第17話

「これより、種目サッカーの決勝戦を行います」

マイクでアナウンスされると体育館内は大声援が湧き上がった。これが球技大会の最後となる種目であり、自分にとっても高校生活最後の球技大会だ。もちろんコート内にいる自分以外の人達もこの試合が最後になる。そして最後の円陣を組み、優勝に向けた誓いを本田が述べた。


「絶対勝つぞー!」

「おおー!」

「よーし!」「よっしゃ!」などそれぞれの発奮の言葉と共に定位置につく。自分が迷いなく円陣の掛け声に応じた事に少し驚き、それと同時に楽しんでいる気持ちにも改めて気付けた。卓球という個人種目には無いチーム競技、初めてそれに加わり関わった事、全てが新鮮であり何もかもが純粋で新しく感じていた。そんな充実した気持ちを早くも現実が切り裂きにやってきた。


試合開始のホイッスルと同時に、相手クラスのエースである井川が鮮やにドリブルを開始、狙いは自分だった。足を出してみるが難なく躱される。賢明な平良、笠原の守りで先制は逃れたものの、その後も確実に自分が狙われた。それを補うために味方がこちら側に集中したところ、空いてしまったスペースが狙われて多田が絶妙なパスを出し、直後に観客を大いに沸かす先制ゴールが生まれた。

喜ぶ多田の姿を皮肉にもこのような形で見せつけられた。


こちらも前川が、平良のシュートがゴールキーパーに弾かれたのを押し込みすぐに同点に追いつくも、またしても自分に向かって攻めてくる相手、何もできない自分に対する焦り、そしていつしか恐怖心も芽生え、自分で自分が哀れになる展開が続いた。観衆からうろたえる自分を見てか大笑いが起きたり恥ずかしさも増していく。そしてそんな自分を味方が補っているが、消耗も相当激しいだろう。やがて二点めを献上した後、自分も味方が攻める際に思い切って走り出し、本田からパスを受けた。しかし慌ててしまい明後日の方向にボールを蹴り出したところで前半終了のホイッスルが鳴り響いた。あっさりしていたが自分には長い拷問を受けたような、絶望感すら自分の中で感じるほどの苦痛で残酷な時間だった。


それぞれのクラスの場所に休憩へと向かう際、多田と目があった。まだ試合は終わっていないが、勝ち誇った顔を向けられた。それだけではなく、何もしていない自分に対する哀れな目線まであった。試合前に勘違いして舞い上がっていた自分に対して「お前は違うんだよ」と改めて言われたような気分だ。


作戦を話す本田達の声が耳に入らない。一人だけ輪に入っていない状況に懐かしさを感じていた。これが本来の在るべき自分の立ち位置という事なのだろう。


「外してください」

話を割るように口を開いた。というより自然に口が開いた。みんなの視線が集中した。


「外してください」

改めてそう頼んだ。勝ちたいのならそうするべきなのは誰もが分かっているはずだと思う。彼らは顔を見合わせた後、本田が口を開いた。


「却下」

「あ、わ?」

意表を突かれすぎた結果の声の漏れである。しかし却下される理由が見えない。


「いや、だから‥」

「駄目だ交代は無いぞ」

勝利を目指すなら交代がどう考えても必要だ。ますます頭が混乱した。


「いや、何も‥何もできていないから‥」

「だから、だよ」

城島がそう言うと平良も頷いた。

「お前は何もできてない。だからこそだろ。何もできてないのに交代って‥逃げんなって話」

「逃げんな」という一部分の言葉が突き刺さった。

「言ったよな?多田に勝てって。このまま逃げたらお前そのまんまだぞ?俺は嫌だね!」

自分が逃げようとしていた事に言われて初めて気が付いた。自分ではクラスが勝つために、なんて気を遣ったつもりだったが、結局惨めになる自分に気を遣っただけだ。周りのためではなく自分のためにだった。根っからのこういう思考は染み付き自分の一部になっている。今年から変わろうといくら踏み出してみても、いざ追い込まれたら長い付き合いである自分の性根には及ばない。しかし気付かされる事があったのは踏み出した自分の行いがあったからこそ。例年と違う種目への参加や交流がそんな今の状況を生んだ事に違いは無い。


「で、もう試合は出ないんか?」

平良の呼び掛けに対し、不思議と躊躇いが消えていた。

「パ、パスはやめてください」

「は?」

自分なりに決勝までの道のりを思い出し、自分の技術の低さ、才能、それらと向き合えばパスをもらうなんて事はやめた方が良かった。


「自分にしか、できない関わり方があるから、頑張ります」

平良達は不思議そうに顔を見合わせたが、すぐに何かを察したように「分かった」とだけ言った。


「じゃあ後半、行きますか」

本田の一言で立ち上がる。見守るクラスメイトからは激励の声が次々と届いた。

「渡部」

「あ、何?」

「勝とうな」

城島が微笑みそう言った。何気ないそんな言葉を彼の様な人にかけてもらう日が来るとは、勝手にこみ上げてくるものがあった。きっと城島にとっては何も無いただの一言。自分にとっては仲間として見られている貴重な言葉として受け取れた。


「勝たせます」

「え、お前が?」

「あいや、勝たー勝ちま‥」

後半の開始を告げるホイッスルが吹かれた。

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