家族としての、父親としての、新たなスタート

影神

大切なもの

僕はごく普通のサラリーマンである。


毎日定時に家を出て出社し、


仕事が始まれば上司にヘコヘコする。


部下が出先でへまをすれば、


僕は頭を下げて尻拭いをする。


休日は取引先や上司の都合で


ゴルフやらなんやらの付き合いをする。


だから僕の休日と呼べるものはほとんどない。




そんなことをしているもんだから、


家族の仲はすっかり冷えきっていた。




嫁さんとSEXしたのはいつ以来だろう。


嫁さんの温かい料理の味さえも、僕は忘れてしまった。




子供と会話したのもいつ以来だろう。


朝は家を出る頃にはまだ寝ていて、


夜に付き合いを終えて帰る頃には家は真っ暗だ。




愛する人と、子供と、


楽しい時間を過ごす為に買ったこの家は、


今では明かりのない、


安いカプセルホテルとなってしまった。




僕は何を間違ったのだろう、全ては順調だと思っていた。


付き合いも良く、支払いも滞りなくきちんとしている。


お金がそんなにあるわけではないが、


何不自由なく生活を送れているはずだ。


それなのに、僕を待ってくれているのはローンだけだ。




働かなくては養えない。生活すらしていけない。


私は別に仕事が好きではないし、


上司との付き合いも好意ではない。




全ては家族の為と思っていたことは、


全ては家族を壊すものとなった。




そんな感情を抱えながらも


今日も疲れた身体を引摺り、


休日の接待へと向かう。




今日は御得意様と社長という、


とてもめんどくさい組み合わせだ。


失敗は許されない。


遅れをとらないように、先に上がらないように


神経を研ぎ澄ませゴルフをする。


それだけではない。


御得意様と社長の機嫌を損なわないように、


きちんと接待しなければいけないのだ。


ゲームで言えばエクストラステージだ。




僕はいつも通り仕事をこなす。


もう、何年、何十年同じことをやっているか。


お手の物だ。




そんな終わり際、御得意様からスキー場への優待券を頂いた。


「私達だけではなく、たまには家族に接待しなければな。」


すると、気分のいい社長が御得意様の手前、


「たまには長期休暇を取りなさい」とのことで、


半強制的にスキー場へと行かなければならない、


「ルート」へと決まってしまったのである。




僕は接待が終わり、家に帰る。


帰路は何故だか、ワクワクした。


久しぶりの家族との時間。


久しぶりの仕事以外での休日。




僕は翌日早めに仕事を終わらせ、家へと帰った。


勿論、休暇の手続きも済ませた。完璧だ。




だが、どうやって話をすればいいのかわからなかった。


よく考えてみれば家族と話すのはいつ以来だろうか。


皆は僕のことをどう思っているのだろう。


僕は皆にとってはきっと、


「お金を稼いでくる人」


以外ではないのだろう。




とりあえず、僕は皆の帰りを待つ。




家はとても静かだ。


部屋は散らかってはいるが、


掃除をしてくれているのだろう。


きちんと整理整頓してある。




とくにやることもなく、僕はテレビをつける。


「あぁ、こんな時間もあるのか、、」


時計の音が響く。「チッチッチ」


時間がゆっくりと進む。




気付くと、うとうととしていた。




玄関を開ける音がした。


誰かの足音がする。




僕「お、お帰り。」


小学生の長男だった。


長男「ただいま。お父さん、居るの珍しいね。」


僕はその言葉が重く感じた。


僕「ゲーム、一緒にしないか?」


テーブルの上には長男がやってるであろう、


ゲームのソフトが散らばっていた。


長男「これ、全部一人用だけど、、」


僕「そ、そうか。じゃあ、お父さん見てるから。」


長男「??」


長男は不思議そうな顔を浮かべている。


あぁ、うざがられているな。


僕「あぁ、じゃあ、お父さんどくね、、」


長男「別に。大丈夫。見てていよ。」


その返答に少し驚いたが、


僕「じゃぁ、見てる。うん、」


長男は一度自分の部屋に戻ると、


着替えて戻ってきた。


ゲームはオープンワールドのゲームだった。


「今の小学生はこんなもんやるのか。」


散らばったゲームタイトルは横文字が多かった。


とくに会話もなく、長男はゲームをしている。




しばらくすると長女が帰ってきた。


僕「お帰り。」


中学生の長女は僕を見るなり、自分の部屋へと行く。


そりゃ、そうだよな、、


難しい年頃だし、家族のことも見ない父親なんて


こんなもんだよな、、


すると、長男が心を読み取ったように言う。


「姉ちゃんはいつもあんなもんだよ、」


男同士何か通ずるものがあるのか。そう思った。


僕「そ、そうなのかっ。いつもか、」


無言が続く。




19時近くになった頃か、嫁さんが帰ってきた。


嫁さん「ただいま。」


長男「お帰り、」


僕は何故だか、心臓がバクバクとした。


僕「お、お帰りなさいっ、」


嫁さんは僕の顔を見るなり、少し驚いた顔をしていた。


嫁さん「あなた仕事は?」


僕「あぁ、今日は早く上がってきた。」


嫁さん「そうなのっ、悪いけれど、あなたの夕飯は無いわよ。」


そうだよな。


こんな時間に帰ったことなんて、


会社勤め始めた頃以来だもんな。


僕「大丈夫。」


少し寂しく感じた。だが、仕方のないことだ。


嫁さん「あるものでいいなら作るわよ、?」


僕「あぁ、お願いしたい。」


僕は嬉しかった。


嫁さんとの会話すら、いつぶりだろうか。




嫁さんは手慣れたように夕飯の支度をする。


包丁の音や、調理器具の擦れる音。


何故かそれらは懐かしく又、心地よくも感じた。


家族と食卓を囲むのはいつ以来だろうか。


それほど、食事などしていない。


なんせ嫁さんの料理の味も忘れてしまうのだから。




料理が出来た。


いいにおいがして僕の食欲をそそる。


テーブルの何処に座るか分からなかったから、


皆が席に座るのを待った。


嫁さんが長女を呼びに行き、長男、嫁さんと席に着く。


長女が席に着き、私は空いた席に座る。


妻の前の長男の左隣の席。


僕「頂きます。」


嫁さんの作った料理を食べる。


愛情の詰まった料理。これがそれだと分かった。


美味しい。身体が、ほわりとあたたかく感じる。




僕は詰まりそうになる言葉を緊張しながら声に出す。


「今月いっぱい休みをとった。


仕事で家族のことをきちんと見れていない僕に


皆の時間を少し僕に貸しては頂けないだろうか。」


皆は一瞬箸を止めたが、そのまま食事に戻る。


空白に殺されそうになるが、食いしばり続ける。


「スキーの優待券を貰ったんだ、、


たまには家族で旅行なんてどうだろうか。」


しばらく沈黙が続く。


長女は早々と食べ終わると部屋へと戻ってしまった。


言葉をかけようにも、喉のところで止まる。


そうすると嫁さんは口を開く。


「いきなりは無理よ。2、3日は待ってちょうだい。」


嫁さんは怒っているのだろうか。表情が全く読めない。


何て、だらしないんだ。


会社ならこんなこと朝飯前なのに、、


どうしてこんなにも、無力なのだろう。


そう、落胆していると長男は僕の耳に手を当てる。


「大丈夫だよ。用意するから待っててってことだよ。」


僕は泣きそうになった。


嫁さんの久しぶりの食事に家族との時間。


プラス、長男に助け船まで出されては、、


もう自分を保っているのが限界だった。


僕は長男の耳元に手を当てると、


「ありがとう。これからも頼む、、」


と、腑甲斐無い台詞を言った。


その時一瞬、嫁さんが笑ったように思えたが、


きっと気のせいだと思った。




久しぶりの家族との会話。


まともに話せた訳ではなかった。


でも、嬉しかった。


こんなに話をすることが楽しいとは思いもしなかった。


僕は食事を終え、片付けをしようとするも、


嫁さんが食器をさげ、台所へと向かう。


僕は「ありがとう」と言い、続けようとするも、


彼女は会話をしたげではなかったので、


そのまま口を閉じた。




僕は行き場がなかったので、先程まで居た場所まで戻った。


嫁さんは家事を終えると部屋へと行ってしまった。


僕はただテレビを見つめる。


長男はモンスターの攻撃を避け、次々と倒す。


子供の頃こんなゲームもしたな。


そんな感情を抱き、ゆっくりと瞼が閉じていく。






僕はソファーで寝てしまったようだ。


長男の姿はない。時計は2時を指す。


どうやら、長男がブランケットをかけてくれたようだ。


いい子に育ったもんだ、、


これも嫁さんのおかげだな。


何十年って、全て家の事は嫁さんに任せっきりだったもんな。


「大変だったろうな、、」


そんなことを染々と考えていたら目が覚めた。


歯磨きをして、風呂に入る。


いつもシャワーだが、今日は浴槽にお湯が入っている。


お湯は温かい。気を使って、とっておいてくれたのか。


僕はゆっくりと浸かる。


こんなに気持ちのいいものなんだなーと感じる。


明日から何をしよう。


そう考えながら、布団に入り、眠りに着く。






カーテンの隙間から差し込む光に当たり目が覚めた。


「はっ!!、遅刻だ!!!」


時計は11時を回っていた。


そして急いでクローゼットを開けて、ふと我に返る。


あぁ、今日から休みだった。


僕は再び布団に入る。


次に目が覚めた時には17時を過ぎていた。


あぁ、寝すぎだ、


身体を起こすと、いいにおいがした。


部屋は散らかっている。


明日片付けなきゃなっ。


明日の予定をひとつ決め僕はリビングへと向かう。




長男は既に席に着いていて、


テーブルには食事が並べられていた。


長男「おはよう。」


僕「おはよう。パパ寝すぎちゃったな。」


笑うも、長男は僕を見てなかった。


嫁さんと顔が合うも、嫁さんは長女を呼びに行ってしまった。


嫁さんなのに会話すらない。そもそも話題がない。


部屋には僕と長男だけ。すると長男が


「ゲームしてたのに、見に来なかった。」


と少し寂しそうに話した。


僕「ごめんよ。ゲームしてる時、居て嫌じゃないか?」


長男はただ頷いた。


僕「そうか、じゃあ明日は帰ってくるのを待ってるよ。」


長男は少し嬉しそうにした。


僕も少し距離が縮まったようで嬉しかった。




長女と嫁さんが戻ってきた。


嫁さんが手を合わせて頂きますをすると、


皆、揃って手を合わせ頂きますをした。


今日のご飯も美味しい。


今日は皆と同じご飯だ。


僕は嬉しく思った。




それが何よりも幸せだった。




家族皆で、一緒の物を食べて、


作ってくれた人。その命に感謝する。




こういったことが本当の幸せなのだと染々と思った。




そして、同時に僕はその幸せを何十年間も通りすぎてしまった。




休みをとり、僕は失ってしまったものを次々と知る。




僕は失ってしまったものを取り戻せるのだろうか、




そう自分に問いかけ頭をかかえていると嫁さんが口を開く、


「明後日は皆で旅行へ行くから


着替えと必要なものを用意しておきなさいっ。


学校へは連絡しといたからっ、


寝坊したら置いていぐからねっ」


長男「はーい」


長女「わかった。」


僕は一瞬何が起こったのかわからなかったが、


時間が経つにつれて、言葉の意味を理解し始めた。


心底、跳び跳ねるぐらい嬉しかった。


楽しみで、楽しみで心がウキウキした。


明日は周辺のお店や、地図などもきちんと調べなきゃなっ。


やることが、増えた。




食事が終わると嫁さんが長男に風呂に入るよう促した。


すると長男は僕の所に来て、


「一緒に入ろう」


と少し恥ずかしそうに言ってきた。


僕は急いで風呂の用意をして浴室へと向かった。


子供と風呂に入るなんて、いつ以来だろうか。


浴室に入ると子供は先に身体を洗って湯槽へと入っていた。


僕は身体を洗い流し、気になっていたことを聞く。


「パパのこと皆どう思ってるのかな、、」


すると長男は直ぐに答えた。


「皆パパのことは好きだと思う。


ママもパパが居なくて寂しがってた。


けど、ママはパパが頑張ってるのを知っているから、


パパが疲れちゃった時にママが助けられるようにって


だからママはお家にいない。


僕はママと居たかったけど、パパの為に我慢した。


お姉ちゃんはママもパパも居なくて嬉しいって言ったけど、


最初はお部屋で泣いていた。そしたら、言うなって言われた。」


そう、息子が言った時には僕は泣き崩れていた。


僕は皆に避けられているのだとばかり思った。


金だけ持ってくる奴とまで、相手の心をそんなふうに思った。




僕はいつからこんなに汚れてしまったのだろう。




家のこともまともに知らない、


関わろうともしなかったこんな僕を


この家族はなんで、想っていてくれたのだろうか、、




返しきれない愛情を僕はどうすればいいのかわからくなった。




父親としての役割をなんにも果たせなかった僕を、


妻は、娘は、息子は父親として認めてくれるだろうか。




僕は少しでもいいら、分かりたいと、理解したいと思った。




いつか、いつの日か笑って会話出来るように、




きちんと仕事とも区別をつけ、


家族を大事にしていきたいと思った。




なんなら仕事を変えてもいい。




僕は仕事ではなく、家庭を優先すべきだと、改めて思った。




僕が父親としての尊厳は金ではなく家族への理解や、


家族との時間や愛だとかそのようなものだと知った。




まずは、明後日の家族旅行からだ。


必ず、取り戻してみせる。




家族への愛を。




そして、父親として誇れるように。




今から新たなスタートをきろう。








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