第14話


「今さら家族ずらしないでくれる?縁切ったんだからお姉ちゃんでも何でもないから。莉緒、先に行ってて」


「え?…は、はい」


こんなやつに出くわすなんてイライラしてしょうがない。私は莉緒を先に行かせてから睨みつけるように見てやったがこいつは穏やかなままだった。


「そんなに強がんないで帰ってきたら?私も一緒に謝ってあげるから」


「はぁ?いきなりなんなの?あれから何十年も経ってるのにどういうつもり?私は一切関わる気ないから。あの日言った通り今も気持ちが変わる訳ないし。早く帰ってくれる?」


「もう景子?私は景子が心配だから来たんだよ。もう何十年も経ってるけどやっぱりこのままじゃよくないと思ったの。ちゃんと信仰もしてないでしょ?不幸になるからしなさいって言ってたでしょ昔から」


姉だったこいつは本当に変わらない。穏やかな優しそうな顔をしておかしい事を言う。こいつは宗教と親に洗脳されている。いきなり手を握ってきたこいつを振り払った。虫酸が走る。


「やめてよ。宗教なんかする訳ないから。気持ち悪い。バカじゃないの?祈りたいなら一人で祈ってろよ」


「またそういう事言って。もう一度会合に参加すればどれだけ良いものか分かるよ。今日は私達の会の新聞もCDも持ってきたんだよ?会合の様子が映ってるしありがたいお言葉も聞けるから見てみて?そしたらきっと分かるから」


こうやって言われるのも吐き気がする。意味分からない良心から言っているこいつには不信感しかない。私は軽蔑の眼差しを向けた。


「そんなの私には一生分からないから。あんなくだらない事に金かけて時間かけて気味悪いから。だいたい宗教信じて救われるなら皆今ごろ戦争もしてないし犯罪も犯してないでしょ?変だってなんで気づかないの?」


「景子は昔からそういう事言って。皆景子みたいに誤解して違う事を信じてる人がいるからそうなってるだけだよ。私達の宗教が一番正しいって気づいてないんだよ?こないだ新聞にも書いてあったの。ちゃんと信仰して沢山徳を積んでたら余命三ヶ月だった病気が感知したって。先生の教えはやっぱり人を救うんだよ」


おかしい。おかしくておかしくて気持ち悪い。冗談を言っていない様子に違和感しかない。信じて病気が治っていたら病気で死ぬ人はいないのにこいつは宗教に狂っている。


「おかしい事言わないでくれる……!もう早く帰って!二度と顔も見たくないから!」


一緒にいるだけで、顔を見るだけで頭がおかしくなりそうだ。だから抜け出してきたのにまだ私を縛りたいのか?こいつは怒鳴っているのに気にしていない様子でまた自分よがりに話しだした。


「おかしくないよ。何もおかしくないって昔から言ってるでしょ?景子が信じない方がおかしいんだよ?今からでも遅くないからちゃんと信じてお母さん達に謝ろう?きっと許してくれるから。私も一緒に行くから平気だよ」


「だから関わらないって言ってんでしょ!迷惑なんだよ!!もうあんたなんか家族でもなんでもないから!」


やっと他人になってあのしがらみから解放されたのに引き戻すような事は到底受け入れられない。私は気持ち悪いこいつを横切ってマンションに入ろうとしたら腕を掴まれた。


「待って景子、話を聞いて?」


「気安く呼ばないでくれる?!話なんか聞きたくないから!離してよ気持ち悪いな!」


気持ち悪くてたまらない。私は振り払うとロックを外して逃げるように中に入った。

あぁ、気持ち悪い、気持ち悪い。あんなやつに家を特定されるなんて引っ越さないといけないかもしれない。今さらあんな事を言ってきやがってどういうつもりか分からないが、あいつは何をしてくるのか予想がつかない。


私は不快に感じながら自分の部屋のドアを開けた。中に入ると莉緒は心配したように私に近づいてきた。


「先生大丈夫ですか?」


「……別に……」


あいつを莉緒に見られてしまったのも恥だ。あんな家族だった気持ち悪い人間と血が繋がっていると思われるのさえ嫌だ。


「あの人はどうしたんですか?お姉さんなんですよね?」


遠慮がちに言われてもあんなやつらの話は愚行を晒すようなものだ。話す事も苦痛だった。


「帰らせた」


「帰らせたって話はしなくていいんですか?」


「話す事なんてないから」


昔から話が通じないような相手だ。話すだけ無駄だ。


「でも、……」


莉緒はそれでもおどおどして私の様子を伺いながら何か言おうとしている。さっきのあいつのせいでイライラしているからやめてほしかった。


「家出る時に喧嘩して縁切ってるからいいの。もう二度と帰らないって言ったし、関わらない事にあっちも同意してたから問題ない。あれは元家族だったってだけだから」


とにかく落ち着かせるために冷蔵庫から飲み物を取り出してコップに注ぐとすぐに飲み干した。あいつのせいで嫌な気持ちが消えない。昔の記憶が頭によみがえって不快だ。そして変わらずに同じ事を言われたこのイライラが止まらない。


「先生……」


「触らないで」


私の手を握ろうとしてきた莉緒を拒絶した。さっきあいつに触れられた感触が残っていて気持ち悪いんだ。今はやめてほしかった。


「ごめんなさい…」


傷ついたような顔をして手を引っ込める莉緒は視線をさ迷わせていた。今は莉緒の相手はできない。


「……悪いけど帰って?話したくないし、誰の顔も見たくない」


「えっ……はい。分かりました」


あんなやついなくなってくれればいいのに頭から離れない。莉緒は素直に私の言う事を聞くとそそくさと帰る準備をした。


「……また来ます」


「……」


答える気も起きない私は視線だけ向けると莉緒は小さく笑って出ていった。





その日から私は前にも増して嫌な気分で毎日過ごしていた。仕事をしてバッティングセンターに行ったりジムに行ったりして気分転換をするも中々頭から消えてくれない。あいつが来た事によって息苦しくてどうしようもなかった。


なぜ家族の縁も宗教も絶縁した私にわざわざ勧めてくるんだ。心配だからって何が心配なの?心配に託つけた宗教の押し付けじゃないか。反吐が出る。

あんなやついなくなればいいのに。


なんで私はあんなやつと姉妹なんだろう。


ムカついて気持ち悪くて自分が汚く感じる。あいつをどれだけ嫌がってもあいつと私は血が繋がっている。自分のこの血を抜いてしまえば私は綺麗になるのだろうか?頭の中は嫌な気持ちでいっぱいだった。


そんな時私に連絡を寄越したのは若い時に遊び歩いてできた友達の彩也香だった。紗耶香はホステスとして都内で働いているが私のように独身でまだ飲み歩いている。

今日は久しぶりにヒロミの店で飲む事にした。こんな嫌な気分でいられなかった。


「あっ!景子久しぶり!会いたかった~」


私が店につくと紗耶香はもうヒロミと飲み始めていた。紗耶香はホステスになってから着実と色っぽくなって綺麗になってきている。今日も髪を纏めていて綺麗だった。


「久しぶり紗耶香。ヒロミもこないだのご飯ぶり」


「景子いらっしゃい。紗耶香からクライナーサービスだって」


私は席に座ると小さい瓶に入ったショットのクライナーとグラスにお酒を出された。クライナーは若い子の間では人気なショットで飲みやすいがこの年の私には効く。


「今日は甘い味のやつだよ。最近会ってないから景子にプレゼント」


「私もう若くないんだけど。……まぁ、ありがとう」


にこにこ笑う紗耶香に悪いので私はクライナーを一気飲みした。テキーラよりは味は美味しいんだけど飲みやすいからって飲んでると立てなくなる。


「景子相変わらずの飲みっぷりだね。大好き」


紗耶香はいつも通り順調そうだ。私は笑いながら話しかけた。


「はいはい。紗耶香最近ずっと飲んでたの?」


「うん。ストレス酷くてヒロミにずっと付き合ってもらってた。だからほとんど休みは二日酔い。景子今日うち来ない?宅飲みしようよ」


「宅飲みはいいけど、もう私達ばばあなんだから体壊すよ?」


紗耶香は昔から大酒飲みで私を潰すくらい飲むから相当飲んでいたんだろう。しかし今の私にはちょうどいい話だ。


「私達の肝臓はそう簡単に壊れないよ。それに今日は飲みすぎた時用に胃薬も持ってるし大丈夫だよ景子。私がいれば平気」


薬があっても飲みすぎれば変わらない。私は相変わらずアホな彩也香に笑った。


「そうだね。じゃあ頑張って飲みますか今日は」


「うんうん!今日はパーっと飲んで歌って発散しよう!ていうか景子聞いて?こないだ元カレからより戻したいって連絡来たの!気持ち悪くない?」


いきなり話が変わる紗耶香は嫌そうに話だした。紗耶香の元カレは普通のサラリーマンだった気がするが重すぎて疲れるとの理由で別れていたのにどういう事だろう。


「どっちも納得して別れてなかった?」


「そうなんだけどやっぱり忘れられないから頑張るから付き合ってほしいって。頑張れなかったから今があるのに何言ってんのか意味不明だったわ」


「確かに。だいたい一緒にいて疲れる時点でもう無理だよ」


終わった話にすがり付くなんてよっぽど誰にも相手にされていないんだろう。惨めなやつだ。紗耶香は笑っていた。


「だよね~。連絡先消してたから出ちゃったけど着信拒否した。しかもさ、自分の誕生日にわざわざ連絡寄越してくんのも気持ち悪くない?誕生日で私の事思い出したとかこっちはお前なんか記憶にないし」


「女々しすぎ。言ってみればヤれそうだと思ったんじゃないの?」


「そうだよね、そんな感じしかしないわ。あいつの家にケーキに線香でも刺して送ってやろうかな」


紗耶香の変わった思考に私もヒロミも思わず笑ってしまった。罰当たりなのかなんなのか。


「あんたそれは笑える。演技悪いケーキね。不吉な事が起きるわよ」


「確かに。紗耶香それはある意味効き目あるんじゃない?」


紗耶香も鼻で笑っていた。


「やっぱり?宅配で送ってやろうかな。ケーキの上に灰ぶちまけてやって。でも、超怖いね?そんなの送られてきたら」


「ある意味トラウマみたいになるよ」


「あんた達それより今日は私特性のお通しあるけど食べる?」


ヒロミはカウンターの下で何か作りながら話しかけてきたので二人で即座に食べると伝えた。


その後はおつまみを食べながら三人で話して飲んでカラオケをして本当に楽しかった。紗耶香は飲みすぎて声がでかいけど面白いしいい気晴らしになった。

店を出てから紗耶香の家で飲むのも楽しかった。紗耶香はヒロミの店で飲んでいた時と同じようにでかい声で歌い出すからどうにか止めながら飲み直していたが仕事のストレスが溜まっているらしく珍しく仕事の愚痴も話してくれた。


しかし翌日の二日酔いに紗耶香は具合が悪そうだった。


「ん~、景子頭痛いよ~」


座っている私に抱きついてくる紗耶香はずっと唸っている。さっきシャワーを浴びて胃薬を飲むために軽くご飯を食べたがまだまだ効き目は現れない。


「昨日あんだけ飲めばね」


私は紗耶香を軽く抱き締めながら背中を撫でてやった。昨日は潰されずに済んだ私は前もって二日酔いにならないように薬を飲んでおいたから胸のムカつきはあるものの平気だ。


「景子なんでそんな元気なの?ムカつく」


紗耶香は私の足の間に収まりながら、さらに私に凭れて頭を抑えていた。


「景子~。具合悪いよ~」


「うん。そうだね」


昔から何かとくっつき癖のある紗耶香の頭を軽く撫でた。


「景子に頭痛いの移るように念じるね」


「やめてよそれ」


「だってムカつくんだもん」


紗耶香は大きなため息をつくと私に顔を向けた。


「ねぇ、また旅行行かない?」


いきなりの話だか紗耶香とは旅行を行く仲でもある。旅行は紗耶香と二人でしかいかない。


「いいよ。次どこ行く?」


「ん~海があるとこがいいよね~。またネットで探してみる。景子も探しといて?」


「うん。次も楽しみだね」


紗耶香との旅行は食べて飲んでの繰り返しだがこれが楽しくてやめられない。紗耶香とはまだまだ先になるが旅行の話をして少し二人でのんびりしてから別れた。

一人になるとあいつを思い出してしまったが紗耶香のおかげで私は嫌な気分から一時的に逃れられた。

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