第2話


「お金は何に使う事が多い?」


私が握っていた手の力を弱めたら彼女は強く私の手を握ってきた。


「私はだいたい貯金と化粧品とか身の回りの物です」


「ふーん。今時の子って貯金しないイメージなのに貯金してるんだね」


「あぁ、そうですよね。私の友達もしてない子多いですけど私は怖いからしてます」


「何があるか分かんないしね」


風俗やってるんだからすぐにお金は貯まりそうだが何かの資金にしてるのだろうか。しかし将来性があっていい。お金はあって困る事はない。


「永井さんは何のお仕事してるんですか?」


「また私の話?」


なぜか興味を持たれているのは少し鬱陶しい。この子はさっきから折れないからかわせないかもしれない。


「はい。気になります」


「……秘密」


「秘密ってなんでですか?私何も永井さんの事知りません」


「だって話したくないんだもん。あ、好きな食べ物なに?」


思い付いた質問に彼女は少しむくれていた。


「私の質問に答えてください」


あぁ、全くめんどくさい子だ。私は至近距離まで顔を近づけた。お金を払っている以上権力は私が上だ。


「私はある意味こういうプレイを望んでる客なんだから合わせてくれる?知り合いでも友達でもないんだから意味分かってるよね?」


至近距離で目を合わせる彼女は近くで見ても可愛らしいがめんどくさい事はもう言われたくない。彼女は納得してなさそうな顔をしたが頷いてくれた。


「……分かりました」


よし。脅しのような感じだったがこれでいい。


「うん。じゃあ答えてくれる?好きな食べ物と嫌いな食べ物と……最近ハマってる事」


「好きな食べ物は甘いもので嫌いなものは特にないです。あとハマってる事も……特にないです」


「ないの?今の年ならクラブとかバーとか行かないの?」


折角の質問がまた予想外れだ。もっと面白い話を聞かせてほしいのに。私の思い付きは全て外れた。


「残念ながらクラブもバーも行きません」


「なんでよ、出会いの場じゃん。私があなたの年の時なんか毎週行ってたよ?」


若い時は私も遊んでいた。というか、誰しも若い時なら遊ぶだろうにこの子は少し笑った。


「ああいうところ苦手なんです。永井さんは綺麗だからモテそうですよね」


「若い時は誰でもモテるでしょ。若いってだけで相手にしてくれるよ皆」


モテるの定義は出会いの場に行くか行かないかだと思う。ああいうところに行けば声がかからない事はない。


「でも、今もモテそうですよ永井さん。できる大人の女って感じで綺麗です。口説かれたりするんですか?」


「しないよ。あなたの方が口説かれるんじゃないの?あなた可愛いじゃん」


この子にマイナスな面は外見からは全く感じない。でもこの子は喋っている限り遊んでいないみたいだからどうなんだろう。彼女は首を横に振った。


「全然口説かれませんよ。ヤリ目の人は寄ってきたりしますけど口説かれはしません。それに私、結構自分から行くタイプなんです」


「自分から?」


意外な事を聞いた。この見た目で自分からとは想像がつかない。彼女は握っていた私の手に空いていた手を重ねた。


「自分から好きにならないと好きになれないって言うか……。職業柄下心しかない人がいっぱいいるからいつも自分からにしてるんです。でも、振られちゃうんですけどね」


「なんて振られたの?」


呆れたような物言いは私の興味を引いた。この子を振るやつの気持ちが知りたい。


「重すぎるってよく言われます。重すぎて疲れるって前の彼女に言われました。……良かれと思って尽くすのが鬱陶しいみたいです」


「ふーん。尽くしたいんだ?好きな人には」


「はい。尽くすのが好きなんです。喜んでくれるのが好きだから。でも、やっぱり尽くされるのってウザいんですかね?いつも尽くしてあげたくなっちゃうから尽くしちゃうけど……最近悩んでます」


この子は尽くされる側だと思うが母性本能が強いのだろう。私にはそこまでない感覚だが私と違って面白いと思った。そんな事で悩むなんて子供だけれど好感が持てる。


「悩まなくていいんじゃない?」


率直に思った事を述べた。気持ちの押し付けかもしれないが何かを強要したり欲を剥き出している感じではない。


「そうやって好きな人のために何かできるって良い事だと思う。あれしてあげたい、これしてあげたいって、人によっては重いって感じるかもしれないけど好きの気持ちが同じなら思わないよ。相手はそこまであなたの事が好きじゃなかったからそう言ったんじゃないの?」


付き合っていても温度差があったんだろう。それが大きくなって別れる結果になったんだろうが付き合ってて温度差がなくならないなら別れて正解だ。その付き合いに意味はない。


「永井さんはっきり言いますね」


好意的な笑みを浮かべた彼女は私に凭れてきた。甘い香りが更に強く感じられる。


「あなたより長く生きてるからね。遠慮できないだけ」


「ふふふ。なんか、ありがとうございます。モヤモヤが晴れた気がします」


「可愛いんだからもっと大切にしてくれる人を選ばないとダメだよ」


捨てられる事が多いなら傷ついてきただろう。だから大切な事だと思うことを教えてみたら不思議がられた。


「大切にしてくれる人って、皆付き合ったら大切にしてくれませんか?」


それを聞いた私は甘い思い込みだと思った。もっといろんなやつらと遊んだりすれば分かるのに経験が足りない。ある意味幸せな子だ。私は現実を口にした。


「最初はね。最初は皆そうするよ。一番嬉しい時期だもん。でも長く一緒にいたら本性が見えてくるものじゃん。何回も同じ事してたら最初に気づける人もいるけど自分が大切な人の方が多いんだよ。そうじゃない人もいるけど、自分だけの事しか考えてない人ばっかりだよ」


世の中そんなやつばっかだった。昔結婚を申し込まれた私がそう感じて今まで独身を貫いているんだ。これはあながち間違ってはいないと思う。


「じゃあ、永井さんは?」


彼女は純粋に私を見つめてきた。私はそれに少し呆れてしまった。言った本人がそうだったら引くだろう。


「自分の事は考えてるけど私はそんなんじゃないよ。関わった人は皆大切にしてる。自分がやられた時嫌だったから相手に嫌な思いさせたくないし」


やられて嫌な事は人にしないと言う理論を理解できないやつにはなりたくない。それに、同じ気持ちなら大丈夫である気持ちの押し付けあいは同じ気持ちでないのであれば嫌なめんどくさい行為なだけだ。


「永井さん素敵ですね」


反応に困る発言をする彼女は私に顔を向けた。私はこの子にからかわれているのだろうか。


「風俗利用してるのに?」


皮肉る私に彼女は艶っぽく笑った。


「利用してるのに私を全くそんな目で見てないじゃないですか。触り方も下心なんかまるでないみたいだし」


「昔散々したからね。もう性欲も沸かないよ」


「ふふ、永井さんいくつなんですか?」


年齢なんて答えてやる気はない私は顔を逸らした。これ以上質問されても困る。


「女性に年齢を聞くのは失礼でしょ」


「じゃあ、名前教えてください」


「忘れた。んー、あと何訊こうかな…」


時間が失くなりつつある。私はもう次の事を考えていた。


「永井さん」


「んー……?」


「私の事見てください」


「ん?なんで…」


私は言いながら顔を向けたら彼女にキスをされた。一瞬の出来事は若いんだなと思うだけで他には何も思わない。


「いきなりなに?」


恥ずかしそうにされても特に何も思えない。こんな事は昔にありすぎた。


「永井さん全然動じてくれないんですね」


「いきなりキスされて何か思うと思う?」


「思いますよ」


彼女は恥ずかしそうに笑った。


「皆キスしたら嬉しそうにしてくれました。笑って話すだけでも嬉しそうにしてくれます」


そんなの慣れてないからだろう。割り切れていないだけの勘違い野郎と同じだ。この子は人にこうやって幻想を持たれて、幻想を抱くようになってしまっているのか。この容姿ならば勘違いしても不思議ではないが。


「あのねぇ、風俗利用するんじゃ相手にされてないか夢見てるとかなんだからそうなるでしょ普通。相手にされた事があるなら喜ばないよ。こんな事意味ないもん」


私は手を離して立ち上がった。こんな事をされて興ざめしてしまった。意味のない行為は呆れてしまうだけだ。


「永井さん気を悪くしましたか?ごめんなさい」


リビングに向かおうとした私を彼女は手を掴んで止めてきた。さっきからこの子の行動がよく分からない。


「別に。まだ時間あるけどもう終わりでいいよ」


私は優しく手を払うと財布から三千円取り出した。これはチップと同じだ。


「変わった要望を聞いてくれてありがとう。少ないけどこれ気持ち」


「こんなの貰えません」


「なんで?嬉しいでしょお金貰うの。それにキスまでサービスしてくれたし」


私は彼女にお金を握らせた。それでも困った顔をする彼女はまだ納得してないみたいだった。風俗嬢なのになぜ喜ばないのか理解できない。


「……そうじゃないです。もうお金は最初に貰ってます」


「いいから貰っときなよ。あって困るもんじゃないんだから。ほら荷物持って?」


「……はい」


ごねられそうだから私は帰るのを急かした。そこまで面白い話は聞き出せなかったが風俗を使うという経験ができた。それで良しとしよう。玄関まで来ると彼女はおもむろに携帯を取り出した。


「あの、連絡先教えてくれませんか?」


次は営業か。昔やった事がある。しかし私はもう風俗を利用する気はない。


「悪いんだけどもう風俗使わないから交換しなくていいよ」


金に繋がらないなら労力の無駄だ。そう思って言ったのに表情を曇らせた彼女は素直に頷かない。


「でも、……気が変わるかもしれないから。私、いつでも相手になります」


「気なんか変わらないよ。もう大丈夫だから早く…」


「永井さん若い子が何考えてるのか気になるんですよね?永井さんの質問なんでも答えます。他にもなにかできる事があれば協力します。だから交換しませんか?」


適当に流して帰らせようとした私を遮る彼女は必死そうだった。どうしてそこまで連絡先を交換したいのか分からないが、色々訊いてみても良いなら交換しても悪くはない。


「いいの?あなたに特な事ないけど」


「はい!大丈夫です」


「ふーん。あなたも変わってるね。こっちとしては楽しそうだからいいけど。じゃあ、連絡先教えて?」


「はい」


私が携帯を出すと彼女は嬉しそうに笑った。特に彼女には利益がないはずなのにこの子も私も変わっている。


「じゃあ、今日はありがとうね」


連絡先を交換した私は彼女にお礼を言った。


「いえ。また連絡しますね永井さん」


「うん。じゃあ気を付けてね」


「はい」


彼女が出て行った部屋には彼女の残り香があってまだ彼女がいるみたいだった。

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