第26話 詐欺師と少女と、小説と。(2016お題:勤労・夫婦・約束の場所)
足元をひゅう、と風が吹き抜けていた。
丸められた紙屑も、カサカサ転がり駆けてゆく。
なら演歌に変わって哀愁漂う口笛は流れ出し、辺りも少し埃っぽさを増したようだった。
「う、うぬはなぜここにおるのじゃっ」
向かって声を上げたのは姫だ。
つまり泣き別れたはずの彼はかぶっていなくともこのさいだ、カウボーイハットのつばを押し上げ姫へ首を振り返す。
「やっぱり同時は無理だから、パラシュートは後から別、ってことで許しておくれよ」
「荒野のガンマン 暁の決闘に 野獣死すべし!」
背でタイトルは瞬くと、いや、たとえ時間帯が暁でも、彼がガンマンでも、どこにも死すべく野獣などいなくとも、口笛まで鳴り出したなら、そう見えない方がおかしくなってくる。
「なんだあんた?」
向かって唇を曲げた博士こそ至極正しい。だとしてハナから答えを知りたいわけでもなかったなら次にも、ぺ、と煙草を吐いていた。
灰を散らせた煙草は彼の足元に転がる。
だとして彼が目をくれることはない。
「……姫はいつもぼくの」
「あん?」
言っていた。
言って聞き返す博士にぐっ、と拳を握り絞める。
「一番だから。ぼくが姫を置いてゆくなんて思ったらっ……」
そうして見開いた目はかっ、という擬音がちょうどで、彼は博士を睨みつけた。
「大間違いなんだぁっ!」
声は辺りへ響き渡り、踏み出した足も深さは直角、ビシリ突き付けた指ですかさず博士もまた指し示す。
「姫、こいつらは嘘つきだ! ついて行ったりなんかしちゃあ、ダメだっ!」
「なっ、何を言いおる。この者たちは……」
姫はうろたえ、博士に助手が後じさる。
「なんだ、コイツぁ」
「だって僕はあの後、姫ともう一度、話したくてずっと姫の後を追いかけてたんだ。ここまできてしまったけれど、姫は忙しそうだから話しかけにくくて、チャンスが来るまであそこの本屋で待ってたんだっ!」
突き付けていた指を、今度はずばん、向かいの本屋へ向けなおす。
「……おい、そりゃ、ストーカーだろ」
博士はつっこむが、そんな博士へおかまいなしと、彼はカミソリのような視線を流していた。
「そこで僕は聞いたんだ。姫をイヤラシイ目で見ながら、この二人は回収するとか、力づくだとか、じゃじゃじゃ、だとか、ヒソヒソ話し合っているのをっ!」
「なんか違うぞ。あと、イヤラシくはない」
「うるさい、うるさい。僕の姫に何をする気だっ!」
払いのける。
力で彼は大いに身を震わせた。
その顔こそ真っ赤な夕日と燃えたぎり、様子に、なんだどうしたと通行人たちも足を止めだした。
「ああ、こんにちは。どうか、なさったんですか?」
女子高生と話し込んでいたサラリーマンも気付くと、馴染みのエプロンへいぶかし気と投げている。
「まとめてみんな誘拐する気だってことはもう、お天道様でもお見通しなんだぁっ!」
言い放った彼に「え?」と、表情を間伸びさせた。
「な、何をおっしゃるんですか。ほら、通行中のみなさんも聞いていらっしゃるじゃないですか」
なだめる博士のそれは狼狽でしかない。
「疑うなら姫、今すぐ名刺の所へ電話して確かめればいいっ!」
追い打ちをかけて彼は「指示」し、その声はたちまち姫の胸を貫いた。
さかいに博士の声も低くなる。
「おいおい……」
装う事を諦めた頬もまた、ひと思いと削いでみせた。
「コッチの勤労意欲を削ぐようなマネ、してくれるんじゃ、ないよ」
すかさず低く身構えたなら危なげな雰囲気はたちどころに立ち上って、感じ取った彼もまた落とした腰で対峙する。
間をまた、一陣の風はひゅう、と吹き抜けていった。
「僕と姫は、夫婦になるんだ……」
絶妙のタイミングでかき鳴らされるバンジョーが、千切れんばかりの演奏を始める。
「この、キモブサ、ストーカーが」
「絶対、なるんだ」
彼は繰り返し、果てに上げた声は「わぁっ」が相当となる。
「邪魔なんて、させないぃっ!」
迷うことなく博士へ向かい飛びかかっていった。
「コノヤロ。森田ッ、ぼさっと見てるなッ」
襟首を掴まれた博士が助手へ罵声を浴びせる。
「姫、早く逃げろぉっ!」
そんな博士に突き離されて、歪めた顔で彼も叫んだ。
「ああ、たわけものが。無茶をするでないっ」
様子に姫は頬を引きつらせ、「クソッ」とサラリーマンの声もそこに混じる。軽く左右へ弾んだなら助走にかえて、言われるがまま応援に駆け出した森田へ向かいアスファルトを蹴りつけた。食らわせたタックルにもんどりうつ体が二つ、どうっと地面へ倒れ込む。
「早く、ここから立ち去って下さいっ!」
促せば、そこから先はくんずほぐれつだった。殴り合う四人は路上で激しく上下し続ける。
「でっ、でも……」
辺りで警察を呼ぶ声が重なっていた。
だが通報されて都合悪いのは、美人局に加担していた姫たちもまただろう。
今やブー、と鼻血を吹き上げた彼の顔は別人になっている。目にして姫はなおさらうろたえ、立ち去る気配がないからこそ手遅れになる前にと、彼も懸命と声を張る。
「約束のっ」
そうして向けられた笑みは、これまで見たことのないほどに穏やかだった。
「ぼくたちの約束の場所で、会おうっ。姫は覚えて、ぃいる、よねっ」
「何、言ってんだッ。離せ、キモブサ!」
「ヤバイ。森田、警察が来るッ」
森田が森田を呼んで声は交錯し、その場所を覚えていたなら姫はただうなずき返す。
ままに、みなと一緒に駆け出した。
遠くからパトカーのサイレンが近づいてくる。
今は逃げなければ、と思っていた。
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