第5話


それからのあの子は前にも増して私にアピールをするかのように毎日連絡をしてきた。変わらずに私を知りたがるのは正直ウザかったけどこの子はウザいと言ったところでめげないだろう。私は暇潰し程度に適当にたまに返事を返していた。


そんなこんなで平日にも休みがある私は平日休みの前に飲みに出かけていた。今日は大学の時から仲が良かった水島との飲みだ。

私は仕事終わりに都内の駅の待ち合わせ場所に向かった。今日会うのは久しぶりだ。


「景子!お待たせ」


駅で待っていたら水島がやってきた。同い年だけど童顔な水島は一緒にいると同い年には見られない。相変わらず可愛い格好してるなと思う。見かけは顔が更けている私からすると羨ましい。


「水島久しぶり。早く行こう?お腹減ったしもう酒飲みたくてうずうずしてたわ」


「私も!今日いつもんとこでしょ?景子としか行かないから楽しみだわ」


私達は軽く雑談しながら歩いていつもの店に向かった。水島とは大体串カツ屋に行くのが定番でここは小汚ないから人を選ぶ。だから大体水島となのだが味はとても上手いしお酒が安いのだ。


店につくと私達はさっそく酒と食べ物を適当に頼んで乾杯した。


「ねぇ、早速なんだけど聞いてくれる?」


水島は一杯飲んでから私に言ってきた。


「なに?彼氏?それとも妊娠?」


思い当たる節を上げながら私はおつまみを食べる。


「彼氏だよ彼氏。今営業の仕事してるんだけど公務員に転職しようと思ってるの」


こりゃまた気になる話だ。水島は年下の彼氏とバーで知り合ってから同棲している。結婚するかは聞いていないが彼氏は三十前。三十前で転職か……、理由によるが結婚のための安定だろうか?


「なんで?」


私は確認してみた。私達は職種的にそれなりに給料は貰えているのでたかられている可能性もある。水島は酒を飲みながら話してくれた。


「営業だと時間が深夜とかになったりするし将来的に安定しないかもなって。それで勉強して公務員試験受けて合格したら地方で働こうかって話してるんだよ」


「ふーん。……それさ、仮に受かったとして働けたとしても、今までよりも給料も低いし年下に顎で使われるって事だよね?そこは大丈夫なの水島の彼氏」


安定があったとしても一からのスタートになる。そこら辺の覚悟はあるのだろうか。水島も幼いから私は心配だった。


「まぁ頑張るとは言ってるけど……」


あまり信用ならない返事に私は更に尋ねた。これはよく考えてないのか。


「しかも地方って今までと環境も違うし水島はついていくの?」


「うん。公務員試験に受かって就職先決まったらね」


「んー、……今までより給料が下がる分生活水準も下がると思うけどそこは平気なの?お互いに。生活が変わるって結構きついよ?」


職場をお互いに何回か変えてるからあえて訊いてみた。転職した一年目は前期のボーナスはない。これはまぁまぁ堪えるし職場によっては前の給料と差が出る。それに、新しい職場が良いところとは限らない。なんか将来性が見えない話は不信感を募らせた。


「それは、まぁ私にも貯金があるから助け合っていこうとは思ってるよ。まだ勉強も試験も始めてないから何とも言えないけど……」


「なんか大丈夫なのそれ?結婚する気はあるの?彼氏」


水島の歯切れが悪い。こいつは良いやつだし面白いけど流されやすい。


「まぁ、ある程度お金を貯めてからって話にはなってるけど…。景子、なんか私どうしたらいいかな?」


逆に訊かれても私なら別れるとしか言えないが水島が彼氏を好きならそうはならない。まずある程度お金を貯めてからって言うのも私には引っ掛かった。もうすぐ三十なのに貯金してなかったのだろうか?その時点で計画性がなくて私は無理だが今時なら普通にある話なんだよね、たぶん。なんだかなぁ、私は悩んだ。


「……とりあえず彼氏が甘えとか仕事から逃げてる感じならやらせない方が良いと思うけど、本気で覚悟があるならやらせたら?好き同士でちゃんとしていく気があるならね」


「景子いつも重い事言うよね」


水島に苦笑いされてしまったが水島は大事な数少ない友達だから当たり前だ。こいつとはずっと長く一緒にいるからちゃんと幸せになってほしいのだ。私は笑った。


「友達として水島の事は大切だと思ってるからね。まぁ、私は外野だからそんな口挟めないけどよく話し合ったら?聞いてる感じ彼氏もなんか頼りないし」


「そうなんだよねぇ。うん。分かった。とりあえずもう一回よく話してみる。ありがとう景子」


「うん、話し合いな。それよりさ、うちの院長本当にイライラするんだけど」


私は最近のイラつく話を口にした。働いてるだけでなぜこれ程イラつかないとならないのか。水島はにこにこ笑ってきた。


「え?なになに?うちもウザいけど景子マジヤバイやつに当たりやすいよね」


「本当だよ。こないだ医局で休憩してたら永井先生結婚しないの?とかいきなり聞かれては?ってなったわ」


「それはは?だわ。余計なお世話だし話しかけてくんなよって話だね」


面白そうに笑う水島は酒を飲んだ。しかし私の怒りは収まらない。あれは思い出しただけでも不愉快だ。


「本当だよね。誰か紹介してあげようか?とかどっから目線なんだよって感じだよ。デリカシー無さすぎてドン引き。しかも仲良くないのに同じ職場なだけで仲良しみたいな空気も謎だし。本当あいつ嫌いだわ」


「そういう勘違い多いよね。私も前言われた。結婚するの?とか彼氏は?とか、仲良くないのにそんな事教えたくないからって話だよね。ていうか訊いてどうすんだよみたいな」


「確かに。とてもよく分かるわ」


私達はそうやって職場の愚痴を話ながら酒を飲んで笑いあった。仕事の話もちょいちょいしたけれど水島といるといつも職場の愚痴になってしまう。しかし、それでも毎回楽しいから良いのだ。


私と水島は終電前までかなり酒を飲んだ。

久々に飲みすぎたが色々話せてすっきりした。だが帰るのが本当に大変だった。寝過ごさなかったけれど歩くのがやっとで三十過ぎて情けないがふらふらしながらどうにか自宅についた。


私はもう体力の限界だった。鍵を開けて玄関に倒れるように座り込んで一旦休憩をする。今日は本当によく飲んだ。心臓がどくどくするし頭がくらくらしてしまう。胃薬を飲んどかないと明日ヤバイかもしれない。そう考えていたら部屋の電気がついた。


「永井さんどうしたんですか?」


慌てて近寄ってきたのはあの子だった。こいつ勝手に来るなんて図々しいやつだ。


「……来てたの?」


しかし今は自分の事でいっぱいいっぱいなのでどうでもいい。私は体を壁に凭れさせた。


「はい。ちゃんと連絡しましたよ?それに何もいじってません。それより永井さんお酒飲んだんですか?」


「今日飲み行ってたからね。あー、疲れた。よいしょっと」


私は壁に手をついて立ち上がると彼女は体を支えてくれた。


「永井さん大丈夫ですか?ソファに座ってください」


「うん…ありがとう」


ソファに座らせられた私はあくびをしながらソファに凭れた。あぁ、もう眠くなってきてしまった。


「永井さんお水飲みますか?」


「あ、飲む。ありがとう」


「はい」


酔っぱらいのためにわざわざコップに水を入れて持ってきてくれるあたり非常にありがたく感じる。私はコップの水をもらうと少し飲んでから机に置いてソファに横になった。


「永井さん楽しかったですか?機嫌良さげですね」


ソファの下に座りながら私を見てくる彼女は嬉しそうだった。


「そりゃね。お酒は美味しいしご飯も美味しかったから」


「そうですか。いつもより可愛いです」


「よく分からないけどただの酔っぱらいだから。それより何で勝手に来てんの?」


私は手を伸ばして彼女の頬をつねった。彼女はそれでも嬉しそうだった。


「会いたかったんです」


酔っぱらっている時に言われると本当にどうでもよくて突っ込む気も失せる。私はいつも通り流した。


「あっそう。ていうか鍵は?私ポストに入れるなりしてって言ったよね?」


「永井さんが私の質問に答えてくれたら返します」


「はぁ…」




もうつねる気も失せた。私が指を離したら彼女は私の手を握りながら距離を詰めてきた。


「永井さんの下の名前なんですか?」


「キャサリン」


「永井さん……」


ふざけてみたら拗ねられた。私はあまりのしつこさにしょうがないから答えてやった。


「景子」


「次は本当ですか?」


「うん。名前は景子。で、A型の変わり者。生涯独身の寂しい女」


私のくだらない情報はこのくらいだ。自分で言ってみると悲しくなるがこれが事実で本当につまらない人生だ。


「あーあ、……早く死にたいなぁ」


あくびをしながら酒のせいで開放的になっている私は思った事が口に出ていた。無駄に歳をとって本当にバカみたいだ。


「なんでそんな事言うんですか?」


手を強く握るこの子はさっきとは表情が打って変わって険しかった。でも、理由なんか山程ある。私はその一部を話してあげた。


「なんか生きてるのって無意味だし無駄じゃない?社会人になって働きだすと普通に生活して税金払ってるだけで一年終わっちゃうんだよ?それで歳だけとってさ……税金払ってるために生きてるみたいでバカバカしいじゃん。大して給料貰える訳じゃないし、貰えたとしても税金は必ず引かれるし……アホらしいよ」


税金税金って払うのは義務だけど万単位で減額されると給料が上がっても上がった気がしない。しかも貰えるのか分からない年金を払うのも腑に落ちないし働いていて未来が見えない。それなのに毎日頑張って働いて本当にバカバカしいことだ。生活がかかってなきゃやらないだろうに。


口を開いた彼女の発言は少しくらい意見に同意をしてくれるだろうと思った私の考えとははるかに違っていた。




「じゃあ私が養ってあげましょうか?私、貯金もそれなりにあります。今は学生だけど卒業したらもっとお金は入りますから景子さん一人くらいなら養えます」




その目が真剣で真面目に言ってくるから思わず笑ってしまった。この子は本当に変わっている。


「あなた本当に面白いね」


こんな年の離れた子に養ってあげると言われる日が来るとは思わなかった。あの申し入れは受けて正解だったな。少しめんどくさくてウザいけど相手にする価値がある。


「あなたじゃなくて莉緒です。名前で呼んでくださいって前言いました…」


「うん、ごめんごめん」


また拗ねている。私は適当に謝ってから体を起こした。先に風呂に入ろう。


「私お風呂入ってくるから…」


「景子さん名前で呼んでください」


先に寝てていいよ。そう言おうとしたのに腰に抱きつかれてしまった。眠いから勘弁してほしいのに流されたくないみたいだ。私は頭を軽く叩きながら呼び掛けた。


「はぁ、……莉緒、離れて?」


「もっと呼んでください」


離れる気がないのかさっきより強く抱きついてきた。あぁ、どうしたんだろ。早く風呂に入りたいのに私は仕方なく呼び続けた。


「莉緒莉緒莉緒。これでいいでしょ」


「……景子さん」


「なに?」


「私の事見てください」


「…見てるよ」


離れそうな事は不本意だがしてやる。この子は私から離れると私の顔を両手で抑えてきた。相変わらず整った顔立ちをしている。しばらく見つめあっていたらおもむろにキスをされた。私はそれにまたか、くらいにしか思えなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る