第43話
「間も無くラスボス入りまーす!」
笠原が衣装に着替え、強そうな武器を手にしていた。この武器に対抗するのが主人公の平良が使用するはずだった壊れてしまった武器だった。
「黙って行けや!」
じゃんけんで負けて笠原の手下役になってしまった前川が笠原に不服そうに行った。
「おい台詞噛むなよ!」
「噛むわけなかろう」
笠原がステージへと出て行った。本来であれば、最後の武器を平良に渡しに行くのが自分の最後の黒子としての役割であったが武器が壊れてしまったため、前川が使っていた武器を代用して渡す事になった。
「うわー!」
最後の敵である笠原の前に平良達は倒れていく。ここで平良が立ち上がり、街で出会ったプレイヤー役の全員が駆けつけて平良を応援し、仲間になった城島達も平良に声援を送り、団結したところで平良の武器が覚醒して笠原を倒せる最後の武器になる。そういう予定であったが肝心の武器が壊れてしまっている。川口さんは再び申し訳なさそうに俯く、道具班も同様にやはり最後の場面が近付くにつれて悔しそうな表情になる。
「渡部君、これを‥」
前川が使用していた剣を川尻に渡された。二刀流にするという変更であった。頷いて受け取り、それを持ってステージ上に行く。その場面になるまでやや後方で待機した。やがて平良が応援に応えるように立ち上がる場面に入った時だった。
「わ、渡部君!渡部君!」
小声ながらはっきりした声で名前を呼ばれ、袖の方を見ると川尻が戻って来るようにと手招きしていた。まさか自分が何か間違えのかと慌てて戻ると、手渡されたのは道具班が作った武器の中では見た事が無い剣だった。柄の部分は赤と緑のテープが巻かれ、刀身などにはクリスマスツリーに使う電飾、飾りなどが巻き付いていた。自分はこの派手な剣を知っていた。自分や俊哉、太一。そして平良がやっているゲーム、ウォーガンオンラインの冬イベントの特典で、各国百人に抽選で当たる至近距離用の武器「クリスマスソード」であった。世界中で大勢のプレイヤーがいるゲームの、この限定の武器を引き当てた人物が身近にいる俊哉であった事についこの間驚いたばかりだった。
「これ‥いつの間に?」
道具班が緊急で作成したのか、と思ったが全員最初から袖にいた。川口さんが責任をとって作成したという事でもないだろう。
「行けよ、光輝」
川尻達の後ろから声が聞こえた。久々にその声で名前を呼んでもらえたような気がしていた。
「こーちゃんしっかりね」
俊哉と太一がいつも自分に誇らしげにする時、決まってする腕組みをしながら立っていた。そして俊哉が手に持った巻き取り式の延長コードを渡してきた。
「黒子だろ?これ持ってクリスマスソードの近くにいてやれ」
劇中、俊哉と太一の姿が見えなくなった時に自分は二人がまたどこかに隠れてゲームをしてるのではないか、と勝手に疑い不信感を募らせていた。しかし実際は違った。短時間でこの出来栄えのを作り上げ、間に合わせた。しかも頼まれた訳ではなく自主的に行ったのだろう。
「行け!」
大きく頷いてステージ上へと戻った。背中に袖で見守る全員の視線を受けながら、平良の元へと走った。
「これを!」と小声で平良に差し出すと、一瞬かなり驚いた表情を見せたが、すぐに切り替えてくれた。巻き取り式の延長コードのコンセントを差し込み口の手前で準備をして、平良の台詞に合わせて差し込んだ。観客からは今日一番の大歓声が響き渡った。平良が手にした剣はクリスマスツリーの電飾なだけに、様々な色に変わりながら点灯を繰り返した。
「な‥な‥なんだそれは!」
台本には無い台詞が笠原の口から飛び出した。これは笠原の本音から出た言葉だが迫真の演技になっていた。
「終わりだー!」
平良が笠原を攻撃し、最後の敵役である笠原は倒れて見事に主人公達の勝利となった。そして主人公の平良と仲間達は笠原にゲームの世界からの解放を求める場面で、そっとコンセントを引き抜き、自分の黒子としての役割は完全に終了した。最後の場面はそのまま後方で待機したまま劇を見届ける形になる。
「僕には学校でいじめられて、引篭になった弟がいた。」
笠原が覚えるのに苦労を重ねた長台詞の場面に入った。自分が台本を持ちながら練習に付き合っていたため、まるで保護者のように拳を固く握りながら見守った。
「そんな弟が唯一の生き甲斐としてこのゲームをプレイしていた。このゲームには同盟というシステムがあるだろ?」
「ああ。同盟に入ってその仲間達と協力してイベントをこなしたりできる」と本田が台詞を言う。
「弟もその同盟とやらに入っていて、そこで気の合う仲間を作り楽しくこのゲームをプレイしていたんだ」
笠原はその場を少し動きながら長台詞を言っていた。本来は直立のまま言う予定だったが、動きながらの方が言いやすいと独自の方法を見つけてそれを実行していた。
「ところが弟の同盟は何かの一大イベントで他の同盟に敗北してしまった。その原因が弟の判断ミスによるものだったらしい」
笠原は相変わらず動きながら懸命に台詞を言う。
「そして弟は目も当てられないような暴言や誹謗中傷を書き込まれ、これまで心から信用していた仲間に傷付けられ、ついにゲームでも居場所を失ったんだ」
一瞬目があった笠原に一度頷いてあげた。
「そして弟は度重なる暴言に従うように‥自ら命を‥そして僕はこのゲームをハッキングして各自のプレイ時間などを調べて完成させたプログラムを使って平日の絞った時間帯にログインしたプレイヤーをゲーム内に閉じ込めた」
「何のために?復讐するためか?」と本田が台詞を言う。
笠原は一呼吸置きながら絶妙な間を作った。この時、実は忘れかけた台詞を思い起こしていたそうだ。
「弟と同じ時間帯にログインしているプレイヤーはきっと弟のように現実世界から目を背けている人ばかりだと思っていたからだ。だからこの世界に閉じ込めて、現実から切り離して救ってあげようとした」
笠原は見事な好演技を続けたまま、その場に膝をついた。
「どうやら間違えていたんだな」
そして劇はフィナーレを迎える事になった。主人公の平良達は現実世界に戻り、勇気を出して現実の日々に向き合い前に踏み出して行く。これが川尻が脚本の中で伝えたかった想い、そして自分を少しモデルにした内容であった。こうして無事に完走する事ができた自分達の演目の最後に、役者と黒子はステージに集まった。マイクを持った平良が締めの挨拶をして、自分達の役目は終了となる。
「ありがとうございました!」
平良の一言でステージ上の全員が頭を下げる。これで全てが終わったと誰もが思っていただろうし、自分もこれで良かったと思っていた。やがて平良が頭を上げたと同時に自分も頭を上げた。そしてそのまま舞台袖に下がろうと進み出した時、咄嗟に体が動き、平良が持っていたマイクを取り上げるような形になった。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
ステージ上、舞台袖、体育館内にいる全ての人が自分に注目した。自分の息遣いがマイクを通して体育館内に響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます