第25話 詐欺師と少女と、小説と。(2016お題:色・着物・パラダイス)

 指示が途絶えて幾らも経つのだ。通りすがりの女の子を捕まえたところで、トラックのことなど知らなくて当然だった。立ち去りぎわ軽く頭を下げた女の子は、また出くわしたサラリーマン風の男と話し込んでいる。

「待っていれば来るかしら?」

「分からない」

「でも、ここに停まっていたトラックのことを知っている人が来るかもしれないわ」

「わらわもそう思うぞよ」

 選べるほどの手段がないのだから意見はまとまるほかないだろう。なら知っているかのように人影は近づいてきていた。

「ここに停まっていた『ララ・クリーン』のトラックをお探しですか」

 男だ。見ず知らずにもかかわらず、あまりにも的確に問いかけてくる。

「いえいえ、わたしはそのお二人からことづかった者でしてね」

 おかげで露骨といぶかしげ顔を向けてしまったのだろう。慌てて付け足し、男は懐から一枚の小さな紙を取り出した。

「こういう、者です」

 言う口元でくわえ煙草が忙しく揺れる。そこからハラハラ、灰は落ちて、避けるように受け取ったなら読んですぐさま誰もは顔を跳ね上げる。


ザミッチ株式会社  興梠コウロギデビットソン 博士


 何しろみな、そこで造られていた。

「お探しのお二人はちょっとしたトラブルで、あ、いやそれはもうお察しのことかと思いますが。作業を離れておられまして、しばらくの間、わたくし共の方でその、色々とお預かりするということでお約束をいただいております」

 しどろもどろに綴るのは、そこに後ろめたいものが含まれているせいだろう。隠して取り繕うためにもニッ、と笑って博士は締めくくり、引っ込めやおら後ろに立っていたもう一人へ手を差し向けた。

「こちらが助手の森田です」

「え、俺? 俺が、あいえ、森田です。よろしく」

 紹介された森田とかいう、こちらも男だ、が最初こそごにょごにょ言って頭を下げ、つられてこちらもアゴを沈め返せば、やおら博士は声を明るくする。

「そういうわけでお待ちしておりましたっ。何しろこちらからは探しようがありませんでしたので。長らくお手入れ不足なら、あちこち気になるところがおありでしょう。そりゃあ、女性ですからよく存じ上げておりますよ。ささ、あちらに車を用意しました。ラボでお色なおしに、お着替えも……」

 思い出したかのようにパン、と手を打ちつけた。

「わらわ、とおっしゃられていたそちらの方には着物もそろえさせて頂きました。これこそまさに」

 空へ大きく広げたなら、歌うように唱えてみせる。

「パーラ、ダーイス! くつろいでいただいたならまた精一杯働いてもらいたい。それがお二人から預かったお言葉です」

 締めくくってしずしず、頭を下げていった。

 本当かしら。

 感じるからこそ誰とはなしに目配せを交わし合った。けれど次につながるこれがたった一つの手掛かりなら、拒否すると言う選択肢こそありはしない。

「わかった」

 それぞれにうなずき返すアゴは揺れて、興梠博士も案内すると颯爽、身をひるがえす。

「……あめ、あめ、ふれ、ふれ……」

 押し止めて歌はそのとき聞こえていた。

 それはとある歌手の名曲だったが、節回しがまるで違っている。

「ぼかぁ、君といる時が、痺れるほどに幸せなんだよなぁ」

 続くセリフに加〇雄三、が過ったなら、誰もが声へと振り返っていた。

 そこに「男」は一人、立っている。

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