第6話
授業中、辺りから聞こえるひそひそ声に囲まれながらの時間を過ごした。隣のクラスからわざわざ様子を見に来る生徒もいた。なんだこの慣れない状況、そしてこの注目度、しかも活躍したとか誰かを救ったとかそういった注目ではない。
城島誠也に頭を下げさせた。この理由である。
あの直後、城島は「また後で」と自分の席に着き、真相が分からないクラスメイトは余計にざわついた。
「光輝、どうなってんだ?」と太一が詰め寄る。
「いや、まじで変な理由じゃないんだよ。後で話すけど」
「こーちゃん実は強い?」
「俊哉ー俺はそんなんじゃ‥」
説明する暇も無く大杉先生が教室に入って来たため、うやむやのままだった。
話が進んだのは昼休みの時間だった。
「ちょっといいか?」
賑やかな昼食の時間を過ごす教室が一気に静まり返った。
城島のリベンジマッチか?なんて声も聞こえた。
自分自身、周りの空気に呑まれて恐怖心が膨らんでいた。太一、俊哉はご愁傷様と掌を合わせていた。帰還したら覚えてやがれ。
連れられて辿り着いたのは廊下の階段下にある僅かな空間だ。階段によって周りからは見えない。校内で付き合っているカップルに「わりいちょっとどいてくれないか?」と場所を譲らせるあたり城島の存在感だった。
「あの‥弟って知らなくて」
「改めて、この通り。悪かった」
朝と同様に城島は頭を下げた。二度目でも信じられないような光景だった。
「いやいや、謝らなくても!てか殴らないの?」
「え、何で殴るんだ?」
確かに何で進んで殴る提案をしているんだと思った。兄として弟の誤ちを謝罪しているのだろう。
「あいつ馬鹿なんだよ。つっぱり方を間違えてんだ。あれじゃ、どんどん惨めになるだけなのによ」
ちょっと城島を見直した。もともと変な目で見ていた訳ではないが、やはり見た目からして偏見を少なからず持っていたのは事実だ。少し申し訳ない気もしたが、周りもそう見ている人が多いだろうと思う。
「あの婆さん、俺も世話になってよ」
「うええ?ま、万引き?」
「ちげーよ!タダで菓子が食えて世話になったぜ!って意味じゃねーよ」
偏見がこういう発言を招く、そしてノリ突っ込みまで頂き感謝した。調子に乗って繰り返したら本当に殴られそうだ。
「前だけど学校サボってさ、暇だからあの店入ったら怒られてさ。このお菓子は預かっておくから学校終わったら取りに来いって。ちゃんとやるべき事が終わってからご褒美として食べるから美味しいんだってよ」
なるほど。あのお婆さんらしい叱り方だ。甘やかさず、だけど優しいやり方だ。
「色々話も聞いてもらってさ。俺が本格的にグレなかったのはあの婆さんのおかげかもな。それをあの馬鹿野郎が」
「ま、ま、まあまあ。一応、大事にはならずだしい。」
はあ、と溜息をつく城島だが、兄として弟の生き方を心配するあたりあの弟君がこれ以上の犯罪を起こす心配は無さそうだと勝手に安心した。
これ以上の長居は校内の噂を膨張させるだけだと気付いた自分は、早々に切り上げることにした。
そう告げようとした矢先、城島が口を開いた。
「お前放課後、なんかある?」
「な‥なんか?」
「あー予定だよ予定」
予定は特に無いが、何故予定などを聞くのかすぐにぴんと来なかった。
「何も無いけど‥なんで?」
「あー」と頭を掻きながら目線を逸らした。
「お礼してーから帰んないで待っててくれ」
耳を疑った。なんなら耳が本物かさえ疑った。
今目の前にいるのが城島かも疑いかけたところで城島の不審そうに見る目で我に帰り、一つ咳払いをした。
「お礼、と言いますと‥?」
「あー、なんか奢る。」
あの城島になんか奢らせるらしいぜ!なんて噂が広まるのだけは絶対に避けたい。
「いや、いやいやそこまでせーへんでも」
「何で関西弁なんだよ」
急すぎる展開に着いて行けない。まともに話すのが初めてな城島に。少し怖い城島に感謝され、呼び出せれ、お礼まですると言われるなんて。
「昼休み終わるな。じゃあ放課後頼んだぜ」
昼休み明けの授業は少し遅れてしまった。
訪れた緊張感で腹を下したからだ。それは今までに無い変化、それもめまぐるしい激動に煙を吐きそうなまま、おずおずと教室に入ると、再びざわつき始めた。どうしたものかと思っていたが、ざわつきの理由がすぐに明かされた。
「渡部、お前のクラスは隣だぞ?」
俺は静かに一礼をしてそっと扉を開け、音も無く廊下に出てそっと扉を閉めた。
扉の向こうからは次第に笑いに変わる事はお見通し。
放課後、目で合図を送ってきた城島。その鋭さに「表に出ろ」と言われているようだった。
校外に出ると少しまた注目を浴びた。城島は後輩からも人気がある。隣に冴えない腰巾着がいれば城島の使い走りにしか思われていないんだろうと。でも知ってるかい?お嬢ちゃん達。城島がね、自分にお礼をしたいそうだ。城島が、だよ?自分がじゃない。
「あ、あの」
「ん?」
目の前にいる後輩の女子生徒が困惑しており、慌てて後ろに跳んだ。
「す、すんません」
自分はまた自分の世界に入り込んでいた。もうこれは危ないから注意したいと思う。
「おい」
「はいい!」
これでもかと背筋を伸ばした。
「喫茶店行くか。甘い物食えるだろ?」
「よ、喜んでー」
未知なる放課後が幕を開けた。
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