第6話


「景子さん好きです」


「そう。もういい?私お風呂入りたいんだけど」


恥ずかしそうな態度をされてももう眠い。キスしてどうしたいのか不明だがこの子のやり方はガキそのものだ。


「……景子さん」


「まだなにかあるの?」


悲しそうな顔をする前に私から離れてくれないだろうか。私は次に言われる事を待っていたらそのまま抱きつかれた。はぁ、さっきから全く意味不明だ。


「どうしたら私の事気になってくれますか?」


「さっきみたいに面白い事言ったらかな。養うって言われた事なかったよ」


ただ、淡々と彼女の甘い匂いを感じながら話した。あのくらい面白い事が続けばこの子は私にとって注目の的だ。


「……さっきのは本気です」


「ふーん。本気だったんだ。まだ会うの三回目なのに莉緒は変わってるね」


「会う回数なんか関係ありません。私は本気で好きです」


本気で好きの真意は定かではないが少し嫌がらせをしてやろうか。一々めんどくさい事をされると鬱陶しいだけだ。私はこの子の背中に手を回すとソファに押し倒した。突然の事に彼女は驚いていたがどう反応するのか見ものだ。




「私さ、SMが好きなの。痛がる表情とか苦しむ表情が好きなんだよ。こういう感じでさ」


私は盛大に嘘をつきながらかなり強い力で胸を掴んだ。変な性癖があればきっと引くだろう。彼女は痛そうに表情を歪めた。


「景子さん…」


「ん?痛い?嫌だ?」


顔見れば分かるのに聞く私は本当にねじ曲がっている。でも彼女は首を横に振った。


「…気持ちいいです。景子さんが触ってくれるなら気持ちいいです」


「ふふ。あぁそう。じゃあこれは?」


強がるのを見るともっと嫌な事をしてしまいたくなる。早く嫌がる姿を見せろ。私は胸から手を離すと片手で軽く首を絞めた。



「苦しい?やだ?」


私から目を逸らさない彼女はまた首を横に振った。まだ強がってるのか。私は少し手を緩めてから彼女にのし掛かると両手で強く首を絞めた。息ができなくなるように。


「これはどう?」


これで苦しくなれば抵抗するはずだ。苦しくなるように首を絞めている。なのに彼女はいきなり笑ってきた。本当に嬉しそうに私を見ながら。



「気持ち……いいです」



本気で言っていそうなこの子に私は思わず手を緩めていた。この子は普通じゃない。私は直感的にそう思った。いきなりよく知らない相手に首を絞められてるのに嬉しそうに笑うなんて理解できない。私はこの子に異常なものを感じた。苦しいくせに、嫌なくせになぜ気持ちいいなんて言ったんだ。彼女は少し荒く呼吸をしながら私の手を掴むと首に押し付けてきた。

 

「景子さんもっとしてください。気持ちいいから私これ好きです」


嬉しそうな顔をする彼女は催促してきた。嫌がられると思っていた私の予想をはるかに裏切られてしまうと反応に困る。私は彼女から退いた。よく分からない恐怖のようなものを感じたから。


「飽きたからもう終わり。もうお風呂入ってくるから先に寝てていいよ」


「残念です。じゃあ、ベッドで待ってます」


「そう」


この子はちょっと異常だ。私は逃げるように風呂に向かった。あれは演出みたいなものだったのに逆に喜ばせてしまっていた。更に状況が悪化したような気がする。

それにしてもあの首を絞めた時の笑顔が頭から離れなかった。苦しくもないような嬉しそうな笑顔は演技をしているとは思えなかった。あの子は可愛いけれどとんでもない子に好かれてしまったのか。

私はシャワーを浴びながらそうやって考えていた。


シャワーから上がって寝る準備をしてベッドに入るとさっき言われた通り彼女は起きて待っていた。その顔は先程と変わらない。


「景子さんもうすぐ寝ますか?」


「うん。寝る」


私は仰向けになって目を閉じる。するとすぐに腕にくっついてきた彼女は隣から囁いてきた。


「景子さん大好きです」


さっきのもあるのに、どういうつもりか分からないが私はもう流す事にした。


「…おやすみ」


「はい。おやすみなさい」



今はもう寝てしまおう。話して掘り下げられたら困る。挨拶をしてから私はすぐに眠りについてしまった。酒のせいもあって熟睡してしまった私は次の日彼女に起こされた。



「景子さん?景子さん朝ですよ?」


「……なんでいんの?」


体を揺すられてすぐに目が覚めた。昨日沢山飲んだが二日酔いにはなっていない。彼女は私を笑いながら見つめてきた。


「今日学校休みだから一緒にお出掛けしたいなって思ってたんです。……ダメですか?」


私を誘うより他に楽しい人がいるだろうに。私は普通に断った。


「ダメ。他の人と出掛けたら?」


「景子さんじゃないとやです」


「私と出掛けてもつまんないよ」


「私は楽しいです」


朝からめんどくさい思いをする私はベッドから起き上がった。それより顔を洗ってなんか食べよう。


「……とりあえずご飯食べるわ」


「はい」


洗面所に行って顔を洗ってリビングに向かうとなぜか先回りをされて朝ご飯が用意されていた。私より早く起きて作ってくれていたみたいだ。


「昨日食材買ってきたので朝ご飯キッチンを借りて適当に作ったんです。景子さん嫌いなものないですか?」


「……ないけど」


どうやら色々計画性を持ってやって来たみたいだ。なんかもう突っ込むのもめんどくさいので突っ込まない事にする。


「じゃあスープ暖め直すので座っててください」


「うん」


私は言われた通りソファに座って待っていたら彼女はご飯とスープを持ってきてくれた。前に尽くすのが好きって言ってたがこれは確かに重いって思う人いるかもしれない。まぁ、私はやってくれるのであれば有り難いが。私はその後朝ご飯を食べて胃薬を飲んだ。


「景子さんお出掛けしませんか?」


朝ごはんを食べて少しソファで寛いでいたら彼女は私の腕にくっつきながらまた誘ってきた。今日は休みだけどめんどくさい。私はテレビのチャンネルを変えながら言った。


「だから違う人と行きなよ」


「景子さんと行きたいです」


「何か欲しい物があるならお金あげるから買ってきな」


お金で済まそうとした私は彼女の次の言葉で嵌められた気がしてしまった。


「ゲーセンのぬいぐるみが欲しいです」


「……」





私は黙ってしまった。よく覚えているもんだ。


「景子さん得意ですよね?だから景子さんがいないと取れません」


言われるのを待っていたのだろうか。私が彼女に顔を向けるとにっこり笑われた。


「ぬいぐるみあっても邪魔でしょ」


「邪魔じゃないです。欲しいって思ってたやつがあるんです。ダメですか?」


「……めんどくさい」


思った事が口から漏れる私に彼女は餌を吊るすかのような話を持ってきた。


「私最近面白い事見つけたんですよ?ゲーセン行くついでに行きませんか?景子さんも絶対楽しいと思います。今時の若い人が楽しんでる事です」


「……本当に?」


「はい。私は下手だけど楽しかったですよ」


なんか乗せられてるみたいでちょっと癪だけど面白い事は気になる。私は暇潰しがてらに乗った。


「じゃあ準備するから待って」


「はい!待ちます!」


出掛ける準備をした私は一緒に家を出て近くのゲーセンに行った。お昼過ぎなだけあって家族連れがいて少し混んでいる。こんな明るい時間に来たのは初めてだった。


「景子さん私あれが欲しいです!」


家族連れに気を取られていたら腕を引かれたので彼女の方に顔を向ける。彼女は指を差して欲しいぬいぐるみを教えてくれた。丸い犬の可愛いらしいぬいぐるみだ。


「これ取れますか?」


「これなら取れるよ。ちょっとやるから待って」


設定は末広がりの橋渡しだ。一番広い所まで転がして押せばいけるだろう。私はお金を入れてアームを動かした。


「わぁ!結構動きますね!凄い!」


軽そうな持ち上がりそうな所にアームをかけてずらすだけでテンションが上がる彼女は楽しそうだった。


「もう取れるよ」


「もうですか?」


「うん。これでいくんじゃない?」


何枚かお金を入れて広い所に移動させたし横にした。あとは押すだけだ。私は一番広い所にある犬のお尻をアームで押した。きっとここを押せば一回で落ちるだろう。するといつも通りすとんっとぬいぐるみは落ちた。


「わぁ!凄い!取れた!」


ぬいぐるみが落ちただけで嬉しそうにはしゃぐ彼女は本当に子供だ。もうこんなに喜べなくなってしまった私は冷静にぬいぐるみを取って渡した。


「よかったね」


「ありがとうございます!すっごく嬉しいです!」


「ただのぬいぐるみだよ」


「そんなんじゃないですこれは。景子さんありがとうございます」


ぬいぐるみを抱き締める彼女はとても喜んでくれてなんか調子が狂う。ぬいぐるみよりもいい物は沢山あるのによく分からない子だ。私は店員から袋を貰ってぬいぐるみを入れさせてあげた。それから彼女が気になるぬいぐるみを何個か取ってお菓子を取ってゲーセンを出ると、彼女の面白い事をするべく電車に乗って移動する。


「景子さん本当にうまいんですね?私びっくりしました」


電車から降りて私の腕を掴んでくる彼女は楽しそうだった。


「やってたらできるようになっただけだよ」


「普通できませんよ。私なんて一回も取った事ないですし。景子さんみたいにいっぱい取る人初めて見ました。また一緒に行きましょうね?」


「機会があればね」


「じゃあ絶対ですね」


適当に返したのにまた一緒に行かされるみたいだ。この子は行動的だ。


「それよりまだ?」


「もう少しです。あそこですよ」


面白い事はなんだろうと思ったが指を差した場所に目を向けて納得する。なるほど、これはやった事がない。




私達はバッティングセンターに入った。球を打つ音が響く中彼女はバッティングゲームを始めるためのカードを買ってきた。


「これを入れてやるんですよ。景子さん代わりながら順番で一緒にやりましょう?」


「うん。これ楽しそうじゃん」


運動はそんなにできないがちょっとワクワクする。私はバッティングできるスペースに二人で入って荷物を置くとバットを持った。


「じゃあもうすぐ球が飛んできますから景子さん頑張ってくださいね」


「うんうん」


端に移動した彼女の言った通りすぐに球が飛んできたが見事に空振りした。


「難しいね」


「でも当たると楽しいですよ。景子さん頑張ってください!」


私は応援されながらバットを構えて振りかぶった。最初は思いっきり外れるしバットに球がかするくらいで全く飛ばなかったが目が慣れてきたのか、しばらくしたら当てられるようになった。ちょっと難しいがこれは球が当たると爽快感があって楽しい。私は楽しみながらバッティングを続けた。しかし途中で変わったこの子は本当に下手だった。




「あぁ~!また当たんない!」


さっきから空振りを連発する彼女はふざけているのかと思うくらい外す。たぶん本人からしたら本気でやっているんだろうがちょっと怒っていた。


「景子さんどうやったら当たりますか?」


バットを構えながら訊かれても私も素人だからコツなんか教えられない。


「球をよく見て打つんじゃない?」


「見てるのに景子さんみたいに当たりません!」


また空振りしている。下手だなと改めて思っていたら今の球で終わってしまったみたいだ。彼女は私に近づいてくると拗ねていた。


「景子さんに良いところ見せたかったのに全然ダメでした…」


「できてないところダサくて面白かったよ?」


ほぼ外していたのは正直笑えたのに彼女はむすっとした。


「私真剣にやってたのに面白がらないでください。怒りますよ?」


「怒ってんじゃんもう。でも楽しかったからゲーセンみたいに通うよこれ。教えてくれてありがとう」


「景子さんが楽しめたなら良かったです」


慣れないと難しいが久々に楽しい遊びを体験できた。バッティングセンターは私を楽しませてくれるに違いない。

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