第13話

あの全校朝礼の後はと言えば、思いの外あまり騒がれる事が無かった。それはそれで大変ありがたかった。俊哉と太一も一時的には話をした事も無い人に話しかけられたりする事もあり困惑していたが、我々の話の膨らませ方、話術の無さが際立ちすぐにいつもの日常に戻った。俊哉、太一だけは。


「美味いじゃん!あ!写真撮ってないー」頭を大袈裟に抱える高木さんが言う。ここは以前、自分と城島が二人で来た喫茶店だ。そこに行きたいと言い出した高木さん、宮間さん、平良、そして自分と城島でこの店に来ている。目の前に置かれたいちごパフェのアイスの部分が少し溶けかけているのに気付いた。


「おいなんだ食えよ」と言いながら平良が目の前の苺をスプーンですくっていった。


「いや、期間が空くと」

「なんの?」

最後に彼らと出かけたのはゴールデンウィークの前だ。今は六月の中旬、自分からしたら久しぶりとも言える彼らとの交流は慣れなんてものはなく緊張感がやはりあった。


「苺無くなったぞ」

いつの間にか三個乗っていた苺が無くなり、平良の口の周りは赤くなっていた。


「手癖がわりーなお前」

「だって食わないんだもんこいつ」


右手でまだ熱いままのコーヒーを口に、苦味がすっと広がる中、カップからスプーンに持ち替えてパフェのバニラをすくっては口の中へ。贅沢であり至福の甘みがコーヒーの苦味と喧嘩せずに仲良く交わった。

無数のシャッターの音に気付くと彼らのスマートフォンが一斉にこちらを向いている。


「やばいよ今の顔!あはは!」高木さんが体を揺すって笑う様子を見て、これは今後に繋がるネタを提供してしまったと我に返った。至福は何処かに行ってしまった。


「え、あ、なんかミントが生えてるんですけど」

削られたバニラアイスに無数のミントの葉が添えられていた。


「苺のお礼に俺達のミントあげる」平良が言う。

なるほど。律儀なものだ。冗談と捉えて良いのか見境がつかないあたり、馴染むには時間がやはりかかりそうだと思った。


「いやいや平良君も苺パフェじゃん!」

宮間さんの突っ込みに一同笑いが起きた。


「あ、もしかして、今のみたいに俺が言うの待ってました?」

その自分の発言に平良が少し困惑気味に首を傾げた。


「いや、別に‥ん?」

「ああ‥」


顔が火照り頭を抱えるしかなかった。

「どしたどしたー?」高木さんに肩をばしばしと叩かれるが顔が上げられない。そんな役柄は求められておらず、舞い上がった自分が情けなく思えていた。


「今渡部君の頭に頭にバニラアイス置いたら一瞬で溶けそうだよー」

宮間さんが楽しげに笑う。

「お前が俺と漫才やるなんて早いぞ!」

「もう全部食べてください‥」

平良の前に差し出すとあっという間に食べ尽くされてしまった。


「挽回のチャンスをやるぞ。何か言え!」

崖っぷちな自分に石を放るような振りをされたにも関わらず、頭に浮かんだ渾身の一言をお見舞いしてみた。


「た、平良が‥たいらげた。」

カシャンとスプーンが容器に当たる音に体がびくっとなった。


「お前‥」

「あ、殴らないで‥」

「ちょっとやるじゃん!」



今思えば千円札を叩きつけて逃げ出したくなるようなくだらない洒落だがどうやら起死回生となったようで安心した。

「こりゃやられたわ」と平良が今日の会計を持つ事になった。店内は夕方の時間帯であり混みだしたのを見て店を出る事にした。


「そういや球技大会あんじゃん?渡部お前サッカー出ろよ」

城島の唐突な提案、というか圧力を加えたような指令に背筋が伸びた。毎年、太一と俊哉と三人の枠と決まっている卓球に今年もエントリーするつもりでいたからだ。サッカーは体育館の中で行われる七人制のルールだ。我が校では球技大会が三日間行われており、初日はバスケット、二日目はバレー、三日目がサッカーであり最終日を飾るサッカーは目玉種目だった。

城島、本田、平良は掛け持ちでそれぞれバスケットかバレーに出場し、サッカーには三人共出場がお決まりだった。

卓球は二日目から行われ、決勝トーナメントが三日目に行われていた。


「いや、卓球‥」

平良が遮るように言葉を被せる。

「いやいや大丈夫だ!お前いつもすぐ負けんじゃん?たまには勝とうぜサッカーでな」

キーパーをやらされてひたすらシュートを浴びた後に味方からも暴言をぶつけられるのではないかと思うが、そんな心配は他所に気付けばサッカーのメンバー入りが確定したように話が進んでいた。


「卓球は大丈夫。三人目はソネイチに任せとけ。あいつ中学同じだったけど、卓球部の副部長に素人ながら勝った男だぞ。吹奏楽部のくせに。」

城島が微笑みながらソネイチと同じ中学という初耳な情報を提供してくれた。


「じゃあ決まりじゃん渡部君!四点がノルマね!」

中途半端であり高難度なノルマを笑顔でを課す宮間さんに怪しい未来が見えたところで、何も言えない部下のごとく頷くしかなかった。


まだ陽が沈み切らずいよいよ夏が来るという帰り道、城島達とは別れて宮間さんと二人になっていた。昼間なら汗だくでとんでもない水分の消費をしそうな展開だが、不思議と会話は続いた。


「楽しい?」

「え、今、え?」

「私達といる時間」


思い返せば彼女らといた時間はどこか緊張感が自分の中だけに漂っていた。気を遣っていたのも事実。しどろもどろだが言葉にも気を付けていた。とても素直な自分、太一や俊哉といる時のような自分ではなかった。それでも彼女らの空気感と発言に普通に笑えてた自分がいたのも事実だ。


「もしかして、私達と絡むのも踏み出す事が必要だった?」

「え‥」

宮間さんが見せた表情は、いつもの笑顔ながらどこか寂しげな部分も見えた。彼女らの領域に入るため、自分を殺して踏み出して、無理に過ごしたか?


「いや‥引き込んでくれた‥と思ってる」

宮間さんは何も言わずにこちらを表情を変えずに見ていた。胸ぐらを掴み建物の陰に引きずりこむような形ではなく、「ちょっとこいよー」と引かれたようなそんな感覚だ。


「確かに、なんか、慣れてないし‥いつもあんな賑やかな事無いから‥だから変な被害を受けるような失礼な想像したりしちゃうけど‥」

「あはは!何それ!」


「でも‥楽しいですよ。踏み出した、というより引き込んでくれてる?というか」

「オラ来いよー!みたいにね?」

ああ、うん。と頷くとまた宮間さんは弾けるように笑った。彼女はよく笑う。


「城島君達も面白がってるけど意地悪な気持ちは無いよ!じゃなきゃ渡部君を誘わないし」

面白がられているのでは、という予想はここで的中してしまった。


「凄いね。」

「す、凄いって?」

背中を優しく叩かれて姿勢を正した。それに宮間さんが噴き出すのを堪えていた。


「ちゃんと踏み出して変わってきてるじゃん渡部君。なんて言うかー勇気があるよ」

勇気があるなんて親にも言われた事が無い。自分に関わりがない言葉が自分に向けられるとこうも歯痒くなるものかと実感した。


「凄いにやけてんじゃん!」

下唇で必死に耐えるが口元がひくひくと緩むと宮間さんはお腹を抱えた。


「あー面白い!涙出てきた。」

思えば彼女がくれた「踏み出す」というきっかけが日常をぐるりと変えている事、その事に今初めて感謝の思いが小さく芽生えている事に気付いた。


お礼をと思ったが宮間さんが帰る方への分かれ道に辿り着き、その気持ちはそのまま外には出る事なくそっとしまい込んだ。

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