第3話


あれから数週間が経った。私は普通に働く日々を送っているがあの子は本当に頻繁に私に連絡を寄越すようになった。


朝の挨拶から始まって今日は何をしているか、そして私の事を聞き出そうとする彼女の姿勢は顕著に文面に出ていて私に興味があるんだなと他人事のように思っていた。


永井さんは、永井さんは、と私の事を知りたがる彼女を適当に流して返信をしなかったがたまに質問をしていた。それなのに、彼女はそれに普通に答えてくれた。


私としては今時の若い子について色々知れてそうなのかと関心したり共感したり様々で、この子と話すのはそれなりに楽しいが今一これかと言ったものがない。

楽しい事や嬉しい事を探している私には少し刺激が足りなかった。






仕事中の暇な時間にコーヒーを飲みながらふとカレンダーに目が止まる。私の誕生日まで一ヶ月を切った。今年の誕生日は休みを取っているから充実した日にしたいがこう楽しい事がないと困る。若い子に聞いてもやはり意味がなかったか。そうやって少し落胆していたら医局に受付の伊藤ちゃんがやってきた。


「永井先生五時に急患入りました」


「えー……やだ」


私の働くクリニックでは伊藤ちゃんと私は長い付き合いだ。きびきび働く伊藤ちゃんは気さくで話しやすいが基本的にやる気のない私に伊藤ちゃんは呆れていた。


「皆嫌ですよ。しかも筒井さんですよ。先生筒井さんに凄い好かれてますよね」


「えー、筒井さん私苦手なんだよね」


筒井さんは私をわざわざ指名してくれる患者さんだが私はあまり好きじゃない。神経質過ぎて疲れるからだ。私はそこまで神経質じゃないから違う先生に変えてくれて構わないのだが筒井さんは変えてくれない。


「受付で絶対永井先生で予約取りますよ。永井先生いない時断ってきますし」


「なんでよ。全然性格合わないのに……」


「永井先生のおかげで本当に良くなりましたっていつも称えてますからね。永井先生頑張ってください。あっ、あと、六時キャンセルです」


「嬉しくない。筒井さんキャンセルにしてよ」


私の我が儘は伊藤ちゃんに一蹴りされてしまった。


「無理です。もう三時の患者さん来てますからね」


「はーい」


伊藤ちゃんはそれだけ行って受け付けに帰ってしまった。めんどくさいなぁ。コーヒーを置いてそれしか思えない。私は椅子から立ち上がって医局を出た。

今日の仕事もめんどくさいが頑張るか。私はカルテを見ながら診療に移った。



そして仕事が終わったのは七時過ぎだ。今日もアポイントがぎっしりで疲れたが今日は息抜きに自宅の最寄り駅からすぐにあるゲーセンに行こう。

私は職場から電車に乗ってゲーセンに向かった。

ゲーセンにつくと少し心が踊る。三十過ぎて私はゲーセンにハマっていた。きっかけは友達に連れられて行っただけなのに、それからゲーセンは三十過ぎの私にはちょっとした楽しみだった。


今日はなんか新しい景品が出てるだろうか。私はゲーセンのうるさい店内を歩いた。ぬいぐるみは前来た時と変わらないけれどフィギュアは新しいのが出てる。私はアニメや漫画を一切見ないから全くキャラについては知らないがユーフォーキャッチャーが好きなのだ。


今日はこのフィギュアを取るか。私は百円を入れてゲームを始めた。最初は全く取れなかったのに今じゃ上手くいけば三、四回もかからないで取れるようになった。慣れとは怖いものだ。

よく分からない可愛らしいフィギュアは今回も適当にやってすぐに取れた。


あとは何を取ろうか、私は取りたいなと思ったフィギュアを何個か取ってからゲーセンを出た。

ゲーセンから出るといつも大きな袋を持って歩く事になる。これは一人でゲーセンで遊んでるのと同じくらい恥ずかしかったが今じゃ慣れた。もう何とも思わない。これくらいしか私には楽しみややりたい事がないのだ。


私はマンションにつくと鞄からキーケースを取り出した。次の休みどうしようかなぁ、そう考えながらオートロックを外そうとしたら呼び掛けられた。


「永井さん!」


いきなり呼び掛けられた私は驚いた。この間のあの子だ。今日も可愛らしい格好をしている。どうしてここにいるんだ。


「どうしたの?」


携帯では話していたが会おうとは話していない。彼女は可愛らしく笑いながら近づいてきた。


「会いたいなって思って待ってたんです」


「私に?」


「はい。永井さんしかいません。今日は予定ありますか?」


「いやないけど…」


勝手に待ってたのか。そこまでしていたのに少し引くがここまで来られてこの時間に追い返すのは危ないし忍びない。仕方ないが上がらせよう。私は話ながらオートロックを解除した。


「とりあえずうちに来たら」


「はい」


私はしょうがなく彼女を家に招いた。あれから大した話もしてないし私の話もしてないのにこの子に妙に好かれているのはなぜだろう。家につくと電気をつけて景品を置くと私はキッチンに立った。


「適当にくつろいでていいけどご飯食べた?」


「食べてません」


「そっか。じゃあ適当になんか作るから待ってて」


「ありがとうございます」


私は仕方なく二人分の夜ご飯を適当に作って二人で食べた。私をご飯も食べずに待ってるくらいなら連絡すれば良かったのにと思うが連絡したら私が断ると思ったんだろう。

この子にはそれなりに理解されているようだ。





私はそのあと夕飯の後片付けをしてからソファに座ってくつろいだ。


「永井さんアニメとかが好きなんですか?」


隣に座っている彼女は私が取ってきた景品を見たんだろう、見られたからには流せない。


「ゲーセンが好きなだけ」


「ゲーセン?じゃあユーフォーキャッチャーでこれ取ってきたんですか?」


驚いている彼女に私は頷いた。


「うん。ユーフォーキャッチャー好きだからね」


「凄い!永井さん凄いですね!私全然できないのに」


「慣れたら簡単だよ。誰でもできるし」


誉められてもなんの足しにもならない特技だ。私はどうでもよくてテレビを消してソファに上半身だけ横になった。それよりもやっぱりこの年ではもう疲れに勝てない。体の疲労を感じていたら隣からまた彼女が話しかけてきた。


「永井さん今日はお疲れですか?」


「うん」


「じゃあ私が膝枕してあげましょうか?」


「ウザいから別にいいそれは」


疲れているからくだらない事を言わないでほしい。彼女は小さく笑った。


「ふふふ、永井さんらしいですね。でも癒されると思うから来てください。柔らかいですよ私の膝」


「だからいいよ。他の人にしてあげて」


「永井さんの事癒してあげたいからダメです。騙されたと思って来てください」


「……うん、分かったよ」


終いには腕を引っ張ってきたので私はしょうがなく体を起こして彼女の膝に頭を乗せた。この子は意外に我が強くて折れないから困る。膝枕をされたところで私は何も思わないのに彼女は嬉しそうに私の頭を撫でてきた。


「永井さん」


「なに?」


「名前教えてください」


「だから忘れたって言ってんじゃん」


しつこい彼女は携帯のやり取りでも聞いてきた。なぜそんなに気になるのだろう。私は名前なんて全く興味がない。


「じゃあ、私の名前も教えますから」


「別にあなたに興味ないから」


「でも、知っててほしいです」


「私はあなたって呼ぶからいいよ」


「なんであなたって呼ぶんですか?」


なんでなんでとよく聞く彼女は小児の患者みたいでウザく感じる。なんでも何も考えなくたって分かる事だ。私は疲れを感じながら口を開いた。



「あんまり興味ないし好きじゃないから。そういう人の名前なんて呼びたくないでしょ」


「……じゃあ、私の事嫌いですか?」


傷ついたような顔をされたが嫌いと言えるほど仲良くはない。


「嫌いじゃないけど好きじゃない。どうでもいい」



私はそこまで関心がなかった。連絡はしてたけど私からではないし、私は最初から暇潰しに相手をしていた。別にいなくなろうがどうでも良いくらいの人物だこの子は。彼女は悲しそうな顔をして少し黙るとまた口を開いた。


「私、莉緒です。本名は莉緒って言います。莉緒って呼んでくれませんか?」


「……あなたじゃダメなの?」


「嫌です。……名前で呼んでほしいです」


つくづくめんどくさい子だ。どうして名前なんかにこだわるんだろう。相手にされてるだけ名前を呼ばれなくてもましなのに。従わないと泣きそうな雰囲気に私は仕方なく名前を呼んだ。泣かれては今よりもめんどくさくなるだけだ。




「……莉緒。これでいい?」


「はい。ありがとうございます永井さん」


「名前呼んだだけだよ。ところで帰ったらそろそろ。車で送ってあげるよ」


くだらない話はさておき私は体を起こした。まだ九時だけどこの子は学生だ。しかし私はまためんどくさい事を言われてしまった。


「今日泊まりたいって言ったら嫌ですか?」




控え目に言われてもウザいと思ってしまう私は冷めすぎているのだろう。普通ならこんな可愛い子なら喜んでってなるのだろうが私は別だ。


「……親は?」


とりあえず断れそうな方向に話を持っていきたい。


「一人暮らしだから大丈夫です」


「……学校は?」


「明日は土曜日だから休みです」


「……」


この感じははっきり言わないと断れない。私は一応言ってみた。


「ウザいからやだって言ったら?」


「……ウザくないように気を付けます。ダメですか?」


気を付けられても無意味だし、ねだられても困る。一人暮らしだから問題はないがめんどくさい事になりそうだからやっぱり断ろう。




「家どこ?車出すから」


「……やっぱり、私の事嫌いですか?」


断ってもめんどくさい事になってしまった。泣きそうな表情は思わずため息をつきたくなるが我慢した。この子はため息さえも反応するだろう。


「嫌いじゃないってさっき言ったじゃん」


「……じゃあ、好きになってくれますか?」


「もう早く準備して?」


この流れもめんどくさい。この感じは体験した事があるからさっさと流したのに私は察知した通りの事を言われてしまった。




「私、永井さんが好きです」



めんどくさい告白タイムだ。今こんな事を言われても私はしらけるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る