第42話
「うわ!何だ?体が‥画面に!」
平良がオンラインゲームの中へと吸い込まれる場面で自分の黒子としての初仕事が回って来た。吸い込まれるような渦状に描かれた背景となるボードを持ち、小刻みに揺らす。
「うわー!」と平良が叫んだところで照明は一旦落とされ、自分と平良は袖に引いた。
「おいどうした?」
演技中でも異変に気が付いた平良が声をかけると、川尻が状況を説明して変更点を伝えた。平良は頷き、すぐに自分の出番の用意として着替えを始めた。ステージには柄の悪いプレイヤー役の城島と本田が演技をしている最中だった。
「な、何だここは?え?ゲームの世界?」とゲームの世界の衣装に着替えた平良が台詞を言う。
「あー?何だてめーも迷い込んでんのか?」
平良と城島と本田が初めてゲームの世界で接触する場面、そんな裏側では川口さんがひたすら謝罪しながら泣いていた。
「許してあげてね。暗かったし事故だし」
高木さんがそう道具班の面々に小さな声で伝えると、何も言わずに小さく頷いた。しかし彼らも今日に向けた労力が一瞬で壊れてしまった残念過ぎる結果をなかなか受け入れられずにいるようだった。
「おーし出るぜ!」
そんな嫌な空気を払拭するかのように、気丈に振る舞いながら敵役の前川がステージに出て行った。当初は笠原と前川は同じタイミングで現れる敵役だったが、川尻が途中で変更を申し出て、じゃんけんの末に笠原が最後の敵役を勝ち取った。
役者が登場する度に歓声が上がるのは衣装班によるものだろう。女子に人気がある平良には一部で悲鳴が上がっていた。
「渡部君、そろそろ」
勇気を出した平良が敵役の前川を倒して、少しだけ自分の勇気に気が付き、それを認めた城島達が仲間になり、共にゲームの世界からの脱出を誓う場面で再び自分の出番だ。背景を反転させて荒野から街の景色へと変えて、そのまま待機する。平達は街で知り合った他のプレイヤー達とお互いの素性を話していく場面だ。
「何だよ。似たり寄ったりじゃねーか」と城島が台詞を言う。正直、城島もなかなかの好演技だった。川尻が描いた脚本の設定には、このオンラインゲームの中に入ってしまったプレイヤーの多くは、現実世界で闇を抱えているというものだった。この設定が最後でしっかり回収されるように描かれていた。
「この中のどっかに、陽介がいる」
幼馴染役の高木さんがプレイヤーとして平良を探す場面で、再び背景を荒野へと反転させたところで、自分の役目は再び終わる。袖に戻ると、入れ違いで平良達がステージに向かって行く。ふと気付けば、俊哉と太一の姿が見えなくなっていた。二人の照明班としての役割は確かに終えているため特別な問題は無いがこんな時にまで、と二人に対する不信感が募ってしまっていた。
「半分まで来たね‥笠原頼むよ!大事な役割だ」
「当たり前じゃんラスボスだぜ?」
笠原が誇らしげに前川に顔を向けると悔しそうな前川が手で追い払うような仕草を見せた。既に川口さんは泣き止んでいたが、生きた心地がしないといったような表情のまま俯いていた。自分が川口さんの立場ならどうされれば気持ちが落ち着くのかと考え、余計な事と思いながらも歩み寄った。隣で慰めている宮間さんも近付いて来た自分に気が付き顔を上げた。
「川口さん、見届けよう」
川口さんがゆっくりと顔を上げた。
「みんなが今頑張ってる。川口さんは衣装班として凄い助けてくれたんだから、そんな川口さんを誰も責める事はしないよ」
川口さんはじっと見ていた。川口さんの目に、また少し涙が溜まる。
「このクラスに、そんな人は誰もいないと思う。だから一緒に見届けましょう‥なんて‥」
川口さんは流れる前に涙を拭い、鼻をすすりながら立ち上がった。
「那美ちゃん、渡部君‥ありがとう」
そう言うと道具班の元へ自ら行き、頭を下げていた。どうやら完全に和解はできたようだ。それを見て少し安心した。
「ありがとう渡部君」
「いやいや、何もしてないよ!」
「今のはポイント高いよー」
宮間さんは微笑むとステージの袖に向かって行った。余計なお世話にならずに済んで良かったと胸を撫で下ろした。
「おおー!」
そんな男性陣の太い歓声が起こった原因は女性プレイヤー役の水嶋さんの登場によるものだった。衣装班の渾身の一作である可憐な衣装に身を纏い、観客を一気に引き込んだ。
「さゆちゃん可愛いー!」と宮間さんが飛び跳ねながら絶賛する。可愛いというより美しいというのが男子からの評価だろう。
「この世界から抜け出すためには、協力し合うしかないとやっと気付けたの。だから‥力を貸して欲しい」
平良達に頭を下げて仲間に入れてもらう場面、ゲームの時は自分しか信じていなかった水嶋さんがゲームの世界に入ってからは一人では駄目だという事に気が付き協調性の大切さに気が付くという流れだ。水嶋ファンなら感涙必須の場面だ。
「ねー私の時あんな歓声あったー?」
高木さんがしがみついてきて体を揺さぶる。
「いや、あー、何かしらあった‥かな」
揺さぶりが止まらなかった。
「こっきーどう思うー?」
こっきーとは高木さんだけが使う自分の呼び名だ。
「いや、ほら、水嶋さんは‥ね?」
「余計傷付くー!」
「いや、高木さんは高木さんの良さがあるから‥」
頬を膨らませる高木さんをなんとか宥めつつ、後半に差し掛かる劇の最後の自分の出番を頭の中で確認した。何事も無かったように高木さんがふらっとステージに向かい、主人公の平良と初めてゲームの世界で遭遇する場面になっていた。
「彼女は女優だね」と川尻が言う。
「切り替えが‥あんなにさっと行えるあたり凄いや」
劇の終盤の見せどころとなる場面で使用するはずだったあの壊れた武器が無い事が、どこまで影響してしまうのか。そんな不安が誰の中にも浮かんでいた。
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