第23話

夏祭り以降、特に城島達と過ごす事は無く、相変わらずアルバイトや親戚が来て家で過ごしたり、俊哉と太一と遊んだりとそれなりに夏休みを満喫していた。そんな八月の下旬、暇を持て余している所に俊哉から誘いが来たため太一の家へ。エアコンで冷えた部屋に感謝しつつ、俊哉の顔を見て思い出した。


「そうだ、ほら」

スマートフォンの画面を俊哉に向けると、俊哉の目が二倍に開いた。

「ほおおお!渡部さんこれ‥」

夏祭りの夜景を背に写る、浴衣美人三人の写真だ。我ながらこれは良く撮れている。


「すげー!水嶋さんが着ることで浴衣の方が水嶋さんのおかげで映えてるぜ」などとよく分からない高評価の後、そのまま土下座の体勢に入った。


「く、ください」

「よく考えたら俺もリスクあるよこれ。万が一バレたらさ」

「渡部様!」

床に頭を擦り付けるように懇願する俊哉の肩を叩き、二度頷いた。

「友よ!」と葉月さんのように抱きついてきたがやはりあの時のように高揚感は無い。無くて当たり前なのだが。


その後、太一が「アイス食べたい」と言い出し、コンビニへ行く事になり、日差しがまだ強い外に出て自転車を漕いだ。日に照らされたサドルが熱を帯びており、時より立ち漕ぎになってしまう程だ。


「戻ったら戦地出るか」

「ラジャー」

今、世界で多くのプレイヤーがいるスマートフォンアプリ「ウォーガンオンライン」というゲームがある。そのゲームで広大なマップで起きる戦いに参加する事を「戦地に行く」という言い方をする。時間があっという間に過ぎるくらい楽しめるゲームだ。コンビニの店内は太一の部屋同様に冷えていて、汗がすぐに引いた。いつものようにソーダアイスの中にバニラが入ったアイスと飲み物を買った。そのまま外でアイスを食べるがすぐに溶けてしまう程、今日も暑く今年の夏は長そうだと思った。


「あれ、何だお前らか」

平良がうちわで煽ぎながらコンビニに歩きで来ていた。煽いでも熱風しか来なそうだがせめてもの抵抗なのだろう。

「あちーなしかし。アイス良いなあ」

平良が太一が食べていた八個入りのアイスを一個貰い口に入れると「んーたまらん」と頷いた。


「何か買い物?」

「ああ、ゲームしてたら喉渇いてさ」

平良の口から「ゲーム」という言葉が出た事に三人共驚いた。

「何だゲームくらいするだろ」

「いや、意外だなって」

勝手な想像だが緑一面の芝生に寝転がり空を見ている、というのが平良に相応しい過ごし方だと思っていた。


「ウォーガンオンライン‥知ってるか?」

これにも三人共体を仰反る反応をしてしまった。平良が体を前のめりにする。

「やってんのか?」

そのゲームをするためにコンビニに買い出しに来た事や、いつもどういうやり方でやっているかなど、コンビニの外で会話が弾んだ。


「なあ、今から四人で戦地行かねーか?いつも一人か知らない全国の奴らとだからさー」

これは良い案だと思い胸が踊った。四人でやればゲームとしても面白くなるし、何より俊哉と太一が平良と交流を持つきっかけにもなる。自分は迷わず了解した。これには二人も文句無いだろうと視線を向ける。しかし予想に反し、二人は明らかに苦い顔をしていた。自分には分かる。平良は感じないだろうが、以前平良達を同じような目で見ていた自分には俊哉と太一のあの表情の意味が汲み取れる。


「良いよな二人共?」

沈黙にならないよう言葉を続ける。

「いやあ‥いいよ」

「あ、じゃあ」

「二人で楽しんでよ」

俊哉と太一は自分がよく知ってるあの笑顔とかけ離れた余所余所しい笑みを浮かべていた。平良には普通の笑顔に見えるだろう。でもこれは違うとはっきり言える。


「え、悪くねーか?」

「い、いやいや。今日は突発だったし‥それなら太一と二人で行きたい所もあるんでさ」

俊哉の声のトーンも違う。慣れ親しんだ少し荒い口調も無い。太一は笑顔で頷いているだけ、絞り出す言葉も無い様子が自分には分かる。


「じゃ、そうする?」

「あ、うん」

あの顔を見てしまったら、これ以上は何も言えない。自分も馴染みがあったあの表情を、それをまさか見る側になるとは。しかも親しい二人が相手となれば複雑だ。自分の早とちりで今日の二人との時間がこれで終わってしまった。その反省も確かにあるが、何故今日の流れで受け入れないのだろうか、強要された訳でもなく普通に平良は誘ってきた。確かに困惑する気持ちも理解はできる。しかしどうして‥と平良の家に向かいながらも頭の中でその事が入り乱れる。


「え!お金持ち‥」

「ああ‥親社長だしな」

外観も驚いたが、中も高級家具を始め、平良の部屋も広く、ビリヤード台もある。ビリヤード台があるのはお金持ちの証拠、という勝手な概念があった。整った顔にお金持ち、漫画の世界から現れたような人だ。女子なら確かに惚れ惚れしてしまいそうだ。


「おいちけーよ!」

「わあ!ついうっかりー」

うっかりの後は言わないでおこうと思い慌てて言葉を飲み込んだ。その後、平良のゲームの腕が驚く程上手い事を知らされた。平良のおかげで勝てたのがいくつかあるくらいだ。


「渡部、スナイパーいるぞ。裏の窓から出よう」

「り、了解」

といったように平良先導の展開がほとんどであった。時間はあっという間に三時間以上が経過していた。

「いやー遊んだな。渡部お前、敵と対峙した時慌てんな、有利な位置に移動しながら撃てよ」

「た、確かに」

「まんまお前って感じの慌てぶりだろ」

おっしゃる通り、ゲームの中でも性格が出ていると思う。しかし改めて眺めると立派な家である。平良もゆくゆくは社長になるのだろうか。


「ならねーよ」

問いかけに対して即答だった。約束された道かと思っていたが、そうではないらしい。

「あれは親父が努力して築いたもんだ。それにふらっと乗っかるのはねー」

平良らしいと言えば平良らしい。

「その前に賢い兄貴いるし。継ぐために大学で励んでるから兄貴に任せた」


お兄さんがいた事は知らなかった。となればお兄さんが継ぐものだと思っていたが、平良家では当初からそうではなかったようだ。


「親父は最初俺に継げって言ったんだよ。兄貴と二人で呼ばれてさ。それで兄貴には俺のサポートに回れって」

「え?」

「兄貴は頭良いけど、人付き合いが得意じゃないんだよ。親父は俺のが上手くやれんじゃないかってさ」

平良はお茶を飲みながら時計を見た。

「平良君は何て返したの?」

「怒ったよ」

笑いながら話を続ける。

「何で会社のために努力してる兄貴じゃなくてやる気の無い俺を選ぶんだって。兄貴の努力知っておきながらさ、それに人付き合いなんて社会出てからしっかり身に付けるもんだろ?今から兄貴の成長を信じないで決めつけんなよってさ」

はっはっはと笑いながらお菓子を口に運んだ。普通の家庭には無い話だが、聞いていて平良という人間が良く分かった気がした。


「兄貴が泣いちまってさー、そしたら親父も泣いてんの!どうなってんだよ。」

「いや良い話だよそれ」

「まあその瞬間、俺の就職先が消えたようなもんだけどな」

再び高笑いする平良を見て、よくクールだとか言われているけど、良く話すし良く笑う性格である事が改めて分かった。以前の自分も今の俊哉と太一も彼等を外面だけで判断してしまっている。仕方ないのだが、やるせない気持ちはまだ残ったままだ。


「お前、良かったのか?」

突然の質問に何の事か理解ができなかった。

「ん?」

「今日。あいつら」

「ああ‥まあ突発だったから今日は」

平良は「そっか」と頷きながらお菓子を口に運んだ。よく見ると海外のポテトチップスを食べていた。自分の分も用意されていて、一枚食べるとこれは確かに止まらなくなりそうだ。


「まあ、あの二人は俺らとは合わないって思ってるだろうからな。俺らも今は同意見だろうし‥まあ今日来たところで楽しめないんじゃん?」

「いや‥分かってないだけなんだよ」

ポテトチップスを食べながら込み上げるものを堪えながら言葉を吐く。

「まあ仕方ねーよ。人間だもん。お前だって最初は小鹿みたいに震えてたろ」

「ああ‥まあ、上履き隠されるかと思って」

「はは!何だと思ってんだよ!」

今になって偏見だった事に当時の自分に伝えてあげたい程、彼等には確かにいくつもの誤解をしていた。平良もこうして俊哉、太一に理解を示している。その間に入っている現状に少し息苦しさを感じ始めていた。その後もう二時間ほど遊んだ後、そのまま帰宅した。バッテリーに熱を帯びたスマートフォンがポケットの中で右の太腿を温め続けていた。

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