第41話
昼食は早めに済ませて最後の確認をそれぞれ行っていた。実際、あまり昼食が喉を通らない人がほとんどで自然と早く済んでしまったのが事実だ。
午後の部は一時半から始まるが、最初は有志による演目から始まる。それが終わってから三年生の出番だった。
「有志のって‥何があるん?」
「いや、毎回当日のお楽しみみたいな‥」
「ふーん。あんま良い予感がしないな」
本田のこの予感は後ほど的中する事になる。実際のところ何組が出演するのか、何をするのか、詳細は一切知らされていないのが事実であった。
「それでは、有志の皆さんによる演目から始まる午後の部、スタートでーす!」
アナウンスの直後はお決まりの歓声が響き渡る。開いた暗幕の先にいたのはバンドの編成で構える五人組が立っていた。直後にドラムの合図から激しい演奏と共に曲が始まった。五人共派手な仮装を纏い顔には仮面を被っているため誰だか分からない状況だったが異様な盛り上がりだった。更なる歓声が上がったのは二曲目に入る時だった。一斉に外された仮面の下の素顔を見て三年生は腰を抜かした。
「な、何やってんだー!」
目の前には三年生の担任や副担任で編成されたバンドだった。学生時代は軽音部に所属していたと言っていた大杉先生が激しくギターを掻き鳴らしていた。一番驚いたのは多田のクラスの担任の先生が見た事も無い激しい動きでボーカルとして歌っていた事だ。多田を含め自分達の担任の変わり果てた姿を口を開けて呆然と眺めていた。多田の担任である田中先生はとにかく真面目で、国語を担当している。冗談も言わない性格で授業も予定通りに進める。
「田中先生って、お札を透かして見たら輪の中にぼんやり浮かんできそうな顔してるよね!」
授業中、全く関係無いタイミングで高木さんの静寂を切り裂く一言が飛び出したのは二年生の秋頃だ。突然すぎる高木さんの一言に一同は笑いを堪えながら困惑するという大変な思いをした。そして確実に田中先生は怒ると誰もが身構えていた。
「高木さん‥それ、じゃ、偽札で‥ふふ」と教卓に突っ伏して暫く小刻みに震えて笑っていたという珍しい出来事があったのを思い出していた。
「上手いな‥というか、人間って分からないな」
笠原の一言に誰もが頷いた。結局、有志の残りの演目は生徒のバンド、ダンス等が行われたが最初の先生達のバンドが衝撃的過ぎたせいか、印象が薄いまま終わってしまった。あれの後は誰であっても厳しい、そして後に控える三年生達にも影響が出てしまいそうな勢いであった。やりきった顔でこちらを見ている大杉先生と誰も目を合わさずにしていた。
「合わせるな。絶対面倒だぞ」と城島が呟いた。
そのまま間も無く、三年生の演目へと移っていく。最初のクラスは女子が五人でアイドルの曲を歌って踊り、次に男子が歌って踊る。最後は全員で歌うという流れだった。やはり三年生、楽しむ事は忘れずにしていた。次のクラスは「この学校あるある」と称して、本校の学生なら頷いてしまうような事を再現を行いながら会場を盛り上げた。次のクラスは吹奏楽経験者が演奏し、ギターなどを加えて歌っていた。そして多田のクラスの出番だった。多田を中心にして始まったのはまさかのソーラン節であった。確かにどことも被らず誰もが知ってる演目に感心しながら見ていた。
「那美、お前あいつと付き合ったの?」
隣で平良が宮間さんに質問していた。そういえばと思い、聞き耳を立てていた。目の前で踊る多田のクラスの井川に体育祭の日に告白されていた。返事は保留にしていたはずだが、その先を聞いていなかった。
「あ、断わっちゃったんだー」
「え?そうなん?」
「うん‥そう!申し訳ないんだけどね」
そうだったのか、そう思っていると頭を平良に叩かれた。
「え、え何?」
「あからさまに盗み聞きしてんじゃねーよ」
いつの間にか平良に体を預けるように横に傾いてしまっていた事で、悪行を暴かれてしまった。宮間さんは「という事だから!」と自分にもしっかりと結果を教えてくれた。目の前でソーラン節を踊る井川が少し寂しく見えてしまった。でも宮間さんの性格ならきっと慎重に言葉を選んでなるべく井川が傷付かないように配慮は重ねたのだろう。やがて踊りきった多田のクラスに盛大な拍手が送られた。井川は宮間さんと目が合ったのか、笑顔で頭を下げていた。
「行くぞ」
そしてついに自分達の出番が訪れる。裏へと回り、役者達は衣装に着替え、道具班も慌ただしく準備をしていた。自分も黒子の衣装に着替えて気持ちを落ち着かせていた。顔も出さない、台詞も無い立場だが人前に出る事に変わりはない。
「あー楽しみ楽しみ!」
高木さんは一人だけ小さく跳びながら楽しそうにしている。
「麻衣。みんな緊張してるから落ち着いて」と水嶋さんが冷静に腕を組みながら注意すると高木さんは「はーい」と言いながら口を押さえた。
「危ない!」
急に聞こえた大声に誰もが反応すると、何か大きな物が倒れる音が響いた。騒然となったところでその音の原因がすぐに発覚した。
「うわーびっくり」
壁際に並んで避けてあった卓球台が倒れていて、数台がまるでドミノ倒しのように重なっていた。
「ごめんなさい‥荷物持って後ろに下がったら‥確認してなくて」
宮間さんと同じ衣装班の川口さんが申し訳なさそうな表情で全員に頭を下げていた。
「誰も怪我してねーし大丈夫大丈夫」と本田が声をかけると、その表情は明るくなった。
「それでは、最後の演目に入ります。」
アナウンスが会場に流れて、劇の題名が発表されると大きな拍手が沸き起こった。やがて照明は落とされ、ステージ上にのみ灯りが照らされる。今照明を任されているのは俊哉と太一の二人だ。そして暗幕が開かれ、主役の平良が椅子に座りオンラインゲームをしている場面から劇は始まった。
初の黒子の出番に備えて袖で待機をしていると、後ろの倉庫から慌てた声が聞こえてきた。その声の内容は、信じ難い内容であった。
「駄目だ!使い物にならない‥」
「どうしよう‥ごめんなさい‥ごめんなさい」
その声が気になり戻ってみると、先程まで倒れていた卓球台は起こされていたが、劇の終盤に使用する主役の平良が使う武器が真っ二つに折れ曲がっていた。倒れた卓球台の先にあった体育で使用するボールが入っている籠の上に置いていた剣が、上から倒れてきた卓球台の下敷きになり、その籠の縁に当たっていた部分以外は下が空洞になっていたため、簡単に折れてしまったようだ。修復は非常に厳しいのは誰が見ても分かるほどに損傷していた。
「ごめんなさい‥」と涙を流す川口さんを宮間さんが慰める。前日までデザインから全てをこの武器に注力して仕上げてきた道具班も流石に肩を落としていた。暫くの沈黙の後、川尻が口を開いた。
「仕方ない‥一旦引いてくる平良には説明して‥最後の武器は本来のままでいこう!」
川尻がなんとか明るく振る舞うが雰囲気は改善されず暗いままで、川口さんが泣き止む事もなかった。何か自分も言おうと思い懸命に言葉を探し出す。
「あ、みんな‥」
「渡部君!出番!」
「みんな行ってきまーす」
不安を残したまま、平良が待つステージへと駆け出した。
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