第33話
土日は自ら考案した新メニューの人気ぶりを体感した。やはり途中でごまドレッシングが足りなくなり、慌てて買い出しに行ったりと自分としては悪くない疲れ方だった。嬉しい事にアルバイトや社員も休憩の賄いでそれを食べてくれていた。他店でも大好評だと店長から嬉しい報告もあった。
教室の扉を開けると、何やら人だかりができていて、時々歓声も上がっていた。覗いてみれば川尻を囲むように集まっていて、川尻が何やら結構な数の資料を机に重ねていた。
「えー!俺かよ‥」と平良が声を上げた。
「平良がぴったりだと考えた。配役はご覧の通りでいくから宜しく」と資料を配り始めた。その資料には「スポットライト」と大きく書かれている。これが演劇のタイトルらしい。その下に物語のあらすじが書かれていた。
「クラスに馴染めず学校に行かなくなった主人公の平良。オンラインゲームで自分の存在感を示す毎日だったが、ある日いつものようにゲームをしていると、突然ゲームの中に吸い込まれてしまう。操る側の時は強気で活躍していたものの、いざ自分が動く側になると全く何もできずにいた。そんな平良だったが、生き残るためにも自分を変えるためにも奮闘する。」
そう書かれたあらすじを読んで、どこか身近に感じるものがあった。全くこの主人公と同じだという事ではないのだが、自分を変えようとする境遇には近いものがあった。
「陽一!役名がそのままじゃねーか」
川尻は微笑みながら「当たり前だ。主人公は平良なんだから」と軽く返答した。
「他の配役の人も了解してね。衣装や小道具、大道具なんかも相談した通りで!人材豊富で助かるよ」
そう川尻が言う通り、衣装担当には宮間さんを始めとした衣服類に強いグループ、小道具と大道具には物作りの専門学校に行く面々を中心に揃っている。俊哉は太一と同じ照明と設備に配置されていた。ちなみに自分は「黒子」と書かれていた。一応舞台には出るが「役者」ではない立ち位置だが悪くない。誰だか分からないのなら恥ずかしさも無いだろう。役者には用意された台本がそれぞれ川尻から渡されていた。自分にも黒子用としてしっかりと用意されていた。もちろん台詞は一切無いが、動きなどがしっかりと書かれていた。考えてみればこの短期間にこれだけ綿密に用意しているのには驚いた。
「まあ、ぐだぐだ三十分やってしらけて地獄みたいな時間過ごすんならちゃんとやった方が良いよな」と笠原の言葉に一同共感していた。確かに適当な事をやり、三十分間何一つ盛り上がらずに、やがて見ている生徒達は雑談を始め、など考えただけでも恐ろしい。そして川尻のこの頑張りに泥を塗るのも許されない。川尻の見事な頑張りがクラスの後ろ向きだった三十分間の出し物に対する考えを変えた。
「よーし各班それぞれ打ち合わせを始めてくれー」と大杉先生の一言で、各班が集まり話し合いを始めていく。黒子の六人はそれぞれAからFまである中から役割を決めた。自分は黒子Aになった。よく見ると割と出番が多い黒子だった。円滑に話し合いが進むのは川尻の用意された資料あってこそだった。川尻はそれぞれの班を回りながら手帳に記していく。衣装や小道具大道具は必要な材料をメモしていき、衣装作りに必要な役者の体の採寸まで行った。考えてみれば時間はあまり無い。作成が必要な班はかなり慌ただしくなるだろう。
「俊哉と太一はどんな事やるの?」
「ん?ああ、劇中の照明だな。俺らは前半部分、設備は道具準備とか幕引きとか。まあ楽だな」と呑気な事を言っていた。
「あんまり重要じゃないね。黒子の方が忙しいよ」
「いやいや。太一だってミスできないよ?結構肝心な役目だよ」
しかし太一はあまり理解していないようだった。
「黒子!集まれ!」
「は、はいー」
オンラインゲーム内で平良の仲間役の城島に襟を掴まれ連行される姿を、俊哉と太一は哀れそうな顔で見ていた。学校生活最後の一大行事が動き出した。
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