第37話
他クラスも学園祭の飾り付けや準備を始めていた。物の準備はほとんど終わっている自分のクラスではいよいよ演劇の練習も大詰めを迎えていた。一度通して行った練習も特に問題が無く、個々の練習が結果として表れていて、見ていた大杉先生も目を丸くして「ちゃんとしてるな!」と分かりやすい褒め言葉をくれた。
「ラストの武器は道具班が前日までには必ず仕上げるって言ってたから大丈夫」
演劇のラストで主人公の平良が手にする武器が道具班の最大の仕事で、デザインから作成までこだわり抜いた物にしたいと申し出があった。川尻も快く承諾したのは、道具班の面々が進学先や将来に向けた経験にこの作業が少しでも足しになればと思っての事だった。そこまで全体を見れる彼こそクラス委員長に相応しい人材ではないかと思ってしまう。
「今日、やりますか?」
俊哉が太一と自分の肩に手を回しながら放課後の予定を誘ってきた。
「例の、ですか?」と太一がわざとらしい口調で受け答えする。自分としてはきっと他の人は放課後に学園祭の準備をするだろうと気がかりになっていた。そこを抜けて遊びに行くのは立場上かなり気が引ける。
「冬イベントに当たったと言ったら?」
そんな囁きが耳元で聞こえた。首が千切れるくらいの勢いで俊哉を見た。
「う、嘘だろ?」
「本当なんだよこーちゃん」
太一も興奮気味にしていた。
「百人にだけ当たるクリスマス仕様の?その一人に‥俊哉?」
「選ばれし者よ!」
平良もやっているウォーガンオンラインというゲームの限定アイテム、全世界であれだけのプレイヤーがいる中、運営から各国百人にだけ当選するというアイテムを、なんと俊哉が引き当てたのだという。おまけにイベント時にはそれを所持するプレイヤーと同じチームになると嬉しい特典だらけという最高の代物だった。
「しょうがないわねー」と俊哉がスマートフォンの画面を見せてくる。間違いなくそれを所持していた。近接攻撃用の剣だった。クリスマス仕様で輝いた装飾を纏い、見れば見るほど羨ましい限りだった。
「で、君は来る?」
「い、行きます!」と胸を張った。様子見で抜けられれば少しでも、そんな安易な考えだった。どうなるかとそわそわしながら一日を過ごしたが、放課後はごく一部が残るだけで案外帰るという人が多かった。
「さあ、行こうか」
「了解!」
と太一も俊哉も帰り支度をして、太一は俊哉に向かい敬礼をしていた。自分も敬礼をして満足そうな俊哉の後ろを着いて歩いた。
「おーいお前ら!」
下駄箱の所で靴を履き替えていると、後ろから城島に呼び止められた。俊哉は明らかに嫌な予感、という顔を見せた。
「これから来れる奴らで学園祭の決起会みたいなのやるんだけど来れねーか?場所は座敷がある店探してるんだけど」
三人は顔を見合わせた。城島を目の前にすると自分以外の二人は縮み上がっていた。この時、自分は良い機会だと思い、二人の方を見た。
「行く?せっかくだし」
「あ、あー‥」
俊哉は城島と目を合わせないように何とも言えない表情で太一を見た。太一は見られても困ると自分の方を見た。
「お、どうなん?」と軽い口調で城島が言う。
「みんないるし、せっかくだからさ!」
「いや、お前行けよ。俺らはちょっと行く所があって、悪いんだけど‥はは」と明らかな作り笑いで断った。
「え?あ、そう‥もしかしてお前ら約束してたか?」
「え?ああ、まあ、でも」
遮るように太一が言葉を発した。
「いや、こーちゃん行って来なって!大丈夫大丈夫‥」
無理やりな笑顔で送り出そうとする。二人共不自然な応対であった。
「んーまあ一回話し合って、また連絡くれよ渡部!」
「あ、うん」
城島はその場を去り、三人でとりあえず駐輪場まで行き、無言のまま近くの広い公園へと寄った。小さい子供達が保護者と遊ぶ声を聞きながら、自転車に跨ったまま暫しの沈黙を経て、俊哉が口を開いた。
「行ってこいってお前」
行って来いという事は、二人は来ないという事だ。自分は以前のようなもやもやをまた心に抱えた。
「いや、行くなら二人も一緒じゃないと‥」
「いや、何でだ?」
「何でって‥」
この時ようやく気付く事ができたのが二人の迷惑そうな目だった。自分の行いは二人にとってそんな目を向けられてしまうほど迷惑なのだろうか。
「終わったらちゃんと‥ゲームするからさ!だから」
俊哉はあからさまな溜息をついた。
「なあ、お前何で必死なんだ?」
言ってる事が理解できなかった。必死?自分が?そんな疑問が頭に生じる。
「こーちゃん。こっちは気にしなくて良いから。無理しなくて良いから」
太一の言葉を聞いて更に疑問が増える。必死?自分が?無理してる?
「いや、自分は‥二人をせっかく‥」
上手く言葉が出てこない。動揺と二人に対する苛立ちまで生じてしまっていた。
「せっかくせっかくってよ。前から思ってたんだけどさ」
「前から」という言葉に嫌な予感しかしなかった。いつから彼等に不信感を抱かれていたのだろうかと不安が募るからだ。
「お前、俺達が哀れに見えてるか?あいつらと仲良くなってから、俺達が可哀想に思えてないか?」
俊哉のその言葉に自分の中で何かが溢れてきた。口の中に留まっていた言葉が飛び出してしまった。
「何で‥何で頑なに避けるんだよ!あの人らは皆‥そんな人達じゃないぞ!」
俊哉と太一は驚いた顔を見せたが、すぐに俊哉も臨戦態勢に入っていた。
「だから何だ?俺達が乗り気じゃ無くても無理矢理引き入れられれば良いのか?お前を羨ましがるのが正解か?目立つ連中の輪に入るのが正解か?」
俊哉も鼻息が荒くなっていた。横にいる太一は双方を心配そうに見比べていた。
「だから何でそうなるんだよ!」
「お前からは俺達が哀れに思われてるようにしか感じないんだよ!今日だって城島に誘われて、約束してたこっちを断りたいんなら、普通に断れば良いだろ。向こうを断るんなら普通に俺達と約束してるからで良いだろ」
俊哉は目を見開き鼻息はますます荒くなっていた。
「それをちらちら気にしながら、前の平良の時もだ!せっかくだからせっかくだから‥お前らも彼等と仲良くしよう。明るい方に行こう‥そういう下手な気遣いしか感じないんだよ!」
辺りはすっかり陽が落ち、先程まで遊んでいた子供達もいなくなっていた。そこに三人、寒空の下で互いの大きくなった心の歪みが表に出ていた。
「こーちゃん‥気持ちは分かるんだけど‥」と太一が静まったのを見計らうように口を開いた。
「あの人達からしたら自分達は目立たないから‥でも別にだからと言って苦労したり悔しい思いをしたりは一切してない」
太一はいつもの口調ながら真っ直ぐ目を見ていた。
「とし君も言ってたけど‥なんかこーちゃんは自分達に対して普通の誘いとはまた違う気遣いの誘いをしてるようにしか確かに感じないんだ」
俊哉は不服そうな顔で下を向いていた。
「なんか哀れと言うか‥お前らもこっち側に来い、みたいな?違うって言うかもしれないけど‥でもどっかでそういう部分がある気がする」
太一は悲しそうに、そしてそれでも自分の事を気にかけるように言葉を選んでいるようだった。
「自分達が行きたいと思えば行くし‥別にこーちゃんがこっちの先約を断っても構わない。でもね‥あんなこーちゃんの必死で哀れむような表情で誘われても、ね?」
横で俊哉が静かに頷いていた。自分は一体、どんな目で二人を見ていたのだろうか。
「俺達がやたらあいつらを苦手にしてるのもあるけど、でもそれは仕方ない事だ。だけど親しい友達のお前にあんな哀れぶられたらさ、俺らなんて」
そう言うと俊哉は自分に背を向けた。太一も同じように自転車の向きを反転させた。
「お前がやりたいようにやれよ。それが普通だろ?俺達は俺達の好きな時間を過ごすよ。気持ちは分かるんだけどさ、ちょっとついてけないよ」
遠くなる二人の背中をその場で見送り、やがて姿が見えなくなったところで、静かに自転車を降りてその場に仰向けで倒れ込んだ。後頭部には冷たい芝生がちくちくと刺さる。目の前の冬の夜空は思いの外、星が良く見えた。ポケットの中でスマートフォンの電話の呼び出し音が鳴り響いていたが、それが鳴り止むまでそのままにした。
結局その後、俊哉と太一、城島やクラスメイトの両方にも顔を出さず、誰とも会う事はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます