旅のエッセイ

七折ナオト

はじめに

 旅が好きだ。


 まず『旅』という言葉自体にワクワクする響きがはらんでいるし、旅をすることはもちろん、旅にまつわる小説や映画、音楽、他人の旅の話を聴くのだって好きだ。もはや旅は僕の生活の一部で、欠かすことのできない存在になっている。


 思えば、小さい頃から新しい場所を探検するのが好きな子どもだった。

 小学一年生のある日、習っていたサッカークラブの練習がいつもとは違う、初めて行く場所で行われたことがあった。その場所まで連れて行ってくれた母親は、用事があったのか帰る時は一緒ではなく、かすかな記憶を頼りに一人で家まで帰ることとなった。

「お母さん帰っちゃったんでしょ?一緒に帰ろう」

 一人での帰りを心配して誘ってくれた友達の親御さんもいるにはいた。おそらく母親が事前に頼んでくれていたのだとも思う。

「来る時に道は覚えたから大丈夫」

 しかしながら自信に満ち溢れていて礼儀知らずだった当時の僕は、その親切心を無下にした。一人で初めて知らない道を帰るという特殊な状況に高揚感すら抱いていた。

 そうして意気揚々と帰り始めた少年は、練習場所を出て最初の曲がり角でいきなり道を間違えた。お約束のような展開だ。さらにしばらくは道を間違えたことにすら気付いてなかった始末である。

 しかしながら、走れども走れども知っている道が出てこないことに、一抹の不安を覚え始める。最初は小さかった不安も時間が経つにつれどんどん膨れ上がった。

 もう二度と家に帰れないかもしれない、と絶望感を感じるまでになってしまった。

 そんな不安を抱えながらも、来る時に母親に言われた言葉を大事に大事に抱きしめながら闇雲に進んだ。

「わからなくなったら上を見てビューホテルを探しなさい。そこに向かえば知ってる道に着くから」

 この言葉だけを頼りに、進んでは上を見上げ、進んでは上を見上げを繰り返した。ただひたすらにビューホテルを探し続けた。

 そして努力が報われる時は訪れた。少し開けた道に出ると、当時近所で最も高い建物だったビューホテルの頭が見えた。嬉しくなってその方向へ急ぐと、遂に知っている道に出たのだ。

 その時の命を救われたような、何とも言えない高揚感は今でも鮮明に覚えている。知らない道が知ってる道と繋がる。知らなかった道が、知ってる道へと変わっていくあの感覚。

 これが、僕の旅の原点なのだと思う。今でも初めての場所に訪れて、〝知らなかった街が徐々に知ってる街へと変わっていく〟あの感覚が、旅をしていて、いや、生きていて最も好きな瞬間だ。


 そんな経験から、不安の中にあるワクワク感に魅せられた少年は、中学生になると自転車で他県まで行ってケツをって真っ赤っかっかにしたり、高校生になり氷点下の中バイクを走らせては、凍えて手がちぎれそうになったり、大学生になりヒッチハイクをしてあらゆる方に迷惑をかけたりと、徐々に規模を拡大しながら、日本中を回ることとなった。

 それだけでは飽き足らず、バックパッカーとして海外を回るようになると、もうその沼から抜け出せなくなり、就職活動もせずに一年間の田舎留学へと旅立ち、帰ってきたかと思えばバイトしては海外に行くという生活を送ることとなった。

 そう、今の僕である。


 そして、そんな自分を正当化したくて、エッセイを書こうと。

 それがこの「旅のエッセイ」だ。

 読者のみなさんに、少しでも非日常感とほっこりを届けたく、旅先での出会いや風景を綴っていこうと思うので、どうか温かく見守りつつ、応援していただきたい。

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