ジャカルタでヘビを食す
新しい街に着いて必ずやることの一つにマーケットを歩くというのがある。なにを買うでもなく、ただ雑多に並んだ商品を眺めながらアテもなく歩く。東南アジアのマーケットは日本にはない刺激で満ち溢れている。
羽を
異常なほどに清潔感に固執する我ら日本人が、買いたいと思える食料品はほぼないと言っても過言ではないかもしれない。特に初めてその様子を見た時は、ド肝を抜かれてとても買い物の意欲など残らないだろう。
そんなマーケットの中で最も好きなのが、ナイトマーケットだ。食べ歩きのできる店が多く、東京の下町で育った僕にとって、祭りの時の縁日の特別感を思い出す。
インドネシアの首都、ジャカルタに訪れた時のことだ。北部のコタというエリアのゲストハウスでかれこれ一ヶ月以上も沈没しているという日本人の方と出会った。
「近くに大きいナイトマーケットがあって、ヘビ食べれるよ。さすがに食べたことないけど」
ティムさんと呼ばれるその人は、好奇心の唆られるそんなことを言った。
「ヘビ、食べたいです!食べに行きましょうよ!」
その場の勢いもあったが、本心でそう言った。しかしこの時点では、〝ヘビを食べる〟というその響きに酔っていたに過ぎなかったのだが。
その証拠に、あまり乗り気でないティムさんの案内でヘビ屋台の前に行った時、その光景に足が
金網カゴの中では無数のヘビが、全身の筋肉を使って無秩序に
「想像以上にヘビでしたね。ちょっとあれ無理ですね」
ヘビを見た数分後には、アホ丸出しの発言をしながら、近くの屋台で麺をすすっていた。先程までの威勢の良い発言の後悔と、敵前逃亡をした自分の情けなさを抱えながら。
その後もナイトマーケットをうろついたが、ヘビの屋台は他にも数軒あり、それを見る度に惨めな自分を際立たせた。
(こんなチャンスはそうあるものじゃない。一人じゃ怖いけど、ティムさんもいるし…)
葛藤を続けた結果、臨んでいないティムさんを巻き込むというなんとも自己中心的な考えに背中を押され、再びあの恐怖の屋台に返り咲くことができたのだ。
心臓の鼓動が高鳴る中、覚悟を決めてヘビを注文した。
すると、一見して普通の焼き鳥と何ら変わらない串が出てきた。味もあまりクセがない。うん、普通においしい。焼き鳥の盛り合わせに紛れ込んでいても気づかないと思えるほどに。
何はともあれ自尊心を取り戻し、気を大きくした僕らは、宿に帰るとスタッフの女性にその武勇伝を話した。
「え…あんなの食べたの?」
と露骨に引かれてしまったが。どうやら地元の人すら手を出さない代物らしかった。
「ヘビは食べたことないけど、カエルはすごく美味しいよ」
そして話は思わぬ方向へと進んでいった。
その翌日、目の前には手を上げ、足をガニ股に開いた、見ただけでまんまカエルだとわかる唐揚げが並んでいた。
そして意外なことに、それもまた美味しかった。見た目ではわからないことが世の中には沢山あるなとつくづく感じた。
次の日に10分おきにトイレに行くハメになることなど微塵も想像せずに、僕は笑顔でカエルを頬張っていた。
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