第12話


「やめてって言ったでしょ。何でそういう事するの?」


裸の莉緒を冷めた心で見ていた。裸だからってなにも感じない。それなのに莉緒は少し後ろに下がって私を気恥ずかしそうに見つめた。


「先生に見てほしいんです。どうですか私。したくなりますか?どう思いますか?」


どうと言われても返答に困る。私はベッドの上においてあったブランケットをかけてやった。


「したくはならないけどいいんじゃない。風邪引くから早く服着て」


見せたいと思う心理はなにからだ?その答えはすぐに分かった。




「私が汚いからしたくならなくて何も思わないんですか?」


少し笑う莉緒はまだ気にしていたようだ。前も気にしていたけど無駄な考えだ私にしたら。


「どこも汚くないけど」


「……そうですか」


肌が白くて綺麗な体は汚くなんて見えない。私は最初から偏見はない。でも莉緒はにっこり笑って視線を下げた。


「私、高校を卒業してから水商売とか風俗を始めたんです。二十歳までは無理な所が多かったから自分で値段を決めてやってたんです。だから、セックスは普通の人よりは満足させられると思います。私はいろんな人としてきましたけど、性病とかそういうのはちゃんと気をつけてるし検査もしてるから……あの……えっと…」


「別に私はそんな事気にしてないけど」


言葉に詰まりだした莉緒は私に視線を向けた。めんどくさい。風俗だのなんだのって偏見があるやつはいるだろうが皆事情があるだろうし誰にも迷惑をかけていない。

私は莉緒の腰に腕を回して引き寄せた。


「風俗だのなんだのって引きもしなければ病気だなんだって騒ぎもしないから。あっそうとしか思わないし、こうやって触るのも抵抗ない。その話聞いてもふーんって思うだけ。分かった?」


私にはもっと重要な事がある。莉緒は安心したように笑うと私に抱きついてきた。


「ありがとうございます先生。先生はやっぱり優しいです」


「…普通だから」


「先生は普通以上に優しいですよ。嘘も言わないし私を見る目も変わらないです。私が幸せにするって言いましたけど、いざしようとして脱いだりするとやっぱり無理って言われる事があったから……良かったです」


なんでこんなに正直なんだろう。よく見てほしいから、自分の方が凄いと思われたいから嘘をついて見栄を張るやつを見ていたから莉緒が嘘をつかないのが不思議だった。この子の年じゃ一番思いそうなのに。


「嘘つけば良かったじゃん。風俗は辞めて居酒屋とかコンビニでバイトしてるって」


皆が自分をよく見せようとする世界だ。小さな嘘は誰しも少なからずついてきただろう。莉緒は私に抱きつく腕を緩めて私を至近距離で見つめてきた。


「嘘はつきませんよ。嘘をつくと信用が下がりますし、すぐ分かります。それに先生は大好きだから嘘は言えません」


「よく見せたくないの?」


「見せたいですけどそれとは話が別です。嘘をついて見栄を張るくらいなら全部話して嫌われた方が良いです」


潔いそれはこの年にしてはよく分かっていて好感が持てた。どんなに上手く嘘をついて見栄を張っても、それは他人からしたら分かりやすい事で嘘をついているという事実はマイナスにしか繋がらない。


「嫌われたらどうするつもりだったの?莉緒に偏見を持って軽蔑的な目で私が見たらどうしてた?」


私はキスができる距離まで顔を近づけた。確率は考えていただろうがそこまで気になってしまう。莉緒はおもむろにキスをして答えた。


「諦めませんよ?軽蔑して引かれても私は先生をずっと好きでいます。先生以外考えられません」


「ふっ、あっそう」


愛しそうに言われると思わず笑ってしまった。この気持ちがどこまでのものなのか見ものだ。


「いつも素っ気ないですね先生。そこも好きですけど。先生もう一回チューしたいです。チューしてくれませんか?」


可愛らしくねだられたがそろそろ風呂だ。こんな事をしていられない。私は莉緒の腕を離した。


「もうお風呂入るから離して」


「先生チューしたいです」


達観している割りに子供な莉緒は不満そうだ。私はため息をついた。


「じゃあ目閉じて?」


「え?はい!閉じます!」


途端に嬉しそうに目を閉じた莉緒。私がすると思っているのだろう。しかし私はそのまま莉緒の横を通りすぎて洗面所に向かった。


「先生チューは?なんでスルーするんですか?」


洗面所まで追いかけてきた莉緒は服を脱ごうとした私の腕を引いてくる。しつこいやつだ。


「ウザいんだもん」


正直な私の感想に莉緒は納得していなかった。


「チューするだけですよ?一回したらベッドで待ってますからしたいです!」


「さっきしてきたじゃん勝手に」


「でも、でもしてほしいんです!先生前にキスはいいって言いました!」


「……」


腕を強く引かれてげんなりしてしまう。こういうのにこだわるのはガキだなと思うが私とこの子では価値が違うのだ。


「莉緒」


「はい!」


呼んだだけで期待しているような顔をされる。この子は本当に単純だ。不本意ながら仕方なくキスをしてやった。


「早く服着てベッドで寝てて」


「はい!先生大好きです!待ってますね?」


たかがキスでとても喜ぶ莉緒は私に一瞬抱きつくとベッドに行ってしまった。

やっとか…。なんか大きな子供みたいで調子が狂うがやっと解放された。


私はそれから風呂に入って寝る準備を済ませてからベッドに行くと莉緒は眠っていた。時間も時間だし眠かったんだろう。私は莉緒を起こさないようにベッドに入るとすぐに眠りについた。



しかし翌日起きると莉緒は私に先に寝てしまった事を謝ってきた。どうでも良かった私は適当に流しといたが莉緒は次は絶対寝ないと言い切ってきてとにかくめんどくさかった。それから朝御飯を食べて身支度を整えていたら莉緒は急にそわそわしだした。


「先生?」


「なに?」


化粧をして服を着替えているのに私の隣から離れない莉緒は何なんだろう。莉緒はさっきからなぜか不安そうな顔をしている。


「あの、今日は…予定あるんですか?」


「は?デート行くんじゃないの?」


そのつもりで用意していた私は驚いた。昨日莉緒が行きたいと言っていたのにどういうつもりだ?莉緒もなぜか驚いていた。


「え?行ってくれるんですか?流されちゃったから行ってくれないと思ってました」


「まぁ、行かないつもりだったけどからかったお詫びもあるし…。行かなくていいならいいけど」


「いや行きます!行きたいです!」


即答する莉緒は必死そうだ。そんなに行きたかったんだと思うとそこにも驚くが。


「じゃあ、どこ行く?」


「ゲーセン行きたいです!」


「え?ゲーセン?」


リクエストがゲーセンってもう少しあるだろうに。莉緒は嬉しそうに何度か頷いた。


「はい!先生が取ってるところ見たいです!」


「……他は?」


「プラネタリウム見たいです!すっごい綺麗なんですよ?たまに見に行くんですけど先生きっと気に入ります!」


ゲーセンにプラネタリウムか……。まぁ、悪くはないか。プラネタリウムとか見た事ないし私は莉緒のリクエストを受け入れた。


プラネタリウムは電車で行った方が近かったので莉緒に案内されて向かった。莉緒は家を出てからずっと嬉しそうに私の腕を掴んでいて鬱陶しかったが言ってもごねると思うから自由にさせといた。


「先生好きな食べ物はなんですか?」


一緒に歩いていると莉緒は何度質問したか分からない質問をしてきた。さすがにここまでしつこくされて利己的なところが見えないと答えないでいるのは少し悪く感じる。


「……ビーフシチューとグラタン」


私の返答に莉緒はさっきよりも嬉しそうに笑った。


「そうなんですね!私も好きです!先生は甘いものとかも好きですか?」


「うん」


「じゃあ、先生の嫌いな食べ物は?」


「特にない」


「そうですか。私と一緒ですね」


こんなただの会話で嬉しそうに笑う顔を見るとどうしたらいいのか分からない。私はいつも通り普通にしていたら莉緒はまた尋ねてきた。


「先生の好きなタイプはどんな人ですか?」


「普通な人」


「前もそう言ってましたよ?それじゃ分かりません。例えばどんな人ですか?」


どうしても聞きたい莉緒には悪いが思い付かない私はからかうように答えた。



「莉緒」


でも莉緒はちょっと眉間にシワを寄せた。


「先生ちゃんと答えてください」


「答えたじゃん」


「答えてません。早く教えてください」


からかった事が分かっている口ぶりに仕方なくよく考えてみた。私の好きなタイプはなんだろう。考えてもやはり思い付かない。


「…………やっぱり普通な人じゃない?」


「もう先生それじゃ分かりませんよ。じゃあ次は見た目のタイプはどんな感じがいいですか?」


それも思い付かなかった私はとりあえず答えといた。


「莉緒」


「……先生怒りますよ?さっきからからかいすぎです」


ちょっとむくれているが、からかうしか術がない私には困る話だ。


「私は見た目だけで何か思えるほど若くないの。逆に莉緒は?」


興味はないが私から話は逸らしてしまおう。莉緒は途端に嬉しそうに話しだした。


「私は先生が好きだから先生みたいな人に決まってます!髪が長くて、目が鋭くて顔が綺麗でクールでドライな先生がタイプです!」


「そう」


いつも通りな感じなので返事だけしといたら莉緒は少し落胆したような顔をする。


「先生嬉しいとか言ってくれてもいいのに…」


「じゃあ、嬉しい」


「じゃあってなんですかもう!……次は絶対答えてくださいね?」


「困らなければね」


莉緒は表情がよく変わって小児みたいで見てると疲れる。次はなんの質問だろう。莉緒は急にもじもじしだした。


「あの、先生は可愛い動物と綺麗な動物どっちが好きですか?」


「動物は好きじゃないけど可愛いのと綺麗なのは好き」


なんか照れてもいるのにこんなどうでもいい質問で拍子抜けした。どうしたんだろう。莉緒は更に続けた。


「じゃあ、騒がしいのと静かなのどっちが好きですか?」


「場合による」


「……じゃあ、可愛がるのと可愛がられるのどっちが好きですか?」


「…場合による」




「じゃ、じゃあ!……私の事……ちょっとは好きですか?」


莉緒のその発言でなるほど、と内心笑ってしまった。全部自分に当て嵌めていたようだ。一人でしようとしたくせにこの子は変に恥ずかしがりだ。私は逆に聞いてみた。


「どのくらい好きでいてほしいの?」


「それは……嫌いじゃないなら何でもいいですけど…」


聞いたくせに欲のない控え目な回答には笑ってしまう。嫌いじゃないなら好きじゃなくてもいいはずなのに少し矛盾しているところはガキだ。


「じゃあ秘密」


面白かったので私ははぐらかした。まだなにも言うつもりはない。


「え?何でですか?」


「忘れちゃったから」


私が笑って言ってやったら莉緒は案の定拗ねていた。


「いっつもそうじゃないですか」


「可愛いからからかいたくなってね」


「本当に可愛いって思ってないくせに…」


今日は一応デートだからあまり機嫌を損ねるのは控えたい。私は拗ねている莉緒を見つめた。


「最初から可愛いと思ってたよ」


莉緒はそれだけでさっきよりも照れていた。


「真顔で言うのやめてください。ていうかそんなに見られると照れます」


「…なんで?」


「なんでじゃないです!もう先生は乙女心が分かってなさすぎです!…あっ!先生ここですよ!チケット買いましょう?」


莉緒は照れたり怒ったりよく分からないがプラネタリウムが入っているビルに私を案内してくれた。

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