第9話
「え!ソネイチじゃないの?」と他クラスの学級委員達にこれでもかと驚かれた。
この学校には学級委員に任命された後、各クラスの学級委員との顔合わせという時間がある。多目的室にて行われた顔合わせは、自分以外は全く変わらない顔ぶれであり、適任の人物が引き続き務めていた。当然、我がクラスも曽根が出てくると思われていたが、いきなり入ってきた自分に「ここは学級委員の顔合わせの部屋だから違うよ」と追い出されそうになるほどだった。
「今年は文化祭もある年だから色々忙しいと思います。三年間の集大成だからこのメンバー中心に頑張りましょう。」
仕切り役のこちらも秀才の隣のクラスの学級委員、多田が話し合いの締めにそう述べた。
文化祭。俊哉と太一とコソコソと他校の女子を眺めたり隠れてゲームしたり、本来なら文化祭を終えるまでいつも通りに目立たず過ごすつもりでいたが、この立場上そうはいかなくなってしまった。他クラスの学級委員からはひそひそと話をされたりと正直良い気はしなかった。まあ気持ちは分かるのだが。
曽根が何を思い自分を推薦したのか、正直な理由はちゃんと聞いていない。ただ曽根は決して悪気があるようには見えず、実際にかつての自分よりは今の方が良い行いをしている事が事実だった。
「城島を倒した男」と「曽根を蹴落とした男」の二つの称号が校内を駆け巡る。そんな事が出回るなんてここは平和な学校なんだと学級委員として鼻が高い。しかし自分を学級委員として他のクラスの学級委員はあまり受け入れてはいない様子が今の自分にとって年間を通しての問題になってしまいそうだ。
まあ自分自身が受け入れていないのだから当然だとも言えるのだが。実際に曽根を捕まえて何故学級委員ではないのかを聞かれている様子を見た事がある。しかし曽根の回答はあやふやだった。
こうした光景が自分にもかなり不安となりのしかかる。曽根に対しての疑問も膨らむばかりだ。
月に一度、学級委員で集まり議論や報告や意見を交わす時間が設けられているのが三年生の学級委員としての役割だ。こうして秩序を保とうとしている。顔合わせしたばかりだが四月の後半という事で召集がかかった。
「各クラス、意見はどうですか?」多田から向けられた質問は、ボランティア活動の内容に関する意見だ。各学年、年に一度ボランティア活動をする伝統があり、まあ大概はゴミ拾いなのだが一応案を持ち寄る話になっていた。俺も流れに逆らわず、ゴミ拾いを提案するつもりだった。しかし、発表開始早々に異変に気付いた。
「うちはクリーン作戦の他、交代制で小学生の登校時の見守りと挨拶などの案も出ましたよ。」
「こっちも例年通りだね。クリーン作戦が一番やりやすい。花火とかイベント後にやろうとか出ましたよ」
え!案って自分の、自分だけの案じゃないのか‥心の中で無情にも自分の失意の念が響く。まさに協調性、これまでの過ごし方が露呈した結果だった。
そりゃクラスで取り組むのだから分かるでしょ。そう言われても仕方ない。ただ自分からしたらこんな経験無いし自分だから仕方ない‥そう思うしかなかった。クラスの案として話してしまおうか?悪い自分が顔を出した。いや正直に言おう経験不足だと。
頭の中の葛藤はやがて周囲の視線により中途半端なまま終えることになった。
「えー‥渡部君のクラスは?」
怪訝そうに見てくる多田は自分の苦手な部類だ。こいつは確実に自分を見下しているだろう。そうはさせまい。と挽回したいはずが、自ら目線の下に潜り込むような失態だ。
「すみません、あのですね‥僕のしか」
「はい?」
「僕の意見しかありません!」
何故、思わず立ち上がってしまったのだろうか。恥ずかしさと悔しさが体を支配している。
「あの‥クラスの意見は聞いていないと?」
「ません!すみません」
気持ちも体も縮こまっていくのが彼らにも見えているだろう。沈黙が刺さる。
「いや、あのね。クラスの代表って、君が代表して君の意見を述べるんじゃなくて、君が代表してクラスの意見を述べるんが正解なんだよね」
嫌味な言い方も今の状況には相応しく自分にグサグサと刺さる。樽に剣を刺すあのおもちゃなら、自分はもう吹き飛んでいる。
「ソネイチはそうやっていたよちゃんと」
この一年間、何回曽根と比較されるのか。憂鬱でたまらない。
「じゃあまあ、例年通りクリーン作戦で進めましょうか」
「はい」
蚊帳の外とはこの事だろう。トボトボと廊下を歩いていると、中庭にいる曽根の姿が目に入った。
俺は自然とそちらに向かった。曽根は自分に気付くなり、腰掛けていた位置から少し横にずれて自分が座れる場所を作ってくれた。察したのだろう。
「多田、うるさいでしょ?」
自分は首を振った。
「いや、俺が悪い‥できない」
曽根からの返事は無かった。しかし自分はもう続けるつもりはなく、曽根に戻ってもらうつもりだった。
「お願いなんだけど、あの、やっぱり替わってくれないかな」
まだまだこの時期なら交代も問題は無いだろうし、曽根に戻った方が多田を含めた学級委員達も喜ぶだろう。しかし曽根の返事は俺と同じだった。
「できない」
正直、少し苛立ってしまった。曽根にできないはずがない。勝手に推薦して不向きな俺にやらせて、今までやっていたのに急にできないなんて理不尽だ。そう思いはっきり曽根に言おうかと言葉を頭で組み立てた。
「俺は、渡部君みたいな勇気が無い。」
「あ、え?」
予想の範囲外の言葉に少しお尻が浮いた。
勇気とか、ゲームの中でしか誉めてもらった事がない。
「どういう意味?」
曽根は少し目を細め、ゆっくり話し始めた。
「俺、みんなが学級委員に相応しいとか色々言ってくれて、正直少し天狗だったわけじゃないけど‥なんか当たり前になってて」
曽根みたいな人が天狗になんて、少し驚いた。でもあれだけ絶賛されたら誰だってそう思うかもしれない。
「渡部君、前にひったくり犯と戦ったじゃん?」
「あ、まあ、戦ったって程じゃないけどね‥」
そこまで立派な立ち回りはしていない。ただがむしゃらに動いただけで、漫画やドラマのような格好良さは微塵も無い。
「凄かった。あの時見てて渡部君の勇気に感動した」
あのソネイチが俺に感動した。そんな事があり得るのかと舞い上がった。しかしすぐに俺は反応した。
「ん!あの時見てて?」
曽根は力無く頷いた。
「見てただけ。俺は何もできなかった」
曽根があの現場を見ていた事に驚いたが、同時に曽根の見た事の無い表情にも驚いた。いつもどこか嫌味の無い自信を持っているような曽根だったが、今ばかりは何か不甲斐無さや様々な感情を混ぜたような、そんな表情だった。
「助けないと、そう思ったんだけど‥びっくりするくらい体が動かなくて」
それは無理もない。実際俺もそうだった。
「声も出ないんだよ。無意識に隠れちゃっててさ。ただ早く終われなんて事も考えててさ」
「いや‥」
「でも渡部君は違った。びっくりした‥よく助けに出れた。」
次に曽根の口からこんな言葉が飛び出した。
「あんなのヒーローだよ。」
頭の中にはガチガチに震えながらひったくり犯と向き合う無様なヒーローが浮かんだ。というか自分だ。
「俺はさ、クラスのみんなが色々言ってくれて‥リーダーに相応しいとか持ち上げてくれて。でもいざって時に、本当に前に出なきゃいけない時に、逃げ隠れする男だったんだよ」
「いや、あんな状況は」
「でも、渡部君は前に出た。」
曽根の真剣な眼差しが刺さる。元はおみくじから得た行動、なんて言えないし色々と内訳が失礼に値する気がした。しかしあのおみくじがあったからこそ、あの場面で前に出れた事は事実。そして何より、助けたい気持ちが前面にあったのももちろん事実だ。
「あの渡部君の勇気を隠れてた俺から見たらさ‥とてもじゃないけど、みんなについて来てなんて言えない。クラスの代表なんて名乗れない。渡部君を見て少し自惚れていた自分の本当の弱さに気付けたよ」
自分は何も言えなかった。自分の行いが人の心を動かした事なんて今まで無く、自分へ向けられた言葉がまるで他人に向けられているかのように、自分の事ではないような言葉ばかりだからだ。
「君が間違いなく学級委員に相応しい。俺は渡部君についていきたいから」
そう言うと曽根は立ち上がり、「じゃあ」と言って去っていった。残ったのは口を半分開けた自分だけだ。曽根が自分に託した理由、あの日の俺を見ていた事、そして曽根の心を動かした事。
自分の踏み出した一歩が人の心に響いた事が何よりの驚きだった。
ただ思えば曽根に任せれば大丈夫、と今までクラス中で当たり前のように曽根に任せたりしていた事もある。ある意味無責任な事をしていた自分が今、曽根に不満など言える立場ではないと気付いた。
「でもやはり‥多田は苦手なんだけど」
誰にも響かない虚しい独り言だった。
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