第11話


仕事が終わったのは早かった。最後の患者さんがキャンセルになったからラッキーだ。私は服を着替えていつもの大衆居酒屋に向かった。いつも都内より少し外れた駅の近くの賑わっている居酒屋で飲む事になっている。


そんなに綺麗とは言えないが料理が美味しくて酒が種類があってうまいのだ。居酒屋につくと私は店を見回して友達を探した。すぐに見つけた私は向かいの席に座った。


「お疲れ。早かったねヒロミ」


ヒロミはもう先に飲んでいた。


「お疲れ景子。もう疲れたからいっぱいやってるわよ。最近店に来ないけど元気そうで安心したわ」


そういうヒロミも変わらない。ヒロミは私が昔から通ってるゲイバーの店子だ。スキンヘッドのがたいのいいゲイで一見怖いけど優しいし話しやすい。もうかなり長い付き合いになる。


「最近ゲーセンしか行ってないからね。もうなんか頼んだ?」


「適当に頼んどいたわよ」


「ありがとう。じゃあ、私もとりあえずなんか飲むかな。すいませーん!」


私はメニューを見ながら適当に酒を頼むとすぐに来たので乾杯してお酒を飲んだ。



「あぁ、美味しい」


「最近飲み歩いてないの?」


ヒロミはおつまみを食べながら訊いてきた。生憎だが酒はもう最近楽しくなくて飲み歩かなくなった。


「うん。最近はゲーセンとバッティングセンター通い」


「バッティングセンター?あんたそんなキャラだった?」


「いや、これが中々ハマるのよ。ヒロミも一緒にやりに行く?」


「私そんな運動できないから無理。精々ジムで歩くくらいだから」


ヒロミは運動が苦手みたいだ。こんながたいがいいのに勿体ない。


「それより最近誰かいい人できた?あんたもう遊んでもないの?」


ヒロミは笑って尋ねてきた。ヒロミには恋愛話をしている。私は頷いた。


「うん。全く。なんかもう時間の無駄かなって思って」


「男も女も?」


「うん。どっちもどっちじゃない?性別なんか子供が作れるか作れないかの差だけじゃん。愛の形なんか子供以外にも腐るほどあると思うし……でも、なんかもう誰の事も好きになれないのかなぁって感じ」


ヒロミの前だと長い付き合いだから思った事が素直に出てくる。ヒロミは唯一共感できて大人だなと思える数少ない大切な人だからあまり自分の事は隠していない。


「まだまだでしょあんたは。私より若いじゃない」


安心する低い声に鼻で笑った。


「今まで最悪だったのに?私の相手男も女もいつまでもガキみたいな欲しがるだけのやつばっかだったじゃん。こうしてああしてって利己的なやつを信じてみたけどもう三十過ぎたよ?もう無理じゃない?好きってなんなのか分からないわ」


時間をかなり使ってしまった後悔は計り知れない。無駄な時間だったがいい勉強代だ。世の中くそばかりという事を経験させてくれた。しかしヒロミは優しく私を見ながら笑う。


「皆自分が可愛いんだから欲しがるのは仕方ないでしょ。そこは思いやれるかどうかにかかってくるけど……もう少しゆるく物事捉えたら?」


「どういう事?」


ヒロミはいつも私より大人な回答をする。ヒロミの方が年上だし私より人生経験も豊富だからだけど真面目すぎるという意味か?


「景子はいつも慎重というかちゃんと段取り組みたいタイプじゃない?それはいい事だけど慎重になりすぎると始まるものも始まらないわよ。だからなんとなくみたいな気持ちでもいいから動いてみたらって事」


それができてたら苦労していない。


「無理。私は後先考えられないのは苦手だし、いつも冷めてるからどうしても考えちゃうし」


性的に見られてたり好意があるとすぐに分かったからどうするのかなと思いながら見ていると、やりたいだけだったり中身がないのを肌で感じるように察してしまう。私はいつも好きと言われたから浮かれたりして気持ちに左右はされない。だからすぐにじゃあ付き合いましょうと付き合ってヤってしまう人が羨ましい。


「でもそんなに真面目に考えてる人もいないんだから、とりあえず付き合うから始めてみてもいいんじゃない?変わるかもしれないじゃん人の気持ちは」


「そんなに若くないよ私。話してても中身ないんだなぁって思ったりするのに付き合うの?高いものはいいって話じゃないじゃん」


「はぁ、……あんたも大人になったねぇ」


ヒロミは笑いながらお酒を飲み干して酒を注文した。私が若い頃からの付き合いだから十年はいかないくらいか、私も昔に比べたら変わった。


「可愛かった私もアラサーになったよ今じゃ」


皮肉に笑いながら答えるとヒロミも笑ってくれた。


「私も年とったけどあんたの見かけが変わらないからこうやって話すと実感するわ」


「ふふ、結構顔もばばあになってきてない?」


「そんな変わってないわよ。まぁでも、気長に探しなさいよ。騙されたと思ってみるのもありよ?まだまだこれからなんだから失敗したって平気よ」


ヒロミからしたら私はまだ若い。ヒロミの助言はいつも何だかんだ頷いてしまう。私よりも柔軟に物事を捉えるヒロミは尊敬できる。


「ヒロミが言うならそうしてみるわ」


「そうそう。私だって気になる人いるんだから」


何気なく言われたそれに驚いた。私は全く知らない。


「え?それ初耳だけど」


「密かにいいなって思ってるだけだから」


「いや、ちょっと待って教えてよ気になるから。客?私の知ってる人?」


私は酒を飲みながらヒロミの話を聞き出そうとした。

ヒロミは私よりも上手で考えも大人だからのらりくらりかわされてしまったが楽しい時間を過ごせた。最近はヒロミのお店にも行ってないから行かないと。




その日はたらふくご飯を食べて飲み倒した。ヒロミは仕事柄かなり飲むから平気そうだったけど私は飲みすぎてもう眠かった。

終電前の電車で駅まで帰ってきたものの歩くとふらふらで歩くのがしんどかった。

それでもなんとか自宅についてひと安心するも莉緒がいたのを忘れていた。


「先生そんなに飲んできたんですか?大丈夫ですか?」


玄関に座る私に莉緒は心配そうに近づいてきた。


「……今日は飲みすぎた」


「ふふふ。楽しかったみたいで良かったです。先生立てますか?」


「立てるよ。ちょっと疲れただけ」


酒のせいでふらふらしてしまうが問題ない。私は立ち上がって冷蔵庫に向かうとお茶を取り出して飲んだ。やっと落ち着いた。


「先生お風呂入りますか?」


ついてきた莉緒は嬉しそうだ。もう夜中なのに何で寝てないんだろう。


「それより早く寝たら?もう夜中だよ」


「先生と寝たいからまだ寝ません」


「……あっそう」


私と私とってまるで子供みたいだ。私がいても別に何にも変わらないのに莉緒は不思議だ。


「先生明日デートしませんか?」


嬉しそうな顔のまま莉緒は私の腕を掴んできた。


「……やだ。明日はジム行く」


「じゃあ、ジムのあとに行きませんか?」


「お金あげるから一人で出掛けてきな」


休みなのに勘弁してくれ。あくびをしながらお茶をしまってお風呂に行こうとしたら莉緒に抱きつかれた。はぁ、邪魔だ。邪魔な莉緒は真っ正面から私を見つめた。


「一緒に行ってくれないと離しません」


「莉緒……うざいから離れて」


「やです。デートしましょう先生?絶対楽しいですから」


「……なんで?」


引き剥がすのもめんどくさい私は眠気を感じながら目を擦る。今莉緒の相手は疲れる。


「先生といたいからです。先生に私の気持ち伝えたいです」


「……はぁ」


こう言われるとあの時受け入れてしまった自分がいるから否定できない。若干の後悔を感じる。


「先生だめですか?」


ねだられてもデートしたところで何か変わるのか?私は莉緒をただ見つめて答えた。


「次にして?また今度」


「やです……。デートしたいです先生……」


しかし、まだねだる莉緒は悲しそうな顔をして視線を下げる。これはいいと言うまで離さない気かなのか。めんどくさい。


「莉緒」


「先生……?」


私は呼び掛けてこちらに視線を向けさせてから莉緒に顔を寄せる。至近距離にいる莉緒は戸惑いながら私を見つめた。ちょっとウザいからからかってやろう。




「だったら今から一人でしてるとこ見せて?そしたら明日デートに行ってあげる」


「え?…いきなりなに言ってるんですか?」


すぐに理解した莉緒は動揺して恥ずかしがっている。私は笑ってしまった。


「こういう事にいきなりとかあるの?」


「そうかもしれませんけど…」


「ねぇ、見せてよ?莉緒はどんな風に一人でするの?」


いつもは目線もあまり合わせないけど今は違う。莉緒をじっと見つめていたら莉緒は恥ずかしそうに困った顔をする。


「……見せたら本当にデートしてくれるんですか?」


「早くしないと気が変わるかもしれないから分かんない」


やったらやったで面白いがやらなかったらつまらない。莉緒はどうするんだろう。私の急かすような物言いに莉緒は黙ってしまった。


「じゃあ、お風呂入ってくるから」


これはやらなさそうだ。確信した私は動かない莉緒に言ってやった。まぁ普通の反応だしやっぱりなと思いながら莉緒の腕を離すと莉緒は焦ったように私の腕を掴んだ。


「ま、待って先生!やります!」


「ふーん。……じゃあ、見ててあげる」


なんだ本当にやるのか?こういう変態みたいな事をするのは初めてだ。からかいの範囲内で終わらせるが私は莉緒の手を引いてベッドに向かった。


「ほら、やって?」


「はい……」


この羞恥プレイをしてほしいと言った私を嫌いになるだろうか?予想がつかない莉緒の気持ちを考えると面白く感じる。好きだからってできない事はある。この子はどこまでやるんだろう。私がベッドに座って莉緒を見ていても莉緒は視線をさ迷わせて動かなかった。


「やらないの?」


「……やります」


莉緒はやっと覚悟を決めたのか服を脱ぎ出した。すぐに下着姿になる莉緒はとてもスタイルが良かった。胸もあるし体も引き締まっていて体を売りにしてるだけある。私はそれくらいしか見ていて思わなかったが下着を脱ごうとした莉緒を止めた。遊びはこれで終わりだ。


「やめて。からかっただけ」


「え?そうなんですか?」


試してみてもこの子は私に従う。この子は本当に私に好意しかなさそうだ。



「ごめんねからかって。早く服着て?」


私は莉緒が脱いだ服を渡すと背中を向けて風呂に向かう。こういう純粋な感じは苦手だ。見ているだけでも目を背けたくなる。でも、莉緒は私の手首を掴んだ。


「先生?こういう事したいならからかわなくても私はしますよ?」


まただ。莉緒は嫌悪感や苛立ちを私に感じていない。ただ一心の好意はいったいなんなんだ?私は足を止めて莉緒に視線をやった。


「しないよ。私は好きな人としかしない」


「それでもしたくなったら相手になります。私は先生なら大歓迎ですよ?」


「お互いに気持ちがないなら無駄なの分かるでしょ。キスもセックスもしようと思えば誰とでもできるの莉緒が一番よく分かってるんじゃないの?」


寂しいから、ヤりたいから、それでヤったって意味がない。ただ時間を無駄に浪費して疲れて体が汚れるだけだ。それに一時的に欲を満たしたって虚しくなるから経験した今じゃもうやる気も起きない。


「確かに分かりますけど…でも、先生の気持ちが変わるかもしれません。先生?見てください」


莉緒は私の前に来ると下着を脱いで裸になった。

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