第27話 詐欺師と少女と、小説と。(2016お題:カメラ・隣・妄想)

「小夜子ちゃん、下がっててッ」

 投げたキモトの横顔は、病室で神経質そうに機械を弄っているそれとはまるで違っていた。絞めていたネクタイを緩めるや否や駆け出して行った背中を、小夜子はただ見送る。

 やがて始まった大人たちの乱闘は、テレビや小説で見たり読んだりするのとだいぶん違っていた。鈍くもつれ合っているだけのようで、血を流すのは悪者だけとは限らず、傍らで叫ぶ女の人の表情も美しくなかった。むしろその酷さが奮われる暴力に手加減がないことを伝えて小夜子の足をすくませる。

 下がれ、と言われたからではなく後じさっていた。

 何をどうしていいのか、それ以上が分からない。

 その向かいでうなずくおさげの女の人が、お友達と身をひるがえしている。

 パトカーのサイレンがものすごいスピードで近づいてきていた。だというのに女の人たちは、どちらへ行けばいいのかを迷ってすぐにも、次の角で立ち止まっている。

 目にした小夜子は動きだしていた。掴み合うキモトたちの傍らをすり抜けると、四人の元へ走る。

「駅は、こっちですっ」

 教えて懸命と指さしていた。

 何しろ間違って反対側へ行ってしまえば延々、住宅街だったし、もう一方は工場や事務所ばかりが立ち並ぶ場所だった。トラックの事を尋ねられたように、探してここまで来た彼女たちはきっとこの辺りに詳しくないのだと思う。なら家が近所にあるとは考えにくく、だとして車を停めた場所さえ忘れてしまうのは妙で、きっと電車だ、直感するまま言っていた。

 すぐにも聞き入れ、四人が案内して走り出した小夜子の背につく。駅へ向かう小夜子たちの片側を、パトカーは乱闘現場へ飛ぶように走り抜けていった。

「ありがとう」

「あなた、お名前は?」

 聞かれて小夜子は答える。

「はしも、とさよこ、です」

 息が切れて、うまく返事できていない。

「さよちゃんね。助かったわ」

 それぞれににっこり微笑む女の人たちは、とても美人だ。その笑顔に、むしろ助けたはずの自分がほっとする。だが、おさげの女の人だけは、笑うことが出来ないようだった。

「わらわはここで、みなと別を行く」

 止まった足が、すでに思いを表している。

「え、でも、ほらあそこ、あそこのカメラ屋さんの向こうがもう駅で……」

 小夜子は示し、あ、と気づいて口をつぐんだ。

 約束の場所だ。

 行くつもりなのだと思う。

「……あの、一人でも大丈夫ですか?」

 駅の方向さえ分からなかったのだから、心配でならない。

「そうしよう」

 隣から声も聞こえて、促していた。顔を向ければそんな小夜子の傍らから伸びたお友達の腕は、うなだれる肩へ伸ばされてゆく。

「きっと姫はもう、あの二人の指示なんて聞かないだろうから。あの男のを、全うしたいんでしょ?」

「帰るのか?」

 姫と呼ばれた彼女は眉をひそめて確かめ、首を振って返したお友達の手は、やがて触れていたそこから戻されていった。

「必要なら連絡して」

 その手で耳を、ちょんちょんと突く。

 テレパシーかしら。

 見てとった小夜子の中で膨らみ始めた妄想は、こんな時でも父親譲りだ。

「さよちゃん」

 呼びかけられて我を取り戻していた。

「はいっ」

「わたしたちは大丈夫だから、姫をお願いしていいかしら。出来る所まででかまわないわ。手助けてしてもらえない?」

 その隣でエプロンを外し、もう一人の女の人もうなずいている。

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