もう少しだけ
浅葱 暁
もう少しだけ
どうも皆さんこんにちは。突然ですが、今から死のうと思います
短い人生でしたが、お世話になった多くの方々への感謝の気持ちでいっぱいです・・・
なんて、遺書を書くならこんな風になるだろうか。僕は勝手に想像して見た
森の中の廃墟の庭、木々の葉が揺れる。僕を取り囲んで。まるで僕を嘲笑うかのように
まるで、早く死ねと急かすかのように
まぁ言われなくても死ぬんだけど。僕は誰に向けた訳でもない、途方の無い怒りを覚え、それを目の前の木の幹にぶち当てた
木々はまた揺れる。今度は痛いよ〜とでも言っているのか。理不尽な事なんて世の中いっぱいあるんだ。我慢してくれ
そして僕は、目の前の木に掛かったロープに手をかける。心の中で、この世にお別れを言ってロープに首を通したその時だった
「ねぇちょっと、そこどいてくれない?」
声のする方を見ると、そこには1人の少女が立っていた
「...え?」
「聞こえなかった?どいてって言ったの」
どうやら彼女は僕に話しかけているらしい。これは驚いた
「アレの写真撮りたいの。でもそうすると君が写っちゃうからさ、だからどいてほしいの」
そう言うと彼女は、指を指した。その指先から放たれた風が目の前を囲む木々をすり抜け、廃墟へと吹き込む
「こういう写真撮るの好きなんだよね、私」
「は、はぁ...」
あまりにも一方的にずんずん進む会話に、僕は置いていかれていた。というかそもそも、たった今死のうとしてたやつを目の前にこんなに堂々とできるものなのか
沈黙が気まずいので、今度は僕から話しかけてみる
「女の子が1人でこういうところ来るのって...危なくない?」
すると彼女は、一瞬きょとんとした顔をした後大きな声で笑った
「人の心配してる場合なの!?今から死ぬのに!!!」
彼女的にはツボだったらしく、しばらくの間ケラケラと笑い転げている。心外だ。僕はただ気を遣っただけなのに
「心配だと思うなら、私についてきてよ。ほら、ボディガード的な?話聞いてあげるからさ」
押しに弱いタイプの僕は、ただただ圧倒されて、彼女の提案を飲んだ
その後は結局、彼女の持ってきたテントで一晩を明かした。焚き火を囲んでした他愛のない話は、僕の心を溶かしていった
彼女の話。僕の話。色々な話をした。ここまで自分を打ち明けられたのはいつ頃だろうか。気がついた頃には朝日が僕らを照らしていた
「いい?今日はここで解散にするけど、また私についてきてよね!今度は三日後、駅前に10時ね」
朝になって駅前まで彼女を送ると、彼女はそう言い残して去っていった
最初は戸惑ったが、まぁ特に断る理由もなかったので行くことにした。そう思って家に帰ると、青い顔した両親が僕に泣きつくように寄ってきた。そう言えば死のうとしてたんだっけ。でも彼女といる時間は楽しかった。もう少しだけ、一緒にいてみるか
3日後は海を見に行った。彼女と二人。広大な海を前に、僕という人間のちっぽけさを知った
帰りにまた、次の約束をした。もうちょっとだけ、付き合おう
そして、色々なところに行った。彼女と過ごす楽しい日々が僕の心を新しくしてくれた。気がつけばもう少し、もう少しと前向きに人生を過ごすようになっていた
「次はどこにいこうか」
そう言って笑う彼女を見てると、心が穏やかになる。もうちょっとだけ、一緒にいてみようかな
──────────────────
「...なんてこともあったね。」
「懐かしいね!せっかくだし、またあの森の廃墟にでも行こうよ」
僕は話す。隣に座る彼女に向かって。また次の約束が出来てしまった
「パパとママ、どこかいくの?わたしもつれてって!」
声のする方から、小さな手が伸びてきた。僕はその手を掴むと、その体ごと持ち上げ膝の上にのせる
「そうだね。じゃあ次の休みに三人で行こうか」
僕がそう言うと、小さな手の持ち主は嬉しそうに笑い、僕の隣にいる彼女は優しく微笑んでくる
あの時から変わらない。彼女の隣は居心地が良い。特に断る理由もないから、もうちょっと一緒にいることにしよう
────もう少しだけ
もう少しだけ 浅葱 暁 @Asagi_80
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