第23話 詐欺師と少女と、小説と。(2016お題:初恋・灯台・雨)
先生たちは、とても頑張ってくれています。お母さんが憂鬱になって、ずっと眠り込むようになって、この病院にお世話になるようになってからずっと、先生は本当にお母さんのために頑張ってくれています。
お母さんが世界でも症例の限られた「クルミ症候群」だと分かった時は、本当にどうなるかと思ったけれど、一生懸命な先生を見ているときっと大丈夫、小夜子はそんな気がしています。
さっき、先生のお話を聞いてきました。すっかり弱ったお母さんだけど、一生懸命楽しいことを思おうとして、夢を見ていることを聞きました。そこにもういないおじいちゃんと子供の小夜子が出てきたこともです。とっても嬉しかったです。お母さんが小夜子のことを忘れていなかったんだって知れて、本当に嬉しかったです。でも先生はそこにお母さんがいなかったことを、とても残念そうに話していました。小夜子もそう思います。だってそれは、お母さんが見ている夢なのに。
だからいつかお母さんも夢の中に出てきて、小夜子が子供のままだって、おじいちゃんと三人でまた会おうね。まだもう少し先かなぁ。
そう。それから今日は報告があります。この事を聞いて欲しくて本当は来ちゃいました。
えっと、小夜子には好きな人ができました。
初めてだからきっと初恋っていうんだよね。
まだ小夜子の気持ちは言えていません。だから友達みたいにずっとしゃべっています。とっても楽しいです。お母さんのことも話しました。けれどかわいそうだね、って言わなかったことはスゴイことだと思っています。だって、そうやってみんな離れていったんだもの。
お母さんのこと、とっても心配してくれています。時々、小夜子のことだって。すごいでしょ。素敵でしょ。もう小夜子には、雨降りの中で真っ黒な海を照らす灯台みたいな……。
って、なんだかたとえが、お父さんの小説みたいになっちゃった。
お母さんが元気だったら色々相談に乗ってほしかったけれど、出来ないことがちょっとさみしいです。だからお母さん、早く良くなってたくさん話を聞いてね。
長くなるとお母さんが疲れちゃうといけないので、今日はここまでにします。
また来ます。
ベッドの傍らに三十分ほど腰かけてから小夜子は、下校途中の学生服をひるがえして立ち上がった。
慣れた病院の敷地を横切り、表へ出る。
「あの、ちょっと」
そこでかけられた声に足を止めた。
「はい」
「ここにさ、銀色の荷台に『ララ・クリーン』って書かれた清掃業者のトラックが停まっていたの、知らないかな」
「え、いえ。わたし、お見舞いに来ただけなので、ちょっと」
通用口に近いこの辺りは、いろんな業者の車が停まっていることは覚えているけれど細かいところまでは記憶にない。ホットパンツをはいた女の人は、どうしたものかと考えあぐねている。その後ろでぷうと、フーセンガムが膨れていた。
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