付けた。


「先生強く掴んでください。痛くしてみてください。痛くないですから」


ここまでして証明したいのか?莉緒は私の手を離そうとしない。きっと嫌がっても、もう意味がない。私は言われた通り痛いと思うくらい胸を強く掴んだ。


「はぁ……、んっ……ふふ、やっぱり痛くない」


絶対に痛いはずなのに莉緒は恍惚とした顔で笑っていた。





「痛いでしょ?」


「痛くないですよ?……はぁ、なんか、刺激的に感じて…気持ちよくて……興奮します。ちょっと……濡れてきちゃいます」


この子の性的思考は他とは違う。莉緒は虐げられるのが好きなのか?私に対してだけ許容しているのか定かではないがこれは普通ではない。この子に嫌な事があるのか疑問に思う。私は手の力を緩めた。


「莉緒は変態なの?こんなので感じるなんて変わってるよ」


私を盲目的に慕う莉緒は私の手を離して抱きついてきた。


「先生が好きだから先生のしてくれる事が嬉しいだけです」


「…そう」


この子は違う。信じても裏切られない気がする。軽くだけ頭を撫でてやっていたら莉緒はおもむろに顔をあげた。


「先生……なんか、先生が嬉しくしてくるから……キス、したくなっちゃいました……」


次はおねだりか。私は内心ため息をつきながら至って普通に答えた。


「しないよ」


「何でですか?こないだしてくれたのに……」


「こないだはこないだでしょ。私お風呂入ってくる」


そんな事したいとは思えない。私は莉緒を離して立ち上がろうとすると莉緒に抱きつかれて止められた。


「先生キス…」


「お風呂入るって言ってるじゃん」


「で、でも……キスしてくれないと……やです!……ムラムラしちゃいます!」


「勝手にしてればいいじゃん」


どうしてもしたい莉緒は食い気味で引き下がる気配がない。めんどくさいなと思っていたら莉緒はちょっとふくれながら私を脅すように言った。


「じゃあ、お風呂入っちゃいますよ?先生が入ってる時に勝手に入りますよ?いいんですか?」


私には脅しでも何でもないどうでもいい事なのにこの子は分かっていない。


「勝手にすれば?」


「え?……いいんですか?」


まさか私がこう言うと思ってなかったんだろう。莉緒は驚いていた。


「裸見られたからって何にも思わないし」


もう私も若くないから言っているのに莉緒はなぜか慌てふためいて照れていた。


「で、でも、……まだ、セックスもしてないし……それに先生は私の事恋愛的に好きじゃないし……なのにお風呂に一緒に入るって……」


「別に友達とかでも一緒に入るでしょ」


「それはそうかもしれませんけど…全然違います。…私は先生が大好きなんですよ?」


自分が言ったくせに莉緒はどうしたんだろう。私は莉緒の体を離すと立ち上がった。


「もう分かったから。とりあえずお風呂入ってくるから離して」


「本当に勝手にしていいんですか?」


「いいって言ってんじゃんさっきから」


「…じゃあ、分かりました。勝手にします」


やっと納得した莉緒はなぜか照れている。よく分からない反応をされても疑問にしか思わない。私は来ないだろうなと踏んでいた。

だって莉緒はあまり照れたりしないのにこんな事で照れているのは珍しいのできっと平気だ。

私は洗面所で服を脱いで早速お風呂に入って髪や体を洗って湯船に浸かった。


暖かいお湯は私の体の疲れを癒す。今日も疲れたなぁと呑気に思っていたら風呂のドアが開いた。恥ずかしがっていたくせにあれを本気にした莉緒は少し恥ずかしそうな顔をして入ってきた。


「先生が良いって言うから本当に来ました」


「……あっそう」


「私が体洗うまで待っててくださいね」


「熱かったら出るよ」


「だめです。出たら怒ります」


なんだかんだいつも積極的だからこうなるのは当たり前だったのかもしれない。軽く見ていた自分を恨みそうだ。


「……さっさと洗ったら?」


私は仕方なく莉緒を急かした。

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