第21話
地元で行われる夏祭りは割と広範囲で屋台などが展開される。中央広場では踊りや出し物、定期的に御神輿が町中を練り歩く。遠くからでも笛の音や太鼓の音が聴こえてくる程だ。
「来た来たー!」
高木さんが右手をぶんぶんと振り、それに応えるように駆け足で合流した。
「すんません‥」
「おせーぞ」と城島に尻を叩かれる。ひたすら頭を下げて謝罪する。五時半に集合の予定だったが、妹に自転車を無断で借りられていた事、途中の混雑で自転車を乗りながらそのまま走る訳にもいかず、自転車を押すしかなかった事。言い訳したくなるほど今日はついていない。
「こっきーありがとう!」
高木さんが飛び付いて来て、ふわっと良い匂いが漂った。
「わ!わお!」
こんな躊躇なく飛び込まれたら大概の男性は間違いなく勘違いしてしまう。いや勘違いでも良いんだ、という男性は考え直した方が良い。
「あの‥こっきー?とは?」
「え?こっきーは呼び名でしょ!」
いつ生まれたあだ名かは不明だが、女子からあだ名で呼ばれる日が来た事に、聴こえてくる笛の音に合わせて小踊りしたくなるのだった。それより女性陣は予想通りの浴衣姿だった。宮間さん、高木さん、水嶋さんそれぞれが自分に合った色柄の浴衣で身を包み着飾っている。水嶋さんは確かに写真を撮りたくなるほど芸術的であった。
「こっきー本当に葉月を助けてくれてありがと!」
「は、葉月って?」
「花火ん時女の子助けたでしょ?」
どうやらあのナンパ男に絡まれていた女性は、高木さんの友人という事であった。偶然に大変驚いたが、確かに考えてみれば高木さんと波長が合いそうな人柄だったと納得がいく。きっと葉月さんという女性も高木さん同様に、人の懐に明るくすっと入ってこれる性格なのだろう。
「全く誰かさんが目ー離すから。葉月可愛いのに何やってんだかー」
「だから‥合流する前だったんだって!」
すかさず本田が反応して言い返す。合流、という事はあの日は本田と待ち合わせをしていた事になる。そして本田と合流する前に絡まれてしまったという訳だ。本田はしきりに自分に対して申し訳なさそうな表情で見てきた。
「彼女さん、だったんだね」
本田は急に申し訳なさそうな表情から、にやけた表情に変わった。頭を掻きながら落ち着きの無い動きを見せる。
「え?いやあ彼女っつーかその、なあ?あのー」
「勝手にこいつが好きなだけだよこっきー」
「ば、馬鹿やかましい!」
本田が高木さんを蹴る素振りを見せると高木さんは宮間さんの後ろに隠れた。本田は葉月さんに片想いしているようだ。
「葉月がねー大絶賛してたよ!ブザー君に感謝しかないって」
ブザー君という聴き慣れない名前に引っかかる。
「あのー‥ブザー君って?」
「え?こっきーの事だよ!防犯ブザー鳴らして追い払ったらしいじゃん!」
城島と平良が飲んでいた飲み物を吹き出して笑い出す。
「はっは!お前!防犯ブザー持ち歩いてんのかよ!」
両手を叩きながら笑いが止まらない様子だった。景品くじの屋台で当てたという理由もあまり笑いを止める糧にはならなそうなので、伏せておいた。宮間さんはもちろん、あの水嶋さんもこちらに背を向けているが間違いなく笑っているのが小刻みに震えている肩を見れば分かる。ただ本田だけは悔しそうな表情を浮かべていた。好きな相手が危ない目にあったのは自分のせいという自責の念があるのだろう。
「こっきーにべた惚れだったからなあ」
「え!え?え?え?」
「うっそーん」
「麻衣てめー!」
賑やかな追いかけっこがしばらく行われた後、平良の「いい加減にしろ。腹減った」という言葉でその場から動き出す事になった。
目につく屋台でひたすら買い漁る彼等らしい回り方だった。宮間さん、水嶋さんは落書き煎餅を頬張り、高木さんは男子に混ざって広島焼きを口いっぱいに入れていた。自分は楽しみにしていたりんご飴をじっくりと眺めて、いざ口に入れようとすると「渡部、ありがとうな」と本田が小声でお礼を言ってきた。
「いや、たまたま遭遇して、たまたま防犯ブザーがあったから」
「すげー偶然の連鎖だな。あ、悪い食べて良いぞ」
本田に許可を得てりんご飴を舐める。一年振りのご褒美に気持ちは舞い上がる。どんな食べ物もそうだが、食べ終わりが近づくと切ない気持ちになる。りんご飴は自分の中でその一つだ。
「すっごい幸せそうー」
至近距離に宮間さんの顔があり驚くと、前歯にりんご飴が直撃してしまった。
「あが!」
地味な痛さに思わず前屈みになる。
「あはは!ごめんーだって仏みたいな顔で食べてるからさー」
「ほ、ほとけ?」
すると宮間さんは軽く手招きをした。それに従い立ち上がると「かき氷買いに行こ」と言い、城島達から一旦離れる事になった。宮間さんは青色に花が描かれた浴衣を着ていて、正直通常時の三割増しで可愛いと思った。高木さんも水嶋さんも同様であり、浴衣という装備の偉大さを知った。
「ブルーハワイありますかー?」
無色の氷に青色のシロップがたっぷりとかけられる様子を楽しそうに宮間さんが見ている。続いて自分はコーラのシロップを頼んだ。無色の氷に茶色のシロップがかけられた後、宮間さんがスマートフォンを取り出して二つのかき氷の写真を撮りたいと言い出し、二人でカップを並べた。
「渡部君の茶色かー映えないなあ」と意地悪な言い方をされたが、実際に撮った写真を見せてもらうとその通りであり、隣に写ったブルーハワイに申し訳なく思えた。
「うー頭痛い!」
かき氷特有の頭を刺すような痛みに二人同時に襲われた。「くっやめろ!黙れ!」と頭を抱えていると「え、え、どしたの?」と宮間さんが驚いた。
「あ!いや!何か!はは」
思わず俊哉達とアイスを食べている時に頭が痛くなった時の我々お決まりの「脳内に宿るもう一人の悪い自分が悪い問いかけをしてきた時」への反応の真似、これを宮間さんの前でもやってしまった訳だ。顔は熱く頭痛もひいていた。頭からかき氷をかけてほしいくらいだ。
「え、大丈夫?今の何?アニメ?」
「いやあ‥何だろなあもう一人の自分ごっこ?みたいなあ‥」
二回ほど頷いてくれたのは理解は出来ないが分かってあげようという宮間さんの優しさだろう。
しばらく無言のままかき氷を食べる時間が続き、宮間さんが口を開いた。
「本田君、本当に葉月ちゃんが好きなんだよー頑張ってほしいな」
空のかき氷のカップを見つめながらそう言うとゆっくりと立ち上がった。
「麻衣もからかってるけど、葉月ちゃんに探り入れたり応援してるんだよ」
「へえ‥でも二人で花火行くくらいならうまくいきそうだけど‥」
「まあねー。本田君次第かなあ。ああ見えて奥手なんだからー遊び誘うのも何度も躊躇しちゃって平良君が無理矢理電話したんだよ最初!」
あの本田がそうなってしまうのであれば、恋愛というのは難しいのであろうと他人事ながら思った。自分はまともに恋愛に触れた事は無く、いざ直面したら本田ですらそうなるのであれば自分なんか爆発してしまいそうだ。
「気持ちを動かさなくちゃだからね。好きな人の」
確かにその通りだ。気持ちが相手に動かなければ好きにはならない。本田の気持ちは葉月さんにしっかり向かっているが、葉月さんの気持ちが本田に向いているか、という事だろう。
「うわー盛り上がってるー」
城島達の所へ戻ると、本田を中心にして何やら賑わいを見せていた。
「いや待って待って!」と本田が抵抗しているが平良達が体を取り押さえている。どういう状況か自分と宮間さんは理解できずにいると、水嶋さんが解説をしてくれた。
「葉月ちゃんが私達と合流する話になったの。麻衣に葉月ちゃんから電話が来て今の状況話したら、合流したいってなったみたい」
「ふーん、で、本田君は何であんなにテンパってるの?」
本田は取り押さえる平良達を振り払うのに必死だった。
「二人きりにするって話になったんだけど、本田君がああだから。今日告白しろって話にもなってる」
「えー!大丈夫ー?」
「さあ?彼次第じゃない?」
肝心の彼は完全に混乱していた。あのままではまともな応対も難しいだろう。
「情けないったらー葉月に断り入れるよ?」
本田はぴたりと動きを止めた。
「あ、来てほしいんだ!わかりやすっ」
城島が大笑いし、本田の肩を叩いた。
「二人きり、どーしますかっ?」
本田は腕を組みながらしばらく考え込んだ後、顔を上げた。
「お願いします。ただ‥告白は分からん!自分のタイミングでいきたい」
「その頃には元号変わんじゃねーか?」
「変わったん最近だろ!そんな引っ張らないから!」
本田は大きく深呼吸し、少し散歩がしたいと言い残してその場を離れた。その後ろ姿は不安を漂わせていた。
「大丈夫かあいつー」と城島が焼きそばを食べながら首を傾げた。
「渡部、そうだこれ。お前の知り合いの焼きそばの屋台だぞ」と手に持った焼きそばを見せてくれた。目玉焼きが乗った美味しそうな焼きそばだ。
「青海苔の代わりに目玉焼きだってよ」
「ええ‥手間とコストが」
「だよなあ。そこまでして青海苔嫌うかね」
城島が食べる姿を見て、自分も食べたくなってしまい買い出しに行く事にした。ついでにと平良から綿あめを頼まれ、屋台の方に向かうと、一人端の花壇に腰を掛ける本田の姿があった。焼きそばの屋台の知り合いに挨拶をし、焼きそばを二つ買い、平良の綿あめは後回しにして本田の隣に自分も座った。
「これ、良かったら」
「おお、いいの?」
本田はお腹が空いていたのか、あっという間に焼きそばを食べ切った。
「うま!お前の知り合い天才かよ」
食べ終えた容器を見ると、細かいキャベツも無く本当に綺麗に食べてあった。
「いやあ‥こえーわ」
本田から話を切り出した。いつも爽やかで元気がありムードメーカーの本田が見た事の無いくらい自信を失っていた。体を揺すりながら落ち着かない様子でもある。
「結構二人で遊んだりできてさ、仲良くやれてんだけど‥なんつーかそれまでで進めねー」
その次の段階となれば「告白」だろう。成功か失敗かの二択しか無い最後の段階だ。
「ふられたら‥なあ?終わりじゃん?」
軽い言葉はかけられないせいもあり、慎重に言葉を探した。その時ふと、宮間さんとの会話を思い出した。
「告白は‥無理かあ」と星が広がった空を見上げながら弱々しく言った。
「いや‥言うべきかも。」
本田は驚いたようにこちらを見ていた。
「言わないと、葉月さんも気持ちが動かないんじゃ‥ないかなって」
本田は考えるように上を見た。自分の言葉の続きを待っているかのようだった。
「あの、もしだけど‥本田君が誰かから好きって言われたら‥その人に対して考えたり、返事がどっちでも気持ちはその人に対してその時は向いたり考えたりするでしょ?」
本田は少し考えてから頷いた。
「ようするにー‥好きって言ってきた子に対して付き合うかーとか、そう思ってたのかー嬉しいけどーみたいな事か?」
自分は大きく頷いた。本田と同じく首を縦に振った。
「だから本田君が葉月さんにもし好きって言えたら‥葉月さんは本田君の事を考えるし、もし‥本田君の事を意識していなくても、好きって言われたら今までの事を思い返してー‥意識するかも、とか‥」
宮間さんが言っていた気持ちの動き、それを本田に伝えたかったのだが自分が恋愛未経験のため、上手い伝え方ができず必死になっていた。
「だからー‥言わないともちろん進まないし、時間が経てば友達のままだし‥葉月さんに違う相手ができたり‥」
本田はそれは困ると言わんばかりの表情をする。しかしその後、何か決心したように凛々しい顔を見せた。
「そうだよな‥確かに」
「仮にその‥駄目だったとしても、引くか続けるかは本田君次第だし、一度駄目でも二度目三度目で気持ちが変わる事もある‥かなって」
頭がぐちゃぐちゃになり要約した言葉をそのまま最後に伝えた。
「気持ちを動かさないと‥ってやつ」
本田は一息ついた後に迷い無く立ち上がった。釣られて立ち上がると肩に手を回された。
「まさか渡部に背中押されっとはなあ!」
いつものあの爽やかな笑顔だ。周りを元気にする嫌味の無い本田が自分の隣にいた。
「行ってくらあ。サンキュー渡部。」
「うん。自分は平良君の綿あめ買わないとだから」
「女の子用のキャラクターの可愛い袋の買ってけよ平良には」
そう言うと背中をばしっと叩き、みんなの元へ戻って行った。綿あめを買いに行きながら、本田が言っていた「お前に背中を押された」の言葉に足が思わず止まった。あの本田の背中を自分が押した?以前では全く考えられないような他人への貢献だろう。それがましては本田のような人が相手となると尚更だ。
あの日から「踏み出す」と決めて今日まで取り組んでいたが自分が本田にした事は「本田が前に進むための後押し」であった。自分が踏み出した事で縁が無いと思っていた本田達と親交を持ち、そんな本田の背中を押して不安に陥っていた本田を立ち直らせた。とんでもない事をしたような感覚になっていたが、自分も必死に本田のために言葉を探していた様子を振り返ると、友人としての当たり前の後押し、という事に気が付いた。この時、自分の成長具合に嬉しさを感じつつ、彼等の元へ戻った。
「綿あめは?」
「え?ああ‥」
平良が唐揚げの串を手に追いかけて来た。
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