7-2節

 十五分ほど経って、ようやく妙な感覚から解放された。湊はまず、吉男と十吾に確認した。

「彼のこと、覚えているかい」

「う、うん」吉男がうなずく。「でも、覚えてるというより」

「思い出した、な」十吾が顔をしかめる。「なんで忘れちまってたんだ」

「ねえ、みんなは知ってるの?」ゆかりがたずねた。「あの子、なんだか普通じゃなかったわ」

「そうか、上条さんは面識がない」

 あわてて湊がいきさつを話した。

「それで、僕たちが忘れていた理由だけど、一つ思い当たることがある」

「まさか」吉男がおそるおそる言った。

「うん、彼はムトの仲間じゃないかな。だとすると記憶が無いことや、あの不思議な力も説明がつく」

「そんな、この町に二人もなんて」

 だが、そうとしか考えられない。常識で決めつけないことを意識している湊はすぐに思いついた。

「でも、さっきなんて言ったんだろう」

「それなら、あたしわかるわ。連れて行く、って言ったのよ」

 ちょっと俯いたあとすぐ、決意したようにゆかりは顔を上げた。

「あたし、くちびるの動きを見れば何を言っているかわかるのよ」

「あ、おめえ」十吾がはっとした。自分の悪だくみをよく気づくゆかりの謎がようやく解け、脱力した。「そんなことだったのかよ」

「そうよ。でも今はそんなことどうでもいいわ。さっきのムト、見たでしょ」

 途端に、十吾は守れなかった自分への怒りを沸騰させた。

「倒れる前、後ずさりしたね。逃げようとしたんだ」湊が悔しげに言う。「ムトはさらわれた」

「助けるぞ」

 十吾が拳を握りしめた。皆も揃ってうなずく。

「でも、どこにいるのかしら。まずはそこよ」

「あいつ、となり町から来たって言ってたな」

 激情に駆られながらも、十吾はまだ考えることができていた。

「でも、それだけじゃどこにいるか」吉男がおろおろした。「どど、どうしよう」

「いや、ちょっと待ってほしい」

 湊は、早る十吾たちを制した。

「彼の足では、まだ遠くまで行っていないはずだよ。もしそうなら、僕たちはとっくにムトを忘れている。彼への認識は遠くまでいける可能性があるけど、ムトはそうじゃないからね。まだこの町にいるはずさ。何か心当たりがないか、考えるんだ」

 三人が必死に乏しい記憶へ思考を巡らせる中、ゆかりは歯がゆくなった。自分はその時いなかった。どうにか有力な情報をだしたい。でも、どうしたら。どうしたら力になれるのか。いや違う。それは結果だ。気持ちを言葉に変えるのは後でいい。起こり得る事象のみを捉える。彼の目的は知らない。だとしても意図はある。相応しい考え方を。辿り着ける答えを。

 全力で頭を回転させたとき、ゆかりは湊の言葉を思い出した。答えから逆算。そうだ。答えから一番近いのは。

「ねえ、最初に彼がいなくなったとき、誰も見ていないの?」

「ああっ」

 吉男が声を上げた。

「ぼ、ぼく見たよ」

「ほんとか!」十吾が息を荒げる。「どこだ」

「う、うん。ビルに入る前、路地裏に入っていくの、ぼく、見たよ」

「よし」

 聞くなり、十吾は空き地を飛び出していった。三人も急いで追いかけた。

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