第45話
気温がまだ上がりきらない午前中とあって、寒気が分かりやすく肌に刺さる元旦。あの日からちょうど一年間が経ち、その報告と新たな祈願をするために昨年と同じく神社へ訪れていた。昨年と違う事は一人ではないという事。城島達、そして俊哉と太一も一緒にいる。一年後にこんな関係になっている事を一年前の自分に教えたら確実に信じてはもらえないだろう。俊哉と太一にも同じ事が言える。
「ついに辿り着いたぜ神様」
毎年の事ながら参拝客の多いこの神社は三が日は常に大賑わいだ。一時間以上並びようやく賽銭箱の前まで辿り着く事ができた。
「何祈るんだよ?」
「い、祈る前に聞きます?」
手を合わせてまずは報告、そして進学する専門学校での良い生活、そして。
「さゆちゃんの受験も祈っておいたから!」
宮間さんが豚汁を片手に報告する。そしてみんなから水嶋さんにと買った御守りを高木さんが渡した。水嶋さんは嬉しそうに頭を下げてお礼を行った。
「てか、それ美味しそう」
湯気が上がり具沢山の豚汁を羨ましそうに見ていると、俊哉が勢い良く手を上げた。
「か、買って来ましょう‥か?」
「え、いいの?」
俊哉は首をぶんぶんと振りながら「いいのいいの、ですよ」と高木さんが吹き出すような言い方をしていた。
「じゃあ‥一緒に行こうよ」
「ひ!」
「山中君も飲もうよ」
俊哉と水嶋さんは並んで豚汁が売っているテントに向かって行った。俊哉は軍隊のような歩き方になっていて、後ろから見てる分には面白い光景だった。
「分かりやすいなあ山中の奴」
俊哉にはこれ以上無い贅沢な時間だったはずだ。
「なあ、豚汁って飲む?食べる?どっちが正解?」
そんな本田の問いかけに二人が戻ってくるまでの時間は有意義な討論で時間を潰す事ができた。
そして自分にはお待ちかねのおみくじの時間だ。一年前に引いた「大凶」の二文字が頭をよぎる。しかし結果としては「吉」だったのではないかと今では思う。そう思えるのは自分で様々な壁に向かい合っていけた事、今までの自分じゃやらない事に踏み出してみた事。ちゃんと自分で説明ができる経過に胸が張れるようになった。手に取ったおみくじの封を解いて広げてみる。しっかりとした字体で気持ちの良い一文字が刻まれていた。
「凶」
何度もおみくじをひっくり返したり太陽に透かしてみたり様々な見方をしたが、刻まれている「凶」に変わりはないという事だ。
「お前だけ良くねーじゃん!」
本田に取り上げられてみんなに見せられる。小学生のように「返して」と飛び跳ねる姿を高木さんが大笑いしていた。
「一歩?二歩?前進じゃん!」
宮間さんが言う。ちなみに宮間さんは大吉だ。
「二歩?」
「中凶があればの話だけど!でも無くても一歩進んでるんだから良いじゃん。問題は書いてある内容でーす」
まだ見ていなかった内容を確認する。健康や金銭などは良くない事が書いてあるも、はっきりとは言い切らないおみくじ特有の気遣いで書かれていた。そして肝心の全体的な部分を示す神様からの言葉を音読した。
「取り組んできた事をを怠らずに実行し続けるべし。苦難の先にある成功を信じて努力すべし。さすれば更に良い日々が訪れるだろう。」
凶にしては内容が悪くない事にひとまずは安心した。宮間さんが口を開いた。
「神様は見てるんだね」
「うん。間違いなくね」
その通りだと自分でも思った。まるでこの一年間の自分を見ての言葉のように思えた。少し離れたところではしゃぐ城島達を見ながら交ざりたそうにしている宮間さんに「行こう」と声をかけて戻る。
「冷たい冷たい!」とジュースの缶を背中に入れられる太一を取り押さえている俊哉の背中にも缶を入れられて、その冷たさに飛び跳ねていた。
「あはは!」と涙を流しながら笑う高木さんの首にも平良が缶をくっ付けて「ぎゃー!」と高木さんも飛び跳ねた。
「何これ‥」
「何でか知らないけど。平良君が冷たいジュースを三本も買ってきて誰か飲むかって。この寒さだし誰も飲まないってなったらこの騒ぎ」
水嶋さんの冷静な解説を聞いて、元旦から平和な事にありがたみを感じていた。
「あひゃ!」
突然冷たい感覚が首元に刺さり甲高い声が口から勝手に飛び出す。振り向くと本田がけらけらと笑いながら立っていた。
「さ、さゆ?」
高木さんが心配そうに見る先には明らかに必死で笑いを堪える水嶋さんがいた。
「あ‥あひゃって‥」と体を震わせてなんとか耐えていた。
「元旦から珍しいもの見ちまったな」
「さゆちゃんまだ止まらない」
学生生活は後二ヶ月。家庭学習期間を含めたら通うのは一ヶ月になる。俊哉と太一が加わるのが遅かったなんて事は誰も思ってはいない。二人のまだぎこちないところを見ると、これからどう深まっていくのか、そんな楽しみもある。
「さーて昼飯食べて遊び行きますかー」
自分と俊哉と太一からしたら五人、城島達からしたら三人。今までよりも並んで歩く人数が増えた。この先もそうであれば良いと心から思い、神社を後にした。
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