第13話


プラネタリウムのチケット売り場ではすんなりチケットを買う事ができた。座席は莉緒が選んでくれたがいったいどういう感じなんだろう。


上映前に少し時間があるので私達はカフェでお茶をする事にした。


「星の事分からなくても平気なの?」


コーヒーを飲みながら思っていた事を訊いた。私は全く知らない。


「平気ですよ。分かりやすく説明してくれますし、ここのプラネタリウムはアロマが香るから気分も安らぐと思います」


「ふーん…莉緒も星とか見るんだね」


「見ますよ私だって。すごい綺麗で癒されますもん」


抹茶ラテを美味しそうに飲む莉緒は嬉しそうだった。これはバッティングセンターのように楽しめるかもしれない。内心楽しみに思いながら別の話題をだした。


「莉緒は学校の友達と出掛けたりしないの?」


「ご飯食べ行ったりしますよ?カラオケとかも行きます。でも、今は先生に夢中なので先生第一です」


「ふーん」


「先生また反応してくれない…」


私が特に変わらないから莉緒は悲しんでいた。ダルい話だ。


「反応してるじゃん」


「そうじゃなくて……嬉しいって言ったり、ありがとうって笑うとか…」


まためんどくさい事を言い出した莉緒をどうしようかなと考えていたら私の視界に家族連れが入ってきてすぐに目を奪われてしまった。親と子供が手を繋いで歩いているだけなのに私はじっと見つめてしまっていた。


「どうしたんですか?知り合いですか?」


莉緒は不思議そうな顔をして私の目線の先に目をやる。


「違う。羨ましいだけ」


隠す事でもない憧れを口にするのは恥ずかしくも何ともない。


「子供がですか?」


子供が欲しかったらもうとっくに作っていると思う。私は遠くに行ってしまった家族から目を逸らした。


「違う。幸せそうだから羨ましいなって思っただけ。カップルも家族も私には皆幸せそうに見えて羨ましい」


「…誰かと付き合ってる時とか嬉しくなかったんですか?」


付き合っていて嬉しいと感じたのは少なかった気がする。私は莉緒に訊かれて改めて考えながら話した。


「嬉しいっていうか…、そういう話じゃなかったかな。確かに嬉しい時はあったけどこんなもんなのかってがっかりしてた。求めるものに応えてもその分嬉しさとか愛情が返ってくる訳じゃないし、皆恋人がいる充実している自分っていう社会的ステータスみたいな自己顕示欲を満たしてるんだなって」


「んー…結婚したら幸せって思うのと同じって事ですか?」


的を射た発言は心底頷けた。


「そうそう。本当に愛情があるなら自分の欲よりも相手を考えると思うけど、そういうのにとらわれてるように感じたかなぁ…。だからプロポーズされてもこいつは結婚のステータスが欲しいから焦ってるんだなって思ったし、愛情にそういうのが透けて見えるとどんどん人として受け付けなくなってくるんだよ。この人は私越しに自分の幸せしか考えてないんだって」


努力したからって恋愛は報われる訳じゃない。自分がこうしたいからという欲は皆持っているから自己中心的な面はあって当たり前だ。だからって好きと言った相手よりも自分本意なのはどうなのか。中には本当に優しい人もいたが一握りじゃないだろうか。


「先生はだから付き合う気がないんですか?」


「だって利用されてるみたいじゃん。しかも一緒にいて頑張ってもそんなんばっかりだから疲れるだけだし。ゲーセンみたいにお金をかけた分だけ返ってくれば話は違うけど、そうじゃないからね人と人は」


囚われるだけ無駄なのに気づいた私は遊びもお付き合いをするのもぱったりやめた。疲れるだけだし回りの評価や目を気にする必要もない。それに幸せになれない事を自覚した。

人と人が一緒にいるのは付き合っていなくても難しい事だ。


「じゃあ、先生は他の人も考えられる普通の人だったらちゃんと愛してあげられますか?」


試すようなそれは若干不快に感じるも私はあんなやつらと同じではない。でも、愛し方は分からなかった。手本も何もなかったし私は家族にも好かれてなかった。莉緒の真面目な質問に私はそれでもしっかり答えた。


「ちゃんとした愛し方は分からないけど相手が普通で本気なら私だって応えるよ」


私は好きも分からないような人間だが以前は人に幸せを求めていたんだ。今じゃやめてしまったが私はさっきの家族のように笑いあえる人が欲しかった。莉緒は机においていた私の手を握ってきた。


「じゃあ、私に応えてくれませんか?絶対がっかりなんてさせません。私はステータスとか関係ありません」


「……莉緒ってなんでそんなに私にこだわるの?」


真剣な表情は死ぬのをやめてしまった時のように私を鈍らせる。この子は嘘を言っている感じが全くないし欲が見えない。


「好きだからですよ。私と先生って似てると思うから放っておけません」


好きも似ているのも疑問に感じるが、こんなガキに言われて信じてみても良いかもしれないと思う私はどうしてしまったんだろう。今までこんな気持ちになった事がなかった。この子の言葉に心が動きかけている。なぜだ?私は莉緒の気持ちに黙ってしまった。


「先生?私は結婚と妊娠はできませんけどそれ以外なら全部叶えてあげられますよ」


莉緒はそう言って明るく笑った。


「私は好きになるとその人の事しか考えられなくなって何でもしたくなるんです。私があげられるものは何でもあげたくて、望む事は全部私がしてあげたいんです。それに見返りなんていりませんよ?私は尽くす事に存在意義を感じるんです。好きな人のために私を最大限に使って喜ばせたいんです」


嬉しそうに話す莉緒から目が離せなかった。この子はやはり他の人とは違う。考え方も何もかも違う。それは不気味に見えるのに魅力的にも見えた。この子の愛がどんなものなのか興味が沸いた。


「本当に何もいらないの?」


もっと見てみたい。この子の心を。それを見たら私も愛せるようになるかもしれない。莉緒の笑顔に曇りはなかった。


「はい。そばにいてくれるなら何もいりません。ただ笑ってくれるだけでいいんです。私を見て笑ってくれるだけで……。そしたらあとは私がやりますから。お金が必要なら私が用意しますし、家事をやってほしいなら私がしてあげます。性欲処理も暇潰しの相手もなんだってやります。私を物みたいに使ったっていいんですよ?嫌な事なんてありませんから」


私の手を大切そうに撫でる莉緒は本心で言っていた。態度から分かる好意は莉緒が振られてしまうのが分かった気がした。






「お金で買いたいくらいですよ先生」


莉緒は目線を一切逸らさない。ただ私をうっとりと見つめた。


「先生といるとどんどん好きになっちゃうから欲しいんです。いくらなら買えますか?いくらなら私をもっと見てくれますか?いくらでも出しますよ私。お金ならそれなりにあるので、欲しいだけあげます」


「金じゃ気持ちの問題はどうにもならないでしょ」


金で解決しようとする気持ちは分かる。金を手にするとある程度の事は全部できてしまうから使いたくなってしまう。だが金じゃどうにもならない話もある。


「皆が好きなのにですか?」


「…少なくとも私と莉緒は金じゃないでしょ」


「ふふふ。そうでしたね。お金より私は先生が好きでした。先生も…」


「もう行こう莉緒」


私はまだ続けようとしていた莉緒の話を強制的に終わらせて立ち上がった。若いのに金を使ってまで欲しがる姿は私に似ていて見ていられない。この子は本気なんだ。


「あ、先生待ってください!」


莉緒は慌てて私の腕にくっついてきた。

私に気持ちはないがヒロミの言った通りゆるく考えて付き合ってみてもいいかもしれない。どうせやる事もないし、あとは死ぬだけだ。私は腕にくっついている莉緒に歩きながら話した。


「付き合おうか私達」


「え?」


「付き合ってから私が好きになるかもしれないし、莉緒がどういう事するのか近くで見てみたい」


驚いている莉緒は私の説明に嬉しそうな顔をした。


「いいんですか?」


「莉緒がよかったらね」


「じゃあいいです!いいに決まってます!ふふふ、今日から先生の彼女ですね。頑張ります」


莉緒は私の腕に抱きついてきた。




私はそれから莉緒を連れてプラネタリウムの受付を済ますと中に入って席に座る。一番後ろの方が見やすいらしく莉緒がそこにしてくれたが椅子がリクライニングでとても見やすかった。


プラネタリウムの上映が始まると室内が暗くなって見上げる天井には星がいくつも広がる夜空になった。それはとても綺麗で感動した。


暗いのに明るくて、輝く星が私を魅了した。

こんなに綺麗で癒されるものがあるのを知らなかった。私は見入っていた。私が死ぬ場所に選んだ所の夜空みたいに綺麗で泣きそうになってしまった。

嫌な事ばかりで息苦しい世界なのにこんなに綺麗なものがあるのが恨めしく思う。


私ももっと綺麗でいたかった。

アロマの癒される香りを感じながら星を見ている私の手を莉緒はそっと握ってきた。






「先生どうでした?癒されました?」


プラネタリウムの上映が終わってゲーセンに向かう途中に莉緒に感想を尋ねられた。


「よかった。ありがとう連れてきてくれて」


久々の感動に正直に気持ちを伝えた。嫌な鬱屈した日々を少し拭えた気分だ。


「そうですか。喜んでくれるかなって思ったけど大成功ですね。私もよかったです」


莉緒は本当に嬉しそうな顔をする。利他的な莉緒は自分の欲を満たすより嬉しいのだろう。


「先生ゲーセンで何か取ったらプリクラも撮りませんか?」


「プリクラ?女子高生じゃないんだから勘弁してよ」


そんなもんは友達とやってくれと思うのに莉緒はねだるのをやめない。


「先生との写真欲しいです!」


「そんなんあったってゴミになるだけだよ」


「なりません!私は嬉しいです!」


「私は嬉しくないから。友達とやりな」


勧めてあげたのに莉緒は不貞腐れた。


「じゃあ勝手に先生の写真撮るからいいです」


私の写真なんか一円にもならないのに何を言ってるのだろう。しかし、プリクラを撮らないならましだ。


「そう」


「いっぱい撮ってフォルダー作って保管しておきますからね」


「好きにすれば」


「言われなくてもそうします。あ、先生つきましたよ」


ゲーセンにつくと莉緒はもう不貞腐れるのをやめて楽しそうにしている。やっぱりガキだなと思いながら中に入った。今日は新しい景品がいくつか出ているみたいだ。


「あ!先生私この鳥欲しいです!」


「ん?」


指を差す莉緒はまた可愛らしいぬいぐるみをねだってきた。


「こないだ取ったじゃん。そんなあると邪魔じゃない?」


ぬいぐるみはあればあるだけ箱みたいに詰めないから邪魔だと認識している私はあまり取らなくなった。それでも莉緒は子供みたいにねだった。


「邪魔じゃないです!可愛いから欲しいです!」


「……じゃあ、取ってもいいけど」



この様子じゃ莉緒はずっとねだるだろうからさっさと百円をいれた。莉緒の物になるならいいだろう。小さなボールの上に乗っかっている鳥を動かして落とし口のシールドの近くまで持ってきた。あとはシールドから一番遠い部分を持ち上げれば落ちるだろう。莉緒は動かすだけでテンションが上がったように大きな声を出していてうるさかった。


「先生もう取れそうじゃないですか!」


「うん。あと後ろ持ち上げたら落ちると思う」


「え?もうですか?まだ三回くらいしかやってないのに凄い!」


「何回もやってたからね」


この趣味は一年以上続けている。凄いというよりは慣れだ。私は鳥のぬいぐるみを後ろから持ち上げて転がすように落とした。



「やったぁ!!とれた!!先生凄い!!」


「うるさいから静かにして。ほら」


大喜びの莉緒を注意しながらぬいぐるみをあげた。全くうるさいやつだ。


「ありがとうございます先生!大切にします!」


「よかったね」


「あ!先生あれも欲しいです!取れますか?」


「え、どれ?」


ぬいぐるみを抱き締めながら莉緒は私の腕を引いた。そうやって莉緒が欲しがる物を取ったりして遊んだが莉緒はずっと大はしゃぎしていた。取れる度に喜んで誉めてくる莉緒はちょっとウザかったけど本当に喜んでいたから悪い気はしなかった。


ゲーセンで一通り遊んだ帰り道、景品を袋に入れて歩く莉緒は上機嫌だ。


「先生今日も凄かったです!本当に凄いです!私すっごい楽しかったです!」


「見てただけじゃん莉緒は」


一切やっていない莉緒はそれでもにこにこしていた。


「そうですけど先生がいっぱい取るからワクワクしました!また行きましょうね先生」


「また今度ね」


「はい!次はバッティングセンターも行きましょう?私少し打てるようになったんですよ?」


「ふーん…」


どうせ本当に少しだけだろう。莉緒は下手だったからまたあの空振りを見るのは楽しそうだ。


「先生次は私にも取り方教えてくれませんか?私も取ってみたいですぬいぐるみ」


「感覚でやってるからうまく説明できないよ私」


「え?あれ感覚なんですか?天才ですよ先生」


何回もやってればここら辺かなで済む話なのだが誉められても困る。教える話じゃない。


「こうきたらこうって感じだから私の見てたらできるんじゃない?」


「見ててもできませんよあんな神業。先生流石です!じゃあもっといっぱいゲーセン行きましょう?見て覚えます!私こう見えて…」


莉緒の話を聞きながら私のマンションに近づいてエントランスに入った時だった。中にいた女性に気づいて頭が真っ白になった。莉緒の声も耳に入らないくらい私は動揺していた。


なんでここにいるんだ。なんで?私は知らせてもいないし縁を切ったのに。一瞬で分かったそいつに怒りが込み上がる。私は歩みを止めた。








「何してるの?なんでここにいんの?」


何十年も会っていないこいつは大人びているが憎らしさは消える事はない。長い黒髪も、私と似ている目も顔も嫌いだった。こいつと似ていると言われるのが本当に苦痛だった。

彼女は少し驚いてから穏やかな顔をして笑った。













「お姉ちゃんにそんな言い方ないんじゃないの?」


姉だったこいつは昔と何も変わっていない様子だった。

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