第24話

夏休みの疲れを癒す間も無く、すぐにテストが行われた。苦手な数学こそ頭を抱えたが一応それなりには出来たはずだ。クラスのあちこちから嘆きや溜息が溢れ、夏休みは終わり学校が始まったんだと実感させられた。


「おい体育祭の明日決めるんだとよ」

俊哉が窓の外を見ながらノートで顔を煽ぐ。まだ九月という事もあり気温も三十度を超えていた。

俊哉と太一とは、以前の平良の件を夏休み明けに謝罪し、二人も自分達が許可した事だからとそれ以上の蟠りはなく済ます事ができた。テスト勉強も三人で行い、その後は結局ゲーム三昧となった結果が数学のテストの出来栄えに直結した。俊哉が言った通り十月に体育祭、そして十二月には学園祭も控えている。流石に自分も分かってきたのだが、両方とも例年通りにはいかないのだろう。


「あー‥体育祭の種目を決めまっつ」

翌日の体育祭の種目決めの時間、やはり前に立つのは慣れないせいかいきなり噛んでしまった。学級委員の役割としてこういう場ではしきらなくてはならない。


「決めまっつだってよ」

本田の揚げ足取りにクラス中で笑いが起きる。これがまた恥ずかしい。


「決めまっつ!ああ何で‥決めます!」

言い直さなければ二度目の笑いは無かったはずだ。紙を見ながら黒板に行われる種目を書いていく。一人につき二種目への参加がこの学校の決まりとしてある。去年は綱引きと長縄跳びという大人数での種目で姿を眩ましていたが今年はなんと長縄跳びが無い。代わりに入ったのが男女混合リレーという名の二十人で行うリレーだ。男子と女子を半々で編成し、リレーを行うという種目だ。これが発表された時は大いに沸いた。編成の仕方は人数さえ守れば自由、つまり作戦次第で勝負が決まる種目なのだ。


あっという間にほとんどの種目が埋まり、自分は綱引きともう一つ何か選ばなければならなくなっていた。運動は嫌いではないが得意ではない。球技大会を経て改めて不向きである事は承知していた。


「渡部、リレー出るだろ?」

本田がやる気十分と言わんばかりの表情で恐ろしい事を言い出した。


「いや‥無理無理‥無理です」

「無理が三回出てきたぞ。見てみろ」

本田が黒板を指差すと、残っている種目は借り物競走、障害物競走、そして男女混合リレーだった。よく見ると二人三脚に俊哉と太一の名前がいつの間にか書かれており、二人の方へ視線を向けるとわざとらしく逸らされた。


「あいつら‥」

「どうすんだ?」

それなら大人数に紛れるリレーの方が良いかもしれない。他二つは場合によっては長丁場になる可能性があると思い、渋々ながら頷くしかなかった。


「よっしゃ渡部委員長がアンカーやるってよ!」

大声で発表するとクラス中からどよめきと拍手が起こった。とりあえず拍手に対して三度頭を下げておいた。しかしすぐさまとんでもない事に気付いた。


「ままま何?何て?」

「え、渡部アンカー何でございましょうか?」

「アンカー?アンカー?いやいやアンカーってアンカー」

本田は落ち着けと頭をばしばし叩き、勝手に黒板に書かれたリレーの欄に「アンカー渡部」と名前を記入した。慌てて黒板消しを手に取り消そうとするが、いつの間にか近くにいた城島と平良に取り押さえられ、「アンカー渡部」の文字が消える事はなかった。


結局その後、種目毎に集まり順番等を決める時間が設けられたが、両隣に城島と平良という監視の下、話し合いが行われた。自分は二十人目に走る事は確定事項のまま、順番がそれぞれ振り分けられた。男、女、男、女と素直な順番で途中まで組み、終盤は少し順序を変えて組む事になった。自分にバトンを渡すのは宮間さんだ。


「こーちゃんアンカーかあ」

休み時間、太一がそう言うと自然と溜息が溢れた。いくらスポーツが苦手でも走る事だけに関しては速い人は割といる。ただ自分は平凡な速さでありアンカーに相応しいかと言われればそんな事は全く無い。と言うより本田の今回の思いつきは流石に撤回してほしい事案だ。


「さあ最終走者はアンカー渡部。現在三位、しかし一位と二位とは差はほとんどありません。さあ今アンカー渡部がバトンを受け取り走り出しました。あーっとどうした?距離が開いていく一方だ!クラスの期待を背負い込んだアンカー渡部が‥」

「やめ!やめろお!」

俊哉の実況が妙に現実味があり、耳を塞ぎ机に顔を突っ伏した。ここ最近、自分に自信が多少付き、内面も少し成長したかと思いきや、ここに来て以前の自分が舞い戻ってきた。球技大会前のようなあの胃がきりきりする重圧が再びのしかかる。


「練習しよう」と太一が言う。

「そんな急に変わるかって‥」

「いや、練習するぞ」

「だからそんな‥え?」

突っ伏した顔を上げるとそこにはリレーの面々が仁王立ちしていた。太一と俊哉は気まずそうに縮こまっている。今は昼休み、次の時間は体育。なるほど、うってつけと言う事か。

半ば強引に外に駆り出されて改めて順番を確認する。何度聞いてもアンカーは自分の名前だった。

陸上部だった相楽さがらによるバトン渡しのやり方から、少しでも速く走るためのフォームなど、入念な指導が行われた。


「渡部ー手足揃ってるぞ!はっはっは!」と相楽が笑う。

フォームを意識すると何故か手足が揃ってくる自分とは違い、男子も女子もそれなりに走れるメンバーだった。宮間さんが女子にしては普通に速い事に一番驚いた。


「私バレー部だったんだけどよく走らされたんだよー」と球技大会の活躍ぶりの答え合わせとなる経歴を聞いた。


「渡部君、遅くないんだから大丈夫だよいけるいけるー!」と非常に軽い言葉と、遅くないんだからという、決して速くはないけれどという隠語が含まれた激励を胸に、懸命に練習に励んだ。いつの間にか自分以外の全員が自分一人の走りを見守るようになり、まるでプロのスカウトに注目されている選手のような気分を少しだけ味わえたような気がした。体育祭まであと二週間と少し、その前にアキレス腱が切れないかが心配だ。

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