第38話

校内が慌ただしくも賑やかな雰囲気なのは、翌日に控えた学園祭によるものだ。全学年が一日を使って会場準備、設営に取り掛かっていた。飲食関係の出店は全て外にテントを出す事になっていて、全員が寒がりながらも設営を行なっていた。多忙な中、道具班がダンボールで作成した「じゃがバター」と書かれた看板を掲げ、前川の父親が地元のお祭りの関係者であった事もあり、その繋がりでじゃがバターの屋台でよく見る蒸し器を無料で貸してもらえる事にもなった。それに加えて宮間さんと先日行った農協の三木さんからも立派な大きさのじゃがいもが届くという感謝しきれない状態だった。


「一番ちゃんと屋台してるじゃん!」という本田の独特かつ適した表現の通り、他のクラスよりもお祭りの屋台に最も近いのは間違い無かった。誰もが楽しそうにしたりいつも通りふざけ合ったりと学園祭に向けた気持ちの高まりが目に見えて分かった。こういう行事関係は事前準備の段階が楽しい。そういう人もいるくらいだし自分もその一人かもしれないと思った。しかし今回は少し違う。正直なところ昨日、今日はほとんど作り笑いが中心だった。一昨日の俊哉と太一との一件が全ての原因だった。あれから二人とは話もしていないし、目すら合わせなくなってしまっていた。表には出すまいと無理をしながらいつも通りの振る舞いを見せた。ただ城島達のように常に賑やかさの中心ではないので、特に変化に気付く人はいないだろう。


「今日の三時に体育館の予約が取れてる。しっかり合わせられのもこれが最後だよ」

川尻の言う通り、今日は午後まで体育館は設営で使えないが、その後は自分達を含めた持ち時間三十分のクラスはそれぞれ使用する事が許可されていた。練習が始まるその前に、体育館のステージ裏に広がる倉庫代わりになっている部屋に、劇で使用する道具等を運び込まなくてはならない。背景に使用する大道具が一番人手がいるが、そこは流石の道具班で、運びやすくなるように折り畳みができる設計に仕上げていた。


「城島あ!名演技見せてくれよ!」

道具を運び込んでいる途中、その姿を生徒達から注目されていた。城島も他のクラスの友人達に茶化されていた。

「見とけよお前ら!ハリウッド見せてやる」

このくらいの気持ちの強さが持てるのだから当日もきっと楽しく演じるのだろう。自分はというと、トイレでばったりと遭遇した多田に言われた「黒子、期待しているよ」の一言で完全に萎縮してしまい情け無い思いだった。


「さあ始めよ!」と高木さんが意気揚々と手を叩き、劇の最後の練習を迎えた。

「何で麻衣が仕切るんだよ」

「当たり前じゃんヒロインだよ?」

「え、そうなん?」

川尻がまあ確かにというような顔で頷いた。

「さゆの方がヒロイン要素あるよなあ」

あちこちから同意の声が聞こえてきた。きっと袖では俊哉も大きく頷いているのだろう。


「いや、私は‥麻依の方が適役だから」

水嶋さんが相変わらず気品に満ちた佇まいでそう言うと、同意とは別の意味で周りは頷いていた。


「ほらねほらね!」

「いや、今の頷きは多分違うぞ」

高木さんが城島に飛びかかり暫く二人の寸劇を見届けた。

「はいはいやるよー」

こうして約一時間、次のクラスが来るまで全体を通しての練習が行われた。確認しながらの進行により、三十分は過ぎていたが特に問題は無く、安心して本番を迎えられると確信したのか、全員が明るい雰囲気になっていた。主役である平良も、少し楽になっているように見えた。


「あ!」と思わず声が出てしまった。

「何だ?」

ポケットを叩いて確認するが、スマートフォンが入っていない事に気が付いた。体育館の舞台袖に置いてきたのだと思い、次のクラスの練習が始まる前に回収する必要があるため、体育祭以来の綺麗なフォームで走った。途中、先生の気配がある時はしっかりと走るのを止めて、また走りだすという動きの繰り返しだった。運が良い事に、まだ誰もきていない体育館の中へと入り、舞台の袖に行くと、やはり自分のスマートフォンが置かれていた。


「どうしたの?」

後ろから突然の声に驚き、三メートル程吹き飛んでしまい、床に頭をぶつける始末だった。それを見て笑うのは川尻だった。


「あー渡部君は面白いな」

「いや、痛い、な、何してるの?」

「最後の確認、道具関係のね」

時間がある限り念入りに確認を重ねていた。そんな川尻に、実はずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「あのさ、劇のタイトル‥」

川尻は理解したように微笑んだ。

「スポットライトってタイトルを何で付けたかって?」

その通りだった。内容はもちろん理解しているが、スポットライトが出てくる訳でもなく、その意味をずっと気になっていた。その意味を川尻は教えてくれた。

「主人公は塞ぎ込んでいて、自分を自分で下げてしまっている。でもゲームという得意分野で自信と勇気が湧いて輝く」

川尻は天井にある照明を見た。


「どんな人でも必ず優れた何かを持ってると思うし輝く機会もある。例えばサッカーが得意、だけどプロ候補や選抜選手に囲まれると一番下手、だけど体育の授業レベルだと一番目立つ、まあ極端な例えだけど」

俊哉の例えよりは非常に分かりやすいように聞こえた。


「人は必ずどこかで輝く事ができると思ってる。スポットライトが一つだけ照らすように、その人だけが輝く時がある。そんな感じかな!」

最後はどこか恥ずかしそうに解説を締めた。あまりにしっかりと考えられた内容に脱帽するしかなかった。そして川尻は更に想像を上回るとんでもない事を言い出した。


「渡部君を参考にしたってのもある」

一秒間に何回瞬きをしたか分からない程、驚きを隠せなかった。

「は?え?」

一体どこに自分の要素がと思った時、ふと初めて台本を見たあの日を思い出した。確かにあの時、環境や状況は違えど何か主人公と自分が重なるものがあると思っていた事を思い出した。自分を変えようと奮闘する姿に他人事とは思えないと勝手に重ねていた。


「渡部君は変わったろ?正直失礼だけど前の渡部君の事は何も知らないし、あーいるなあって程度だった」

「う、うん」

「悪い事じゃないよ?そんなイメージだったってだけ。でも君はいきなり表彰されたり、合わなそうだった城島達と仲良くしたり、自分から人に声をかけたり、いつしか渡部君っていう個性が目につくようになったよ」

改めて聞くと、自分はこう見られていたのかと新鮮な気持ちだった。


「しかも他人に無理強いじゃなくて、自分から何か変わろうとしてるんだろ?」

自分の意思である事は間違いないと二度頷いた。

「だからちゃんと個性として生きてるんだよ。これが他人の無理強いなら良い方向には見えない」

さすが小説の書籍化経験のある川尻だと感心した。出てくる言葉が自分を褒める言葉だからというのが一番だが、聞いていて嬉しくもあり感心もしてしまう。


「そういうのを参考にさせてもらった。そしたら大満足な脚本が完成したよ」

川尻の表情を見ると、自分の「踏み出す」という行いがこんな形で報われるのかと思い、そしてまさか自分がこんな理由で黒子以外にも劇に貢献できているのかと信じられないような嬉しさだった。

それと同時に些細な疑問が浮かんだが、それを口にする前に川尻が断言してくれた。


「でも主役は平良。流石にね」

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