第12話

緊急に開かれた全校朝礼の開催は、ゴールデンウィークが空けた初日だった。その知らせを朝、担任の大杉先生から告げられた際は何も思う事はなかったのだが、その後すぐに大杉先生の視線ではっと気付く。俊哉と太一にも同じような緊張感が漂っていた。教室では次々と連休の思い出話が飛び交い、非常に賑やかな空間となっていたのだが、三人には異様な空気が包み込み、迎えたくない全校朝礼へと重たい足を運んで向かうしかなかった。もちろん、体育館までの道中に三人の会話は無い。


「ゴールデンウィーク、いかがでしたか?私は嫌がる妻を誘って登山に行きましたが、妻のが先に頂上に着いて下山も先を越されました。悔しくてリュックに入れていたチョコレートは一人で食べました。私は小さな男です。」


どうでも良い。申し訳ないがそれしか返事が出てこなかった。笑い声が起きるのを待っているかのような間が空いたが、校長先生の希望は叶わなかった。咳払いで自ら間を埋める校長先生に、同情の気持ちが湧いた。


「チョコレートはロッテ」

めげずにコマーシャルを挟んだところでざわざわした生徒達を見て校長先生は少し満足したような表情を浮かべた。何故か教頭先生は感慨深そうに頷いていた。


「本題に入ります。私が山に登って妻の足を引っ張っている間に、勇敢な四人の生徒が小さな命を救いました。」

今度は校長先生のチョコレートのコマーシャルの数倍のざわつきが起きた。俺は今だけはせめて存在を消す事にした。間も無くその存在を浮き彫りにしてくれたのが校長先生だ。


「渡部君、西君、山中君、多田君。前へ登壇してください。」

「おお!」といった歓声が上がり、自分が立ち上がると「またあいつか!」と更なる歓声が上がり、いつの間にか拍手が起こってしまった。まだ何をしたかも説明されていないはずなのだが。

帰宅部の自分が二回も全校朝礼で前に出るなんて普段部活動に取り組む皆様に申し訳ないとまで思った。


「お前やるやん!」

本田の声と共に両足の膝の裏を叩かれた自分は綺麗に膝をくの字に曲げてその場に正座してしまった。

周りからは笑い声が広がり、大杉先生が少し怒った表情で早く来いと手招きしている。膝がじんじん痛むもなんとか前へと進んだ。


「た、多田君にに任せよう」

太一も俊哉も力強く頷いた。迫る壇上、多田はもう階段を上りきりこちらに少し目をやった。横目でちらりと見ては真っ直ぐ前を向き、良い姿勢で校長先生の元へと向かう。対して我々は民衆の前に晒される罪人のように背中を丸め下を向きながら校長先生の元へとゆっくり向かった。


「チョコレートの話続けてくれよお」

太一がぼそりと言った。俊哉が少し吹き出したがすぐに冷静になった。多田はこういう場に慣れているせいか全く動揺せずに全校生徒にしっかり顔を見せている。自分達は一歩後ろで床の木目を眺めていた。ワックスの艶が真新しいのは、この連休中に清掃でもしたのだろう、などと普段は全く気にしない所で発見ができるなんて意外と自分は冷静みたいだ。


「さて、彼らはですね。バーベキューを楽しんでいたところ、偶然にも子供の水難事故に居合わせたそうです。君達‥一緒にかな?」


「違います」


多田は即答で否定した。よほど仲間に見られたくないようだ。


「あーそうなのか。」

校長先生は少し言葉を詰まらせた。


「こちらも偶然居合わせたって事ですね。えーそして力を合わせて、なんとホースを体に結んで川の中に入り、男の子を無事に救出したそうです。素晴らしい!」


自分達に向かって大袈裟に拍手を送る仕草を見せると教員達、そして生徒へと拍手が伝染した。自分も俊哉も太一もますます萎縮してしまった。多田だけはしっかり頭を下げて、声援を全身で浴びていた。早く鳴り止み下へ降ろしてくれと心の底から願っていたのは自分だけではないはずだ。


「ん?多田君何かあるかい?」

多田が小さく手を挙げて、何かを訴えていた。それがマイクだと分かった校長先生はそのまま握っていたマイクを多田に渡した。

ここで多田が高らかにヒーロー宣言をすれば、特に我々が注目される事などなく、「さすが多田君」で終わるはずだ。一歩後ろにいる取り巻き三人組は多田のついでに拍手をもらう。それで良かったのだ。


「この度は、このように壇上に上げていただき皆様からの暖かい拍手まで頂きました。」


多田は丁寧にそう述べる。やはりこういう場は慣れているというのが分かる。このまま多田が主役で終われば本望だ。


「しかしそれは僕が受け取るのは間違いです。その資格は僕にはありません。」


深々と頭を下げる多田を「ちょっと貴方何を」と言わんばかりの表情で見つめる我々三人。

多田は頭を上げて話を続けた。


「僕は‥やめろと言いました。この三人に対して。理由は‥自分の為です。何かあった時にその場にいた自分、学校の名誉の為に。男の子を助けようとするこの三人に僕は怒りもしました。」


静まり返る体育館内、まさかの展開に誰もがまともな反応ができず、多田の次の言葉を待った。


「自分の身の危険に臆せずに男の子を助けようとする彼らに、自分の事だけを考えて止めに入り、何かあれば学校を責任を取って辞めるとまで言わせてしまいました。そんな自分には‥この場で讃えられる資格はありません。」


そう言うと多田は全校生徒、校長先生、そして自分達に頭を下げ、やがて壇上から降りて行った。

取り残された三人、何故か多田に渡されたマイクを握りしめた俺は、満を持して太一に渡した。


「いやいやおかしいよ満を持しての使い方!」

「太一、いけ」

俊哉が無責任な後押しをして太一の背中を押す。

太一は諦めたのか大きな溜息をついて少し前に出ると思いきや、俺のズボンのポケットにマイクを入れた。


「いや何してん!」

「あのー‥いいかな?」


横にいた校長先生の存在を思い出すと共に、生徒からも笑われている事にも気付いた。

たらい回しのマイクは自分が今は持っているため、止むを得ず挨拶するしかなかった。


「た、た、多田君が来てくれなかったら‥どうなっていたか、わかりません。この二人にも感謝、してまあす。あの、その、当たり前の事、しただけなので‥ありがとうございます‥」


太一と俊哉は素早く一礼して壇上から降りようとしていた。慌てて追いかける後ろで校長先生は「あー」と言いながら逃げて行く我々を見送るしかないようだった。


「拍手をお願いします」

何度目かの拍手を浴びながら定位置に戻る。太一は耳まで真っ赤で漫画のように湯気が出ているように見えた。

ただ悪い事で目立っているわけでは無いのだが、やはり我々には苦行に近いものだった。


教室まで戻る道中は、城島と本田に両隣から挟まれての質問責めだった。両肩に手を乗せられて救出劇を聞いては「はー」とか「おーおー」など正直話していて少し気持ちが良くなる反応をしていた。ただ頭に入っているかまでは分からない。


「あんた結構勇気あるんだね」

水嶋さんがぼそっと言うと何故か気持ちの高まりがあった。あまり経験の無い高まり方だった。


「わかるぞ?今のお前が感じている不思議な高揚感ってやつ?」

本田が耳元で言う。

「あの、これは?」

「さゆ姉が褒める。世界が変わる。分かるだろ?」

俺は大きく頷いた。

「それが、水嶋さんの武器だと思います!あ‥」

「え、な、何?」

水嶋さんが怪訝そうにこちらを見ている。また自分は言葉に出してしまったと悔やんだ時にはもう既に本田と城島は隣から逃げていた。

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