第16話
一試合一試合を終える度に膝が笑い酸素を吸い込む回数が増していった。太一が心配そうに水分を渡してくれたり俊哉がへらへらしながら自分の試合中の奇行について指摘したり思い出し笑いしたりと好き勝手にしていた。全てが終わった後に俊哉の自転車をばらばらにしてやろうと企てていた。
「あー面白い。そしてこれを見よ」
俊哉が差し出した紙には「速報」と書かれていた。
「現時点でのサッカーの個人成績だ。城島が得点王」
確かに城島の名前が一番上にある。確かにあれだけ決めていれば得点王であってもおかしくない。
俊哉が指差す先には「アシスト王」と書かれていた。何と現時点での一位はあの多田の名前が書かれていたのだから驚いた。
「え、多田?」
「見てないのか?実際びっくりしたぞ。あいつ普通に上手いんだよ」
確かに多田がバレーにもバスケットにも卓球にも出ていない事は知っていたがサッカーでこれほどの活躍をしていたのには驚かされた。
「で、その二つ下」
俊哉が指す先には「渡部光輝」の名前があった。アシストランキングの三位に自分の名前がある。多田の一位より驚いた。ちなみに二位は本田だ。
「アシスト?覚えがないけど‥」
「体中に当たったボールが城島達のゴールに結びついてるのをしっかりカウントされたんだろ。尻に当たって城島のアシストしたあれが一番傑作だよな!」
はははと高笑いした俊哉に反応はせず、速報が書かれた紙を見つめた。決勝は確かに多田のクラスだ。多田とはよく何かあるなと変な縁を感じていた。
「間も無くサッカーの決勝戦を開始します。両チームは準備に入ってください」
女子の声でアナウンスが入り、重すぎる腰を上げた。コートの中では自分のクラス、多田のクラスが練習を始めていて慌てて自分も加わった。視線を感じて振り返ると多田がこちらを見ていた。
頭を下げてみたが案の定そっぽを向かれてしまった。
「お前、多田に嫌われてるよなー」
前川が後ろから肩を組みながら言う。
「ああ、まあ、大嫌いかと」
「勝っちまえよ」
「へ?」
「多田に勝っちまえって。へこへこする必要なんてないだろ。同い年なんに。勝って胸張っちゃえ」
そう言うと前川は再び練習に加わった。多田に勝って胸を張れという前川からの言葉、思い返せば誰かに勝ちたいなんて思ったり言われたりした事があっただろうか。自分なんてと勝手に後ろに下がってばかりいた自分のこれまでを振り返ると、初めての心意気になる。気付けば自分の中で高まる何かがあった。今までに無い熱いものがあった。自分が思っている以上に今日の決勝まで来れた事、アシストランキングにあんな哀れな形であれ名前があった事、自分をなんだかんだで戦力として使い続けてもらえている事。多田に勝てと言われた事。
「今日、大事な日になるかもしれない」
練習の音に掻き消された独り言を胸に、練習に加わった。邪魔をせずに何とかやり過ごすという大会前の目標からクラスの優勝に少しでも貢献、そして多田に勝つという今までに無かった自分の初めての戦意を胸に宿した。
「おっかない顔してるー」高木さんが言う。そこまで強張っていたかと我に帰った。
「良い顔してた。」
水嶋さんからの貴重なお言葉だ。不思議と今までの変な緊張感が無い。
「あの、頑張ります」
「頑張れー」
「頑張って」
集中しているのが自分でも理解できた。宮間さんが隣に来ていたのも気が付かないくらいだった。
「お、期待できる感じ。でも気を付けてね。」
「気を付ける?」
「うん。だって渡部君、体に当たりまくって痛そうだし」
危うく集中が切れそうだった。この宮間さんの言葉に思い出す事ができた。
決して戦意を持って集中しても、実力が上がる訳では無い事を。
「無事に‥戻ります」
試合前に気付けて良かったと心から思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます