第44話
体育館内は自分の奇行により先程までの拍手喝采から一転、静寂に包まれていた。ステージ袖に下がろうとしていたクラスメイト、袖で待機していたクラスメイトまでもが硬直状態になっていた。
ここまで来たら引き下がれないと思い、そのまま握りしめたマイクに想いをぶつけた。
「あの‥今日は誠にありがとうございました‥で、でですねー‥」
大きく息を吸い込んだ。体育館内の冷たい空気が喉を通過して肺まで届いたところで、声を張り上げた。
「ぜ!全員集合ー!」と大きい身振りで手招きし、袖からぞろぞろとクラスメイト達がステージ上に集まった。腫れ物を見るかのような目をされているのは仕方ない事だった。
「あの、この劇を完成させるために、役者達だけではないんですよ!あの、裏方で支えたり準備したりした人達が、いてこそなんですよ!」
相変わらず静寂を貫く体育館に自分のマイク越しの声が響き渡る。
「ま、まずは脚本、監督!」と川尻に手招きすると、従うしかないという顔をしながら川尻が自分の隣に来た。
「この劇、全部彼が一から考えて、僅か数日で脚本、台本を仕上げたんです!配役も何もかも、用意する物の指示も全て彼が一人で構想を練ったんです!彼が全てのきっかけを作ってくれたんです!」
所々から関心や驚きの声が聞こえてきた。川尻はとりあえず頭を下げて、後ろに下がった。
「お次!えー‥衣装班!衣装班!」
宮間さん達が恥ずかしそうに前に出る。
「彼女達が全ての衣装を作成しました!凄い仕事が早くて‥初日の僕達の出店のじゃがバターも彼女達の案です!売上が校内記録だそうです。劇以外の事でも大きく貢献しました!」
衣装班はぎこちない動きで頭を下げていた。
「あの、照明班!」
俊哉と太一を含め、照明班が小さく前へ出た。
「絶妙なタイミングで照明を変えたり‥演出をとても盛り上げてくれました!細かい切り替えも間違い無しでこなしてくれました!本当に細かい指示があったんですが、ノーミスでございました!」
それぞれが小さく頭を下げた。
「道具班の皆さん!」
道具班の面々が心配そうに自分を見ながら、一応は従い前に出てくれた。
「武器や小道具だけではないんです!背景なども短時間で高い内容の物を‥作ってくれました!彼らの技術は‥きっと将来の役に立ちます」
それは言い過ぎだというような反応を示していたが、嬉しかったのかそれぞれが笑みを静かに浮かべていた。そしてどうしても言いたかった事、讃えなくてはならない事があった。自分は俊哉と太一の腕を掴み、もう一度前へと引っ張り出した。
「皆さんが歓声を上げてくれた‥最後に出てきた剣ですが‥あれは本来全く違う物を出す予定でした」
最初は困惑していたが、今では誰もが自分の話に耳を傾けてくれていた。
「当初の予定だった武器は、不慮の事故で壊れてしまいました。これは誰のせいでもありません!そして僕達は最後の武器に関しては諦めていました」
川口さんが責任を感じて涙を流していた姿を頭の中で思い出していた。
「しかしこの二人はそんなクラスのピンチを‥全員が諦めていた事を‥僅か二十分で一からあの剣を作り上げました!」
前列からも後方の方からも驚く声が聞こえてきた。俊哉と太一はじっと自分を見ていた。
「クラスを、そして責任を感じていた人を、無念さを痛感していた道具班を‥救ってくれました。これは凄い勇気だと思います」
マイクを握り直し、乾いた口の中の唾を飲み込み、小さく深呼吸をした。
「あ、衣装班と道具班と照明班の皆さんもう一度前へ‥」
手で前に出るように促すと、それぞれが一歩前へと並んで出てくれた。
「役者だけじゃ無理でした。裏方あっての今日の僕達の劇でした。劇のタイトルであるスポットライトとは‥誰もが輝く機会がある、輝く力がある、そして踏み出す事で輝く事ができる‥そんな意味があります」
確認するように川尻の方を伺うと、その通りだと頷いてくれた。宮間さんもその隣で優しい視線を向けてくれていた。
「あの、皆さんに、一つだけ!お願いがあります!」
準備を始めた初日からの事。練習の光景の記憶や会話、クラスメイトの笑顔や真剣な表情などこれまでの全てが蘇っていた。
「先程、役者達にして頂いたあの暖かい大きな拍手を‥裏方で支えた皆さんにもして頂けませんでしょうか。この劇、スポットライトは‥全員で作り上げた思い出です!拍手をもう一度、お願いします!」
一つ、二つ、そして一斉に広まるように大きな拍手が連鎖した。自分が頭を下げる動作に合わせて、ステージ上の全員が頭を下げた。拍手の音は更に大きくなり、今日一番の喝采であった。
「いいぞー!」
「感動したよ!」
という声や、指笛で囃立てるような人もいた。この時、自分のクラスの全員が誰一人として差が出る事無く報われ讃えられた最高の瞬間だった。
「ありがとうございました!」
この拍手は自分達がステージから袖に捌けても暫く鳴り止む事はなかった。袖では城島と本田と平良に「何いきなりやらかすんだてめー!」と羽交い締めにされてくすぐりを受けている事は拍手をしている人達からは見られていないだろう。
「ところでよ、あれクリスマスソードだよな?」とウォーガンオンラインのプレイヤーである平良が早速食いついた。目を輝かせているあたり、平良はクリスマスソードの抽選は落選だったのだろう。
「ああ、うん」
「渡部は?」
「いや、落選だよ」
平良は自分も同じだと肩をがっくしと落としていた。
「あれ、お前らもだろ?」と俊哉と太一に話を振った。
「あ、自分はーはい」と緊張気味に太一が答える。俊哉はおろおろしながらも、やがて口を開いた。
「俺は‥」
「分かってるよ当たんねーよなあれ」
「いや‥」
「え?」
五秒間の沈黙の後、平良にとっては衝撃的な事実が告げられる。
「当たったん‥だよね」
今度は倍の十秒間の沈黙が続いた。話し声が飛び交う中だが、時計の針の音が聞こえてくるような感覚だった。
「嘘だろお前!なあ?おい!」
凄い勢いで俊哉の体が揺さぶられ、慌てて太一が止めに入ったが太一もろとも揺さぶられ、それが見てて可笑しくなってしまった。
「ほ、ほんと!苦しい!」
俊哉は慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、ウォーガンオンラインを起動させてクリスマスソードを平良に見せた。平良は両手で俊哉のスマートフォンを取り、顔を至近距離で近付けて画面を確認していた。
「ほ、本当だ‥本当だ‥」と事実を無理矢理飲み込むような表情で画面を見ていた。
「おい」
俊哉と太一は体をびくつかせた。
「は、はい?」
平良は目を見開き、二人の肩に手を乗せて互いの顔を見ながら口を開いた。
「やるぞ」
「え、え?」
「一緒にやるぞ」
俊哉と太一はお互いの顔を見た後、二人で自分の方を目をぱちくりしながら見てきた。自分はゆっくりと頷いた。
「う、うん。ぜひ」
俊哉がそう答えると、満足そうに平良は二人に連絡先を教えて、自分もゲームを起動させて二人をフレンド登録した。
「わ!つ、強い」
太一が平良のデータを見て驚愕していた。俊哉も驚いたように太一の画面を覗き込んでいた。
「山中、クリスマスソードを俺にくれてもいいんだぜ」
俊哉は勢い良く首を横に振ってそれを拒否していた。
「ちょっと冗談抜きで近日中に四人でやるぞ!西ん家でやるんだろ?俺の家でもいいぞ!」
「じゃあ、太一の家に行く?」
後ろから自分がそう提案すると、平良は大賛成と言わんばかりに嬉しそうにしていた。
俊哉と太一は顔を再び見合わせてから、少しの戸惑いは見せるも首を縦に振った。その表情はいつもとは違い、拒否を含んでいない表情だった。
「じゃあ、四人でやろうか」と俊哉が賛成した。
「おう!頼むぜお前ら」
自然な流れで結び付きが生まれた。恥ずかしながら以前を振り返ると、どこか自分が無理矢理な形で俊哉と太一の気持ちを考えずに、強引に引き込もうとしていた事にようやく気が付く事ができた。自分が以前のように余計な事をしなくても、こうやって二人が受け入れてくれたように、人付き合いの形成は結局は自分の意思から芽生える。俊哉も太一も新しい繋がりへと踏み出してくれた。
「そーのー前に!お前らもパンケーキ行くか?ん?」
城島が後ろから俊哉と太一の肩を抱き寄せた。
「パ、パンケーキ?」
「ああ!ホイップ多めで最高だぞ。なあ渡部」
城島が弟の万引きを阻止した自分にお礼がしたいと連れて行ってくれた喫茶店の事だろう。同じく甘党である太一は気になるような表情を浮かべていた。
「い、いつ?」
「あ?いつだって良いだろ!行きてー時に行くんだよ。まあ俺は毎日食いたいけどな」
城島はスマートフォンを取り出し、二人にその喫茶店のパンケーキの写真見せた。太一は少し身を乗り出して画面を覗き込んでいた。
「凄い‥これは凄い」と太一が目を輝かせていた。
「だろ?だろ?」
「でも、あの、城島‥君がこういう趣味とは‥びっくりした」
俊哉が言う事は正直誰もが思う事だろう。太一も冷静さを取り戻し、確かにと頷いた。城島は照れ臭そうに頭を掻きながらスマートフォンをしまった。
「いや、別によ。お前らチョコレート食うだろ?」
「あ、まあ」
「ほら、一緒だろ」
城島以外はそれぞれ何が一緒なのか理解出来ないが、とりあえずは理解したように振る舞うしかないと「あー」などとそれぞれ反応を示した。城島は満足した様子だった。
「とりあえず打ち上げ優先だ。パンケーキは‥後のお楽しみだ」
「う、打ち上げ?」
俊哉がそう聞くと城島は何を言ってるんだと言わんばかりの顔に変わった。
「学園祭のに決まってんだろ」
平良も二人に対して不思議そうな顔で見ていた。
「他に何かあるのか?」
俊哉と太一の反応を見る度に、どこか懐かしい気持ちになるのはかつての自分と重なるからだろう。
「お、俺達なんかも行っていいの?」
今度は城島と平良が顔を見合わせた。
「当たり前だろ何言ってんだ。クラスの打ち上げに何でお前らが来れないんだ?てか友達なんだからいちいち確認いらねーよ。パンケーキだって行けりゃ行く。行けなけりゃ後日。そんな軽さで良いだろ」
城島達を「あっち側」と境界線を引いていた俊哉達だからこそ、自分達が城島達に誘われている現実の受け入れ方の戸惑いと警戒が抜けないのは仕方ないのかもしれない。ただ彼らはそんな二人が色濃く引いた線すらもひょいと飛び越えてくるような人柄であった。
「行きます」
それを聞くと笑顔を見せる城島と平良、そして誰よりも嬉しかったのは自分だった。
「光輝、あの、俺ら」
その後に俊哉が申し訳なさそうな表情で何かを言いかけるが、すぐに手の平を二人に向けてそれを阻止した。
「言うな、友よ」
それを聞いた俊哉と太一はいつもの内輪の冗談の時に使う笑顔を作った。
「恩に着る」
後で自分から改めて謝ろうというのは心に決めていた。でも今はせず、今の流れのままでいたい。
「お前ら仲良いな」と腕組みをした平良が言う。
「とりあえず打ち上げは決定な。まだ那美と麻衣とさゆにしか言ってないから他の連中にも言わないとな」
それを聞いて飛び上がるくらい姿勢を正したのは俊哉だった。
「みみみみ水嶋さんが来ます?」
「みはそんなに付かないが‥来るぜ。何だ嫌なんか?」
脳が揺れる音が聞こえてきそうな勢いで首を横に振った。
「いやいや!いやあの、まあ!あはは」
完全にパニックになってしまっている俊哉を城島達は心配そうに見ているしかなかった。
「なんつーか、お前ら似た者同士なんだな」とあまり嬉しくない一括りにされたところで、確かに振り返ってみれば自分も最初は城島達に対して同じような応対をしていた事に気が付いた。ただこの場合の俊哉の反応に関しては、憧れの水嶋さんに対してである事は言わないでおいた。そしてようやく自分達は異変に気付く事ができた。自分達以外のクラスメイトは既にステージ裏からはいなくなっていて、体育館のフロアからはマイクを使って話をする校長先生の声が聞こえていた。「素晴らしい」という単語が何度も聞こえていて、学校の長である校長先生を満足させられた二日間の学園祭が幕を閉じた。
結局取り残された自分達はステージ裏で顔を見合わせて笑うしかなかった。
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