第34話
正直な話、他クラスよりも圧倒的に用意が大変なのは三十分間の出し物の時間枠を引いてしまったクラスだけだろう。まだ準備にすら取り掛かっていないクラスもある。休み時間、放課後など空いた時間を満遍なく使い準備を進めてはいるものの、長い時間がとれない事もあり、気持ちに余裕が無い状態だったが川尻の段取りや優秀な人材が揃っていた甲斐もあり、決して悪くないペースで進められていた。誰もが川尻なら将来きっと、そんな風に思っていたはずだ。
「小道具班!流石に早過ぎる。凄いや」
主人公達が吸い込まれたゲーム内で使う武器などがほとんど完成されていた。細かい物も含め流石の完成度であった。これから時間のかかる大道具に費やす為に急速に仕上げたそうだ。平良達はその武器を見て子供のように目を輝かせていた。
「作りが細かいな!」
「どうせ作るならこだわりたいしね」
自分のは無いのか聞きたかったが、黒子の自分にある訳などない。目立ちたくはないが、少し平良達が羨ましく思えた。衣装班が先に完成させたのは黒子の衣装だった。上には黒、まあ下も黒だ。顔も本格的に作られていて、しっかり隠れるようになっている。六人で着替えた後に横一列に並ばされ、どれが誰かを六人全員当てるゲームという黒子の我々には苦痛な時間も過ごした。それもあってか、黒子チームの結束力は高まる一方だった。
「十年後に振り返った時、黒子やってたなあってなるのかあ」
昼休みにそう呟くと俊哉がやれやれと首を振った。
「十年前はって振り返った時に十年前がまだ学生だった人と、十年前も既に社会人だった人とじゃ振り返りの切なさが違うもんだぜ?」
これは決まった。そう俊哉の顔には書かれていた。
「たまに哲学じみた事言うけどさ‥まあ、いいか」
俊哉の気分が乗ってるところに水を差すのはやめておいた。ただ答えにはなっていない。教室の窓は冬の冷たい風に少し揺らされ、外気に当たる所にいる生徒は寒そうに身を縮こませていた。徐々に高校生活が終わりに向かっているのを感じていた。暑い夏より断然冬が好きな自分だが、今年の冬は少し寂しい気持ちになっていた。
「分かるよ。マフラー姿が最高な季節だよな?」
「なあ俊哉。否定はしないが黙ってくれないか?」
やれやれとその場を後にした俊哉はさておき、教室の後ろにあるロッカーにもたれかかり台本を熱心に読む平良に目が移った。あの平良が真剣に台本と睨めっこしている姿はいつもより格好良く見えた。
「こんなんくだらねーよ」と台本を捨てそうなイメージがあったが、川尻の真剣さはもちろん、高校生活最後のイベント、何より自分が平良に対して偏見があっただけで、平良はクラスの空気を壊したりは決してせず、しっかり責任を果たすタイプだ。自分なんかよりよっぽど協調性もある。
宮間さん達衣装班はほとんどの衣装を完成に近付けていた。家庭科室に籠り、ひたすらにミシンと向き合い仕上げていく。宮間さん以外のメンバーも趣味の延長として楽しく作業を進めているそうだ。小道具大道具班も着々と相変わらず準備が進んでいる。既に劇中の背景の物の作成に取り掛かっていた。段ボールを様々な形に変えていき、これだけでお役目御免になるのは非常に勿体ない気がしていた。そんな中クラス、そして他のクラスの男子達が共通して楽しみにしている事があった。
「水嶋さん‥早く見たいなあ」という声が聞こえてきた。大学受験が控えている水嶋さんだったが、学校にいるうちは台本に目を通す姿の方が多く見た気がする。水嶋さんが演じるのは主人公がゲーム内で会う凄腕の美人女性プレイヤー役だった。その為、台詞もなかなか多く立ち位置も重要な役であった。衣装合わせの時に改めてその姿を見たが、自分なら万単位の課金をしてでも手に入れたいキャラクターに見えてしまった。その姿に女子もカメラを向けて写真を撮っていた。騒ぎを聞きつけこっそり覗いていた俊哉がその姿に胸を打たれ、廊下に倒れ込み、太一が引きずって帰って行ったのを見ていて思わず笑いそうになった。
「光輝‥俺はもう駄目かもしれない」
廊下の隅で横たわる俊哉が弱々しく自分に語りかけた。
「何言ってるんだ!まだ本番じゃないだろ‥ここで終わっちゃ駄目だ」
「ありがとうな‥でも俺には‥直視できない」
水嶋さんの衣装合わせの裏でこのような寸劇が行われているとは誰も思わないだろう。宮間さんが担当したようで、流石に仲が良いだけあって水嶋さんの良さの全てを引き出していた。
「来週からは合わせていこう。頑張って台詞は覚えて来てね」
川尻が役者班に声をかけた。体育館が使える日程は僅かしか無く、本番の日に近い日程で押さえていた。それ以外は空いている教室で行う事になっていた。本番まで残り三週間となり、少しばかりの緊張感がクラス内に漂い始めていた。
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