第15話

逆転に向けた城島の最後のシュートがゴールの縁に当たり僅差で敗れたバスケ。虚しく床に弾むボールが寂しさを物語っていた。それでも準優勝という立派な成績で終えた事は大変立派なものである。こうして我が校の球技大会は様々な感動を呼び幕を閉じ、という訳にはいかなかった。

頭頂部に刺さる日差しが今日の最高気温の予報通りになりそうなほど、朝から強かった。向かう足取りは非常に重く、食事もあまり喉を通らない程不安に襲われていた。


「おっはよーエース!」

「あ、おはよう。ってエースって‥」

間違いなく本気でエースだとは思われていない事は流石に分かる。城島、本田、平良に預けて自分は一回でもまともなパスを課題に考えていた。


「でもさー凄い練習してたじゃん?あの‥」

隣を見ると自転車の籠に顔を突っ込むような勢いで笑いを堪えていた。思い出し笑いの原因はいくつも心当たりがある。だが不思議と自分では一つも笑う事が出来なかった。


「ちなみに‥どれが一番笑えたの?」

ようやく顔を上げた宮間さんが答える。

「え、あの、コサックダンスのやつ‥くく」

再び笑い出す宮間さんを横目に、自分の愚かさに気が付いた。

「実は‥あれが唯一出来てると思ったフェイントなんだけどな」

「あ、え、でも‥ふふ、活躍してね!ふふ」

これ以上は宮間さんが保たないと思い、ペットボトルの水は常温か冷たい方かという苦し紛れの会話にも真剣に持論を交えながら語ってくれた。結局、冷えていても水なら良いやと気付いた時には常温になっている事が多い、これが結論として一致した。


球技大会もいよいよ大詰めとあり、クラスごとに円陣が組まれ掛け声を合わせるなど自分には発奮するどころか、酸素がうまく吸えなくなるような状況に陥った。


「こうちゃん息吸えてるー?」

太一の方を口をぱくぱくさせながら向くと酸素ボンベを口にあてる素振りをされた。

「いや、やばい」

「あちーのに鳥肌立ててるぞこいつ」

俊哉の指摘通り、腕には鳥肌が立ち奥歯もぶつかり合い音を鳴らす。しかし額には汗が浮かび上がり、身体はもう自分では制御が難しくなっていた。間も無くサッカーのメンバーは召集がかけられた。本田を筆頭に各自のポジションが告げられた。自分は最初から出るメンバーに加わっていた。果たして勝つ気があるのだろうか。


初戦は二年生のクラスだった。後輩にあたる訳だが情報によればサッカー経験者が二人いるとの事で、こちらの経験者は今でも社会人チームでやっている笠原、同じく経験者で本田。この二人だった。しかし城島、平良、木元も運動神経は抜群であり、大道芸人のような動きをする自分が混ざったある意味でのオールスターチームだった。


「いつでも準備しとけよ渡部!」

笠原からむせるほどの強さで背中を叩かれながら円陣に加わった。


「おい震えすぎだ!」

平良の腕に自分の震えが伝染した。

「武者震いかーいいね!」

伝わらない事は悲しい事だと円陣の中で痛感した。敗戦を告げる際に吹かれる非情なホイッスルは、自分には試合開始を告げる今吹かれたものだった。


開始早々に自分以外はまるで早送り再生かのように機敏に動き出した。風のように相手が自分を躱して行き、あっという間に先制点を奪われた。喜びに溢れる二年生チームを、ゴールキーパーの木元が悔しそうに見つめている。自分の足元を見ると、試合開始から全く動いていない事に気付いた。

「渡部ー視界に入れ」

笠原が独特な声掛けをしてきたが、これは妥当な指摘だろう。今まさにコート上の置物だ。

すでに試合は再開された。本田が敵陣まで切り込むが、ボールを奪われてしまい、また二年生のサッカー経験者がドリブルで攻めてくる。

自分の右、二メートルくらいの位置まで来ようとしていた。

「渡部ー視界に入れ」と先程の笠原の言葉が浮かんでいた。

相手の視界でも良いのだろうか。と思いつつ、右に大きく踏み出してみた。


「わああ!」

ほとんど正面衝突の形で後ろに吹き飛んだ。

「渡部ナイスだ!」と転がったボールを平良が拾い攻め込んでいく。急いで体を起こしてとりあえず周りに付いていくように走り出した。

城島が右足を振り抜き鋭いシュートを放った。

ガンという音を立て、ボールは惜しくもゴール上部のバーに当たりゴールにはならなかった。

しかし跳ね返ったボールは意味も無く走り込んでいた自分の目の前に現れ、まるで巨大な手に顔中を平手打ちされたかのような衝撃が走った。


「ぶ!」と哀れな声を出した自分はそのまま視界を失い気付けば相手のゴールの中に飛び込んでいた。耳鳴りがする中、湧き上がる歓声は間違いなく自分に向けた笑い声だろうと思い、このまま突っ伏して試合終了を待とうとした時だった。


「渡部!取り返したぞ!」

「ナイスヘッド!」

体を抱えられた時に、ボールも自分と同じくゴールに入っていた事に気付いた。


「あの、えっと」

「お前が決めたんだぞ!よく詰めてたなあ」


スコアボードには一対一と記されており、ここで確信した。奇跡が起きたようで、跳ね返ったボールは自分の顔に直撃した後、ゴールに入ったと言うことを理解した。しかし湧き上がった歓声の中の七割は笑いであった事は重々承知だ。

顔全体がひりつくのを堪えてその後も試合に出続けたが、一切目立つ事は無かった。


試合は同点のまま後半を迎えた。あの得点の後は邪魔をしないよう存在を消していたが、攻め続けられる情勢を見ていると、どうやら自分が加わらない事で一人少ない状態と全く同じになっていた。「視界に入れ」と言われた言葉が脳裏に浮かび上がり、本田がドリブルで駆け上がる横に入り込んだ。


「います!」

息を切らした本田がパスを出す。教わったようにボールを止めようと足を出すと「来てるぞ!」と本田が声を上げた。すぐ近くに相手がボールを奪いに来ていた。

「うわー!」

するとボールを止めようとしていた足に擦りもせずに、ボールは股の間をすり抜けて行った。


「な!」相手も思わず声を漏らす。偶然にも股をくぐり転がった先には走り出していた城島の足元に転がり着いた。


「ナイススルーだ!」

そのまま城島は自由に駆け上がりシュートを放った。それは綺麗にゴールネットを揺らした。

続けて守備の面でも急に視界に入る作戦が見事にはまり、その分床に倒れ込む展開は逃れられないが、労いの声を掛けられるのが嬉しかった。決して手を差し伸べてはもらえなかったのだが。


ボールを持っている平良が自分の方に顔を向けた。これは間違いなくパスが来る。次は必ずと意を決していたが、平良のパスは足元ではなく浮かしたボールだった。


「あぐ!」

ボールがみぞおち辺りに当たり方向を変え斜め横に飛んだ。普通では難しい位置に偶然のパスとして成立した。

「よし!」前山がそれを拾い、笠原に繋ぎ鮮やかな連携で再び得点が生まれた。そしてそのまま試合は終了となった。

この時、一つの誤解が生じた。


「渡部が絡めば試合が動く」という事。そして事実がもう一つ。まともにボールを蹴ったり何もしていないという事。この偶然の珍事がまさか決勝まで進む事になるとは、この時考えてもいなかった。

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