1-2節

 翌日の昼休み。教室の隅で話し合う湊と吉男に、ぬうっと大きな影が近づいてきた。

「よう。おまえら何してんだ?」

「わわっ」

 いきなり頭上から声が降ってきたので、吉男は声をあげ、あわてて振り返った。

「十吾くんかあ。おどかさないでよ」

「おめーが勝手にびびったんだろ」

 ふたりの間に割って入った十吾は、吉男と湊の顔を交互に見てにやにやした。

「どうせまた未確認なんとかだろ。よく飽きねえなあ」

「十吾くんが飽きっぽすぎるんだよ」と、吉男が少しつんけんする。「どうしても行きたいっていうから仲間に入れたのに、河童の時もとちゅうで帰っちゃうし」

「だって見つからねえんだもんよ。きゅうり置いてワナにかけるなんて、待ちくたびれちまう」

「でも僕たちは、あのあと川の上流で陶器に似た欠片を見つけたよ。もしかしたら河童の皿かもしれない」

「ふん。そんなのわかるもんか」

 帰った手前、否定はするものの、強く断定できるほどの材料もないため、鼻を鳴らす程度にとどめる十吾。

「んで、次は何をさがそうってんだよ」

 教えてもいいよね、どうせ強引に聞くに決まってるし、と目で語りながら渋い顔で湊を見やってから、吉男がノートを広げて見せた。「これだよ」

「あ、ちょっと待ておまえら」

 口元に指を立て、声を出さないようふたりに促してから、十吾はゆっくりと教室を見回した。「ようし、この距離なら大丈夫だろ」

 と言いつつ、明らかに教室の反対側を意識しているらしい十吾に、吉男が小声で訊ねる。

「ひょっとして上条さん?」

「まあな。あいつ、おれが何かしようとするとすぐに感づきやがるから」

 憎々しげに顔を歪める十吾の体から向こう側を覗きこんで、湊が言った。

「今は友達と喋ってるね」

「おいばか。みなとやめろ。見つかったらどうする」

 湊の視界を遮るように、十吾が体をにじり寄せる。

「そんなに危険なの?」

「知らねえのかよ。めんどくせえんだからな、あいつ」

「そうだよ湊くん。大変なんだからね」

 一度、十吾に巻き込まれる形でゆかりに叱責されている吉男も、実感のこもった瞳で湊を制止する。しかし、いまいち六年二組の人間関係に疎い湊は、不思議そうに首を捻った。授業中に時おり行われる湊の観察は、行動のみを見ていることが多く、精神面に深く関わるものではない。

「ま、大丈夫だろ。つづきだつづき」

 ノートを受け取り、十吾が大ざっぱに上から読みはじめた。

「名前、不明。すがた、不明。生息地、不明。青白く光り、とてもやわらかい体。ちゅうこう性? 夜行性? ナゾは深まるばかり……」

 十吾が眉をひそめる。「なんだこりゃ。ぜんぜんわかんねえじゃん」

「でもこの町にいるんだよ」十吾からノートを取り上げながら、吉男が意気込んだ。「ね、湊くん」

「うん。今日はいろんなところを回ってみるつもりだよ」

「ほんとかよ」

 疑惑たっぷりの眼差しで言ってから、十吾はぱっと横に手を広げた。

「まあいいや。おれ、今日ヒマしてるんだよ。だから、な、おれも連れてってくれよ」

「えー、だめだよ。だってその顔、ぜったい信じてないもの。ねえ湊くん、だめだよね」

「僕は構わないけど」

「ええっ」

 てっきり同意してくれるものだと思っていたので、素っ頓狂な声が出る吉男。

「どうして? またとちゅうで帰っちゃうと思うよ」

「だとしても、いろんなところを歩き回るから、人手は多いほうがいい。十吾くんは僕たちより背が高くて、僕たちとは視点が違うんだから尚更さ」

「そんなあ」

 吉男は自分が発信源になることが多いためか、未確認生物に関する事柄全般にだけは自信を持っていた。だから十吾にも強気だったわけだが、参謀たる湊に否定され、しかもそれが理にかなっており、言い返す言葉もない吉男は、しぶしぶ首肯するしかないのだった。

「わかったよ」

「がはは。さすがみなと。頭がいいのに話がわかるやつだと前から思ってたぜ」腕を組み、何度も頷きながら十吾が笑う。

「ちぇ。調子いいんだから」まだ不服そうに口を尖らせ、吉男が念を押す。「今回はとちゅうで帰ったらいけないからね」

「おう。まかせとけ」

 得意げに笑う十吾に、吉男は信用ならない安心感を抱かずにはいられなかったが、湊は特に気にする様子もなく、放課後のことを思案していた。

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