第40話

仕入れたじゃがいも三十個。追加で二十個の計五十個のじゃがバターを全て売り切った我がクラスは、最後に万歳三唱で幕を閉じる結果になった。流石に追加の二十個の代金は三木さんに支払った。歴代最多の売上金額であった事も嬉しい報告だった。しかも材料のじゃがいも、蒸し器はほとんど無料な点も評価され、打ち上げの費用として少し還元してもらえる約束を高木さんが校長と交わす事に成功した事に、またクラス中が歓喜に沸いた。


「お前‥何したんだ?」

担任の大杉先生が生気を失ったような表情で高木さんを問い詰めた。

「えー?校長ー私達頑張りましたよね?明日も劇があるし大変だしー‥せめて今日の売上を打ち上げの足しにしてくれたら‥明日も頑張れるなー!って」

普段よりも高い声、小動物のような仕草と上目遣いで校長を口説いた再現をすると、城島達は手を叩いて大笑いした。大杉先生は両膝に手をつき項垂れていた。


「残りの金は俺の退職金になりかねないぞ」

「えー大丈夫っしょ!校長先生照れ笑いしてて可愛いかったし」

「可愛い言うな」

学園祭後の打ち上げが全員の楽しみに加わったところで、ついに二日目を迎えた。実質の本番、そんな雰囲気が校内に漂い、各クラスの活気は目に見て分かるような違いがあった。試験のような緊張感があるクラスは自分達と同じく演目時間三十分を引いたクラスだろう。対して全く怖気ついていないクラスは通常通りの時間を引いたクラスという事だ。自分のクラスはというと、朝から主役の平良が異常な行動を起こしていた。


「た、平良‥」

本田が不可解な現象を目撃したような目で見る先には、平良が細長いパンにジャムを塗り、無表情で黙々と食べ続けていた。


「う、美味いか?」

「うん」

「そうか‥ジャムは何?」

「柚ハチミツ」

救いを求めるように周囲を見渡す本田に、誰一人目を合わそうとしなかった。

「に、日本人の悪いところが出るぞ!」と本田が叫ぶも、誰一人関わろうとはしなかった。

「大丈夫」

平良が無表情のままそう呟いた。目を合わそうしなかった他の人も平良に注目した。

「責任は渡部がとる」

その一言に注目の視線は自分へと移り変わった。ここまで来たらと決心していた自分には迷いが無かった。

「じ、自分が‥クラス委員長としてしっかり」

「当たり前だこの枠を引いたのはお前だ!」

四方八方からの追撃に机の下に隠れるも本田に引き摺り出される。クラス中が笑い声で溢れ返り、無表情だった平良も笑顔で加勢していた。一瞬、視界に入り込んだ俊哉と太一はスマートフォンのゲームに夢中になっていた。


「お待たせ致しましたー」と勢い良く開いた教室の扉から入って来たのは道具班だった。その手には劇の終盤で主人公の平良が手にする武器だった。時間をかけて丁寧に仕上げた出来栄えは「素晴らしい」の言葉が相応しいくらいに仕上がっていた。教室のあちこちから驚きや称賛の声が上がった。特に平良は興奮していた。


「すげー何だこれ!凄すぎだろお前ら!」と言いながら武器を手にして子供のようにはしゃいでいた。

「一応、柄の部分は木材で、刀身はダンボールや厚紙を使って仕上げたよ。デザインに時間かかってさ」

「いやいや凄いわ。こりゃ強いだろ!」と、無邪気に振り回していた。道具班のおかげもあり、平良の緊張も解けたかと思いきや、やはり体育館へ移動すれば話は変わってくる。何度も深呼吸を繰り返した。やがて開会宣言を多田が行い、その後のお祭り騒ぎのような盛り上がりは例年通りだった。ガチガチに緊張していた平良達まで騒いでいたのだから余計に驚いた。


「最後だねー本当」

賑やかさの中で宮間さんがそう呟き、水嶋さんが隣で頷いた。見渡してみれば騒がしくしているのは主に三年生達だった。一、二年生は三年生達に比べれば控えめにしている印象だった。こうして学園祭二日目、一般のお客を招かず本校の人間だけの学園祭が幕を開けた。演目の順番は一年生から順に行われていく。各学年の最後は三十分の枠を引き当てたクラスが締める。つまり学園祭最後の演目は我々という事で、非常に嫌な重圧がのしかかる。注目度も高いのは言わずもがなであった。


一年生は初年度でもあり、なんとなく「こんな感じでしょうか?」という様子見のような演目が続いた。真面目な合唱やギターを入れての歌やダンスもあった。注目が集まったのは初年度にも関わらず三十分の枠を引いてしまったクラスだ。経験も無い右も左も分からない一年生が何を行うのか。少し意地悪な注目が集まった。やがて照明が落とされ拍手が響き渡る。そして暗幕が開くと二人の男子生徒が立っていた。


「どうもー」と頭を下げて始まったのは漫才だった。慣れない口調と間で進む漫才、そして二人きりという目も当てられない光景にざわつきが広まり始めていた。


「これやっちまってんな」と城島が言った時だった。突然ステージ上の二人が喧嘩をしだした。互いの胸ぐらを掴み激しく揺さぶる展開に止めに入った方が良いという空気になり、城島が「渡部!上がるぞ!」と自分の腕を引いてステージに上がる。三年生は前列のため、自分達が一番ステージ上の彼らに近かったからだ。


「え!」と城島の驚く声が聞こえた。ステージの両脇から金管楽器を演奏しながら十人ほど生徒が現れた。咄嗟に脇に逃げる城島と自分は全く状況が理解できずにいた。すると間も無く演奏に合わせて喧嘩をしていた二人が踊りだす。それに合わせてギター、ベースを持った生徒、かなり技術の高い踊りを見せる生徒、そして高音と低音で男女混声で歌いに現れた生徒もいて一気にステージは大賑わいとなった。これは一本取られたと下で見守っていた生徒達も手を叩き盛り上げる。正しいかは分からないがミュージカルに近い事をやっているのだと気が付いた。


「うわ!」

急に背中を強く押されて野球のヘッドスライディングのようにステージの真ん中辺りに滑り込んだ。顔を上げると慌ててステージ下に戻って行く城島の姿があった。

「え?え?」

自分の両脇を漫才をしていた二人に抱えられると踊る生徒達の中へと連れて行かれ、周りを囲まれる。これは合わせないと駄目なのだろうと思い、何とか周りに合わせる。


「ははは!何してんだあいつ!」

体育館内に笑い声が響き渡り、城島もお腹を抱えて大笑いしていた。


「ひ、酷いよ」

半分涙目で城島に詰め寄るも「盛り上げたろーが感謝しろ!」と詫びる気は一切無いようだ。

「しかし三十分は長いぞ‥」

前川が言う通り、一年生達は後半に入ると辛そうになり、盛り上がりも落ち着いてきた所で、最後は大掛かりな手品を披露して出番を終えた。それぞれが今にも倒れそうな表情で、呑気に拍手をする我々を見ていた。


「よく凌いだなあ。まあミュージカル?でも手品あったし‥」

「やれる事詰め込んだ感じだな」

前川、笠原が言うように一年生達は得意分野を詰め込んでこの時間の役目をしっかりと果たした。

こうなると二年生の三十分の枠を引いたクラスはかなりの重圧があるだろうと思っていたが、これは流石の二年生。一年生と同様に音楽を流しながらサーカスのように得意分野を披露していく。サッカーのリフティングの華麗な技を披露したり、けん玉であったり、竹馬と一輪車やスポーツバイクなど、時々歓声が上がるような盛り上がりで、次は何が起きるんだと楽しみになってしまうような構成であった。


唯一おとなしくなってしまったのは自分のクラスだけだった。全員が不安な表情を浮かべて二年生の演目をじっと見ていた。


「か、川尻‥大丈夫だよな?」

本田が川尻に恐る恐る確認した。川尻は無表情のまま本田の方を向くと「やばい」とだけ答えて、再びステージの方に視線を戻した。着々と近付く出番に誰もが顔を引きつらせていた。

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