第4話


「他の人にして。もう行くよ」


決まり文句を言って強制的に話を終わらせるために手を掴む。いきなり告白されても悪いが何も思わない。しかし手を引っ張ろうとしたら逆に引っ張られてしまった。彼女は真面目な顔をしていた。


「永井さんじゃないと嫌です。今は好きじゃなくてもこれから好きになってくれませんか?私頑張ります」


「他にも沢山そういう人いるでしょ。これあげるから」


こんな若いんだから私じゃなくてもいいはずだ。それに私達の関係で好きの意味が分からない。私は手を離すと財布から一万円札を取り出した。


「今はこれしかあげられないけどお金がほしいならもっとあげるよ。いくらほしいの?」


営業で言っているのかもしれないと思った私は一万札を彼女に渡した。私はこの年で特にお金を使う生活をしていないから貯金ならそれなりにある。百万二百万くらいなら渡してやっても別にいい。


「いりません。私、お金がほしくて言ってるんじゃないです」


しかし私の読みは外れたようだ。お金を突き返された私はとりあえずお札を受け取った。よく分からないが彼女の目は真剣だった。


「まだ二回しか会ってないし話もそんなにできてないけど本当に好きになりました。お友達からでいいので考えてくれませんか?」


これは本心なのだろうか。私は冷静に考えていた。この子は風俗以外にも水商売をやっている。水商売ならこうやって相手を本気にさせて絞るだけ絞る手段を取るやつがいる。もしかするとそれなのかもしれないが自分がいざその対象になっているのかと思うとダルいなと思う反面騙されてみるのも楽しいのかもしれない。



私の今の目的は誕生日を充実できる日にしたいのだ。だから風俗も使ってみた。夢中になれて楽しくて嬉しくなる事をしたいから。この状況は今まで楽しくなかった私の気を引いてくる。


「それってあなたを好きにさせてくれるって事?」


私は尋ねてみた。この子との年の差を考えると犯罪に近いものを感じるが女同士だからいいだろう。彼女は頷いた。


「はい。永井さんが私を好きになってくれるように努力します」


「ふーん……」


この言葉は私を揺らす。今まで年下は付き合ってこなかったし、ましてや学生のガキに言われてるのだが楽しめそうな可能性は感じる。これはもう迷わずに乗ってしまおう。可能性を感じるのなら迷う時間は無駄だ。


「面白そうだねそれ。じゃあ、友達になろう」


「え?いいんですか?」


予想外な反応を見せられたが頷いた。今の私は藁にもすがる思いなんだ。撤回はしない。


「いいよ。子供は苦手だけど」


「子供じゃないです。私頑張るのでよろしくお願いします」


ちょっと不満そうな顔をされたが出会って二回目でこの関係になった。今後の生活に少し期待が持てる。


「うん。よろしくね。なんか楽しい事とかあったら教えて?」


「え?はぁ、分かりました」


「あ、でもとりあえず今日は送るから」


関係が昇格したところで送っていかないといけないのを忘れていた。私は車のキーを鞄から出すと玄関に向かおうとしたが後ろから手首を引かれてしまった。


「永井さん待って!あの、お友達になったし、私は永井さんが好きなので……いろいろ話したいんです。だから今日は泊まらせてくれませんか?お金も払いますから」


「……そんなに泊まりたいの?」


必死な彼女に呆れるが私を離す気配がない彼女は続けた。


「はい!泊まりたいです。私、永井さんの事知らないから知りたいんです」


なんかめんどくさいなぁ。我が儘がウザく感じる。しかし、さっきオーケーを出してしまった身だ。楽しくなる可能性のために泊まらせるか。


「疲れてるから早く寝ちゃうよ私」


「それでもいいです」


「じゃあ先にシャワー浴びてきて?服とか用意しといてあげるから」


「はい。永井さんありがとうございます」


やっと離してくれた彼女はとても嬉しそうだった。私みたいなばばあ相手に何が嬉しいのやらと思ってしまうが風呂に急かした。


彼女が風呂に入ってから私も入ってすぐに二人でベッドに入った。しかしここでまたウザいくらい話しかけられた。


「永井さん」


「なに?」


「永井さんの見かけのタイプってどんな人ですか?」


「秘密」


「じゃあ、好みの顔は?」


「忘れた」


さっきからこの調子で話されて疲れている私としては鬱陶しい。しかもやたら距離を詰めてきたなと思ったら密着してきたし。私は犬に懐かれているんだなと思うようにして仰向けのまま目を閉じた。


「ねぇ、永井さん」


しかしまた話しかけてきた。はぁ、そろそろ黙ってくれないだろうか。私は動じずに注意した。


「もう寝るよ」


「分かってます。でも、一つだけ教えてください」


「内容による」


次はどんなめんどくさい事だろう。そう思っていたら意外な質問をされた。


「…永井さんは私に抵抗ないんですか?私、風俗もキャバもやってるから告白しても無理って言われる事あるんですけど、嫌じゃないですか?」


さっき告白をしてきたくせに今さらそんな事を気にしているのか。彼女の声は不安そうだが私には気にもならない話だ。


「生活のためにやってるんでしょ?」


私は目を開けて彼女に顔を向けた。少し気まずそうな顔は何を言われるのか怖いんだろう。でもしっかり彼女は頷いてきた。


「はい……」


「じゃあ別にいいじゃん。風俗だろうと水商売だろうと仕事は仕事でしょ。割りきってやってるなら何も思わないよ。今時そんなのやってる女の子なんて珍しくないしぶっちゃけ正社員で働いても女じゃ満足するくらいの給料貰えない事が多いんだからやるのは自然の流れって言ってもいいんじゃないの?今不景気だし」


性病に気を付ければ特にそこまで気にしなくてもいいんじゃないんだろうか。あとは精神がついていけばの話だが。


「でも、……気持ち悪いとか汚いって言われて、軽蔑した目で見られたりするんです」


意見を通してくるくせに少し繊細なタイプなのか?視線を下げる彼女にため息をついてしまった。そんなやつら何か放っといていいだろうに。どうせ分かっていないんだから。私は顔を寄せてキスをした。


「な、永井さん?いきなり何するんですか?」


「別に私はキスもできるよって意味」


心底驚いている彼女の悩みはくだらないのでめんどくさいが説明してやった。


「私は風俗まではやってないけど学生の時お金無かったからスナックとかで働いてたんだけど、人をいい気分にさせるって疲れるし神経使うじゃん。愛想笑いするのも疲れるのにお酒飲みながら話聞いて、そこから話を広げて楽しませてあげないとならないって普通の仕事より疲れると思うよ。それで営業かけて店以外でも会ってセックスはどうにか避けるってお金が良いだけあるよ。パソコン使ったりしないだけで頭は使わないとならないんだもん。凄いめんどくさい事だけどああやって人に関わってると勉強にもなるしね…。だから私は凄いと思うけどねやってる人は」


「本当にそうですか?」


それは頷くしかない事だ。経験して分かったがあれは神経がすり減る。今となってはやりたくない。


「私はそう思うよ。やった事ない人がありえないとか気持ち悪いって言うだけじゃないの?自分を大切にするに越した事はないけど生活に困ったりお金が必要なら形振り構ってられないし、まずは風俗じゃなくても水商売やってから意見を言ってほしいよね。お酒を飲んで話すって簡単に見えて簡単じゃないのを理解してないやつが多すぎると思うよ。世の中ちゃんと会話もできないやつが溢れてるのに偏見だけはいっちょまえってバカじゃない?って思わない?」


いろんなやつと話して思ったが自ら話を広げて会話をできるやつは少ない。特にスナックとかキャバに来るやつで普通の女にすら慣れていないやつなんかは最悪だ。


「確かにそうかもしれません」


彼女は控え目に話しだした。


「話すのも何かするのも自分から自分からってやってきたから、この人って口下手なのかなって思う人は沢山いました」


「そりゃそうじゃないの?男も女も相手からしてもらうのを待ってるやつばっかじゃん。その割りにはこうしてくれない、ああしてくれないって影で言ってさ、言って会話すればいいだけの話なのにね。めんどくさいやつらだよ」


生きにくく感じるくらい生活はそんなやつらで溢れている。まともなやつはほんの一握り。はぁ、考えるとイライラするから流そう。ムカつく事すら無駄だ。


「それより風俗は大丈夫?」


「え?何がですか?」


「精神的にって事」


私は分かっていなさそうな彼女に訊いた。彼女はそれに少し驚いていたけれど小さく笑った。


「平気です。永井さん心配してくれるんですか?」


「だって疲れるでしょ。どうでもいい人とセックスするのって」


「それは……まぁ、そうですけど。慣れました」


嫌な事も疲れる事も長く続ければ体は対応してくる。この子はよく染まっているんだなと実感した。


「性病には気を付けなね?今流行ってるから」


「はい。うちはその点しっかりしてるから平気です」


「そっ。じゃあ話した事だしもう寝よう」


私は天井に顔を向けて目を閉じた。疲れているのにこんな話している場合じゃなかった。


「永井さん、抱きついてもいいですか?」


「勝手にしていいからもう話しかけないで」


眠かった私はもう会話を強制的にやめた。もう早く寝たい。彼女は私の腕に抱きついてきた。


「分かりました。おやすみなさい」


ちょっと腕に纏わりつかれてウザいけどまぁ、いいか。私はそのままやっと眠りについた。






翌朝、私が目覚めると彼女はもう目を覚ましていた。ソファでテレビを見ていた彼女に声をかけるとにっこり笑われたがいつから起きていたんだろう。起きたのに全く気づかなかった私は軽い朝食を作って仕事の準備をした。


「鍵渡しておくからポストに入れるなりなんなりしておいて?私もう仕事行くから」


私は時計を確認しながらキーケースから予備の鍵を渡した。


「分かりました。お仕事頑張ってくださいね」


「うん。じゃあ、戸締まりよろしくね」


とりあえず忘れ物はない。私は身支度を整えて玄関に向かうとなぜかこの子もついてきた。


「永井さん」


「ん?なに?」


靴を履いて顔だけ向ける。すると不意打ちにキスをされた。


「いってらっしゃい」


「はいはい、いってきます」


照れているがキスがしたかったからついてきたのか。私は呆れながらも部屋を後にした。





その日の仕事は土曜日という事で平日よりも早めに終わる。私は仕事を頑張って終わらせたがやらかしてしまったのに気づいた。

帰ってきたらあの子はいなかったけど鍵を返すのを忘れたとわざとらしく連絡がきていたのだ。私はあの子にしてやられたようだ。



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