第22話

本田は葉月さんを迎えに行く事になり、城島の提案でそのまましばらく二人で楽しんでくるという話になった。迷いが無くなった本田は快諾、感謝をしたが、本田がうろたえる姿を見たかった城島は少しつまらなそうな表情を見せると同時に、本田の短時間での変化に驚きもしていた。

残された自分達はお腹も満たされており、とりあえず歩き回る事になった。時間は七時を回っていたが、祭に訪れる人々はどんどん増えているように思えた。


「渡部君、何か本田君に言ったの?」

歩きながら横にいた水嶋さんが問いかけてくる。

「いやあ‥特別な事は何も。ただ思ったままにと言うか」

「そう」

短い返事だが、この人には「そう」が本当に合う。俊哉に言えば「分かる!」と同調しそうだ。


「渡部君が本田君を助けたのね」

会話が続く事に驚きと嬉しさが同時に湧き上がった。それほど貴重に思えるのが彼女だ。


「助けたって程じゃ‥結局は本田君次第だから」

「自分次第っていうのが人間難しいの。だから誰かが、あなた次第って発奮させる事が大切だと思う」

深い。深すぎる。この人が言うと全てが名言に聞こえてしまう。


「あの連中じゃあ‥まともな事言えないから。」

顎で指す先には城島達だ。彼等らしいと言えばその通りだが。

「渡部君みたいにまともな役割が来てくれたのは良い事だと思うよ」

決して目は合わせず前を見たままだが、本心である事を祈りつつ、心の中で飛び跳ね歓喜した。

これだけ人の気持ちを動かせる人はなかなかいないのではないだろうか。高木さんとは別の意味で、男を惑わす個性だ。


「み、水嶋さんは好きな人とかいるの?」

水嶋さんの足がぴたりと止まった。

この時、初めて自分の方に視線を向けた。と言うより体ごとこちらを向いた。


「え、ええ?ま、まさか‥」

「三神仁くん」

「み、みかみ?あ、あの俳優」

水嶋さんはまた前を向いて歩き出した。一瞬、奇跡が起きたと思った数秒前の自分を蹴りたくなった。しばらく歩き、長い石段を登り上にある神社の方に向かっていた。宮間さん言わく、この上から見る祭の明かりで照らされるこの期間限定の夜景が楽しみなのだそうだ。自分の知らなかった彼等の夏の過ごし方に加わっている事を実感する。


「あー疲れたあー那美は飽きねーなあ毎年」

「飽きないよーこの時期だけだよ?」

高木さんもスマートフォンのカメラで写真を何枚も撮っていた。

「あ」

「ん?何だ渡部」

「いや!自分も撮ろっかなーって」

「何だお前もかよー」

ふいに俊哉の顔が浮かんだのは水嶋さんの写真を撮ってくれという頼みを思い出したからだ。夜景を背景に、なんて五万円は値が付きそうだ。


「あ!撮って撮ってー!」と高木さんが宮間さんと水嶋さんを引き寄せ三人並ぶ形になった。これはこれで価値有りだろうとシャッターを押した。

一応、城島と平良の写真も撮った。本田はいないが仕方ない。最終的に、その場にいたにも関わらず自分が一枚も写っていない事に気が付いた。


「いやー良い景色!」

宮間さんがうっとりしながら夜景を見ていた。気を取り直して自分も改めて見てみると、確かにこれは見事な景色だった。屋台がずらりと縦に並び、奥に見える通りを練り歩く御神輿や街灯や提灯が素晴らしい景色を作り上げていた。日本の文化ならではの特別な景色だ。


「来年も‥みんなで見れたらなあ」

「ああ‥そっか」

高校生活は来年の三月で終わり、来年の今頃はそれぞれの進路がある。全く同じ進路になる事はまず無いだろうし、県外に出るなんて事もある。


「お前ら卒業したらどうすんだ?」城島が話を切り出した。

「俺は県内の専門学校行こうかなって」

「何の?」

「色々学科がある所、これから学科は絞る!」

平良の進学、専門学校という事はこの場にいる誰もが初耳だったようだ。と言うより互いの進路の話自体が初めての話題のようだった。どこかで卒業を意識したくない気持ちがあったのかもしれない。


「私はデザイナーになりたいから専門学校!」

「やっぱり都内?」

「お隣の県だよ。地元からは離れたくないなーって」

以前、先輩達の卒業式に日に聞いた回答より迷いが無くなっている事に気が付いた。あれから目標を固めたという事だろう。


「私は‥大学かな。医療関係に興味あるし」

水嶋さんも県内の大学を目指すという進路だった。

「俺は就職。俺だけか?現場監督やりたいし。先輩のコネになりそうだけどなー」

その後、一同の視線は自分に集まった。

「ちなみに本田はスポーツトレーナー目指すらしいから専門学校だな」

本田らしい進路予定だ。本田なら好かれるトレーナーになれそうだ。


「自分は‥正直これって定まってはいないんだけど‥」

ぼんやりだが、考えている事があった。

「人と接する仕事をしたいな‥プレゼンしたり、提案営業‥してみたり。自分が苦手な事を仕事としてやってみたいな」

一瞬だが静まり返った後、城島が舌打ちをした。


「立派過ぎてからかえねーじゃんか」

「あんた何でからかう前提なの」


途端に恥ずかしさで熱くなり、じんわり汗ばんでいた。自分だけぼんやりした目標に焦りもあったが、いつか彼等のように先を固めてそれに向かっていきたい。


「ねー見てみて!」

宮間さんが大声で階段下に向けて指を差す。みんなで覗いてみると、下から本田が女子と二人で上に登って来る姿があった。よく見ると二人の手は繋がれていた。

「きゃーロマンスロマンス!」

「那美、落ち着いて」

はしゃぐ宮間さんと正反対の冷静さで水嶋さんが落ち着かせる。


「お!お前らー」

上で見ている自分達に気が付いた本田が手を振り、繋がれた方の手を掲げる。


「てめー早く来い!また下まで蹴落としてやる!」

「へたれてたくせによー!」

城島と平良は荒れていたが、二人とも嬉しそうな表情をしていた。

「葉月いいのー?そいつ馬鹿だよ?」

「麻衣!馬鹿ってシンプルな悪口やめろ!」

それぞれがそれぞれらしい対応を見せた後、階段を登りきった本田と葉月さんは、本田の軽い咳払いの後、改めて報告する雰囲気になった。


「えーまあ、ご覧の通り」

「早く言え」

「まあまあ、俺と葉月は」

「ブザー君!会いたかったあ!」

突然葉月さんが飛びかかって来て自分に抱きついた。見た事がある。これは高木さんに通ずる行動だ。ここで高木さんと葉月さんの友人関係に改めて納得がいった。


「ブザー君‥って‥いや、はい」

「あの時ありがとうー!かっこよかった!」

顔が真っ赤になるほどの抱きつき具合に体が動かせなくなってしまった。


「ははは!良いぞ良いぞー!」

「おい葉月‥離れろ!」

「何で恩人だもんブザー君は」

下に広がる夜景と祭より明るく賑やかな場になり、その後改めて本田からしっかりとした報告があり、拍手で祝った。


「渡部」

帰り際、本田に呼ばれて振り返ると、親指を立てて「やったぜ」と言われた。


「良かった‥ぜ」と親指を立て、お返しをした。宮間さんが言っていた「来年」は、もしかしたら今年のように同じかもしれない。

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