第14話
上から一年間待ってましたと言わんばかりに太陽が力強く陽を降り注がせるようになった七月、額の汗を拭いながら球技大会に向けた練習を行う生徒が大勢いるこの時期は、過去二年間を振り返ると何もせず成すがままに本番を迎えていたのが自分だ。
それに比べて今は視界が歪むほど息を切らしてサッカーボールという言うことを聞かない球体をひたすらに追いかけていた。
ゴールキーパーを逃れられたものの、正直そちらの方が自分としては荷が軽かったかもしれない。
基本の基の字もない足元もおぼつかない自分のプレーを見て時折起きる笑いに心を痛めていた。ただ自分でも糸が絡まった凧のような動きをしているのだろうと想像すると噴き出しそうになったが、自分で自分を笑う哀れさだけは回避するために必死に堪えた。
「いいか?パスを出すにも足を止めんな。横に動いてパス!」
「あ、横に動いて、あれ?」
「ははは!ボールも一緒に行くんだよ!」
このように本田が教えてくれるのだがその度に何かしら笑いを生んでしまうこの場にはいらない笑いの才能にサッカーの才能までも吸収されたようだった。
思えば太一と俊哉に卓球ではなくサッカーへの登録を告げた時、驚きの後に寂しさを感じた。
彼らが言った「出世だね」の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。ともかく出世した結果が笑い者では流石に心苦しいため、必死に練習には取り組んだ。すると本番直前の頃には、わざわざ自分を見に来る人がいるくらい人を笑わせる選手として成長していた。
「いやあ何て言うの?トリッキーな動きってやつ?」
城島が肩で息をする自分に爽やかな表情で褒めた。褒めたという事にしておきたかった。
「案外いいかもしんないな」
同じくサッカーの種目で出場する笠原と前山、ゴールキーパーの木元が頷いた。ただ目は思い切り笑っていた。少しは上達したと思い込んでいたが、言わばマイナスからの上達のため、やっとゼロの位置に来たというところか。
外では雨が降っており体育館の屋根を打ち鳴らしていた。ありがたい事に気温は下がっていたが、この雨が本番当日に体育館の中で降って中止になってくれたらどれだけありがたいか、常識を覆す祈りを捧げた結果、無事に本番当日を迎えてしまった。ついでに外もしっかり晴れていた。
初日から生徒達は活気に溢れていた。クラスそれぞれのTシャツを作成して士気を高めて当日を迎えている。高身長の平良がバレーボールで活躍を見せ、後輩の女子生徒からの黄色い声援を浴びている頃、太一と俊哉と三人で体育館の二階の隅でひっそりと観覧していた。
「卓球は明日だよな?明日もここに張り付いて二人を見守るよ」
「よせやい。優勝しちまうだろ」
良いとこ二回戦の俊哉が優勝はまず無いだろうとは分かっているが、この二人と一緒に出場しない事への寂しさを見守る事で少しでも埋められたらという気持ちがあった。
慣れない動きでまだ治らない筋肉痛の箇所を手で摩りながら、高く跳びスパイクを決める平良を静かに見ていた。
「お前クラス委員長だろ?声出さなくて良いのかよ」
「こうちゃんこんな所いたら駄目だよ」
「やめてくれ。それに誰も気付いていないだろ」
ちょうど真下の位置で多田が中心となってクラスへ応援を送る姿を敢えて視界に入れないようにしていた。本来ならあの姿が自分の成すべき行いだとは頭では分かっている。
「それならそうと練習はしなくて良いのかよ?あんな風に」
俊哉が指す先を見ると、隅で壁を相手に黙々とラケットを振る曽根の姿があった。
「い、いつから?」
「開会式終わってからずっと」
曽根が意外にも熱いのを知った直後、下から湧き上がる歓声の方へ目を向けると仲間達に囲まれて歓喜を示す平良の姿があった。円陣を組み喜びを表現するクラスとは別に陰でこっそり時間を過ごすなんともな姿だがこれが例年通りであった。二階の開けたから窓から時より入り込んでくる風が気持ち良く思えた。
結局そのままバレーは我がクラスが優勝を手にする結果になった。平良自身も新たなファンを獲得したであろう大活躍に、二日目の今朝早速二年生の女の子から連絡先を聞かれていた。
「渡部、今の子どう?」
「あえ?いや、ど、ど真ん中近いです」
正直、自分の好みを絵に描いたような外見をしていた。もう少し背が小さければ、なんて贅沢な注文は心にしまっておく。自分なんかが言う権利は微塵も無い。言ったところで「あんたに興味無いから!」が返ってくるだろう。
「団体種目は点が高い!今日も勝つぞ!」
大杉先生の大きな掛け声に合わせてバスケ組が練習を始めた。卓球はバスケと同時スタートなため、応援に来る人はほとんどいない。だからこそ最適な種目であった。かと言って手を抜けばクラスへの加点は無い。この学校の球技大会は種目の順位によって点数がある。総合で一位を取れば賞金は出ないがトロフィーと名誉が与えられる。
昨年は惜しくも二位であった為、燃えているのであった。
試合開始早々に本田、城島が躍動する。城島は経験者なためパスが良く回ってくる。それを確実にこなすあたり黄色い歓声を浴びるに相応しかった。しばらくすると卓球の方からも歓声が上がった。
「ソネイチやばいな」
曽根が卓球部相手に圧勝。もともと卓球部が相手の場合はハンデがあり、スマッシュの禁止、三点先取が選べるのだった。それでも実力差は当たり前にあるのだが、曽根はそのハンデを一切受けない。しかもそんな曽根の前に無情にも卓球部員はまるで強豪を相手にしたかのように敗れた。相手は呆然とするしかなかった。
太一、俊哉も初戦は突破。続く二回戦は太一が圧勝し、俊哉も二年連続の二回戦負けを払拭するように二回戦も突破した。これで加点が少し増える。クラスの役には一応立てたのが正直羨ましかった。
「問題が一つある!」
俊哉が真剣な顔で声を張った。太一も何やら深刻な表情をしていた。
「クラスの連中が見に来るかもしれない」
三回戦の時間帯はバスケの出番が無い。何より曽根にかかる期待が大きく、ギャラリーが増えるのは必然に近い。
「お前らも感じろよ。プレッシャーを」
二人とも揃えたかのように溜息を吐いた。その心配通り、クラスのほとんどが二階へ集まり卓球を見届ける事になっていた。
太一は野球で言う三球三振で相手のサーブを三回連続で空振り。俊哉は卓球台に手をぶつけのたうち回り観衆を笑わせた。
一方で曽根は全く追い込まれる事なく勝ち上がり、気付けば準決勝まで勝ち進んでいた。
「いやお前ら頑張ったよ。得点も入ったし笑いも取った。文句無いだろ?」
「ま、まあ、お役に立てたならはいー」
二人の肩を組んでいた城島の労いが脅しに見えるような反応を二人がしていた。後ろから見たら完全にそう言える絵面だった。
その後もバスケは二試合を勝ち進んでいよいよ準決勝に進出していた。
既に曽根が卓球の準決勝を始めていて、相手は学級委員を務める卓球部の副部長、江口だった。江口は曽根をライバル視している事でも有名で、何かと曽根と張り合う傾向があった。残念ながら今は自分が学級委員を務めているため、曽根からかなりの格下げな相手という事か、自分には全くそんな素振りは見せてこない。
「すげー互角じゃん」
初めて曽根が今大会でリードを許していた。表情を全く変えないあたり曽根らしい振る舞いだ。
その直後、曽根の動きが大きく変わった。先程まで受け身で隙を突く卓球から、やたらと攻め込む卓球に変えた。予想外だったのか江口が防戦一方に流れが変わっていた。
「な、なんか変え方がソネイチらしいかも」
太一が言うと曽根のスマッシュが決まり、逆転で決勝進出が決まった。敗れた江口は最後の部活かのように卓球台に伏せて涙を流していた。確かに三年生の今を考えると曽根とは最後の試合かもしれない。ただここまで入れ込むのは少し理解がし難いと思っていた。自分以外もおそらくは。
バスケも曽根の活躍同様、逆転での決勝進出を決めた。決勝の相手は多田のクラスだった。
「そういえば多田って何に出んだ?」
俊哉が疑問を投げかけるも我々が知る由も無い。バスケにも出てはいなかった多田は今日までひたすら応援側に回っていた。
卓球はバスケより先に決勝が行われた。クラス全員が駆けつけて曽根に声援を送った。返し返されの接戦で両者引かない試合に二階は大盛り上がりだ。
相手は卓球部の部長であり、卓球部の面々がクラス関係無く声援を送った。
そして結果、試合を制したのは部長だった。クラスの人よりも卓球部から大きな拍手と歓声が上がり、敗れた曽根はそそくさとその場を去った。
なんとなく曽根の後を追って行くと振り返り自分に気が付いた曽根が言った。
「あれが見たかったんだ」
「あっと‥どれ?」
タオルで汗を拭いながら説明をしてくれた。
「部の誇り、威厳を部員の前で守って戦う部長。まさかの初心者に追い込まれるも最後は勝って賞賛を受ける。彼は大会以上の集中力を発揮したかもしれないね」
「わざと負けたの?」
曽根は頭を振った。
「まさか!本気さ。終盤なんかもっと面白くなるように実力以上の力が出たよ。盛り上がってたでしょ?」
こんな楽しみ方をしている人物は曽根しかいないだろうと確信した。
「曽根君、いや曽根さん。」
晴れた空を見上げた。雲は無く快晴な綺麗な青い空を見つめた。芸術のような空を目に焼き付け、やがて曽根に目を向けた。
「明日のサッカー、代わりに出ませんか?」
曽根は微笑み、自分の願いが通じたと疑わないほど、それは優しい神様のような微笑みだった。
「足は器用じゃないんだ。渡部君、明日は盛り上げてくれよ。優勝のために」
体育館の中では大歓声が響いていた。
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