第21話 詐欺師と少女と、小説と。(2016お題:パラシュート・真実・カラオケ)

 髪をおさげに結った姫は、某菓子メーカーのマスコット人形みたいなほっぺをプウ、と膨らませた。

「いやじゃ」

「ええ……」

 前で男は肩を落として意気消沈する。

「わらわは、いやじゃ」

 喋りは時代錯誤だったが、そうして姫はまたプウ、と風船ガムを膨らませ、ツンと尖った鼻を天へ向けるとパン、と割って再びガムを口の中へと引き込んでいった。

「でも、姫ぇ……」

「でもも、しかしも、なぁいっ。わらわと結婚したいなら出来ぬことなどあるまい」

 パン。

 またもや膨れた風船ガムが割れる。姫の鼻へ覆いかぶさった。

「パラシュートで降下しながらカラオケで『雨の〇〇』を歌えって。僕、スカイダイビングもしたことないのに。ほら、プロの人と降りなきゃならないし、そんな赤の他人の前でいきなり歌うなんて……」

「だからサビだけでいい、といっておろうが。加〇雄三のものまねも忘れるでないぞ」

 ガムを噛んでいるからそう見えるのか、苛立たしげな姫の機嫌は格別悪い。だからしてこれ以上、損ねるわけにはいかなかった。しかしながらいくら高高度からの落下にアドレナリン全開だからといって、いきなり歌い出す人なんているのだろうか。男はうがる。しかもそれが演歌で、加えて雨も降っていないのに雨乞いのような歌をモノマネつきで歌うなんて気が動転しているのか、モノマネできるほどに冷静なのか、分からなさ過ぎて自分自身が耐えられそうもない。とはいえセスナ機で舞い上がるその前に、プロポーズを成功させるためどうしても必要なんです、なんて弁解することこそあり得なかった。何しろ普通プロポーズにそんなことこそしないからだ。

 普通がよかった。

 一体、何度、こんなことを繰り返せばいいのか。

「サビだけわらわのために歌って、ビデオに収めて帰って来たら、わらわはうぬの申し出を受け入れてやるといっておるのだ」

 男は「はあ」と肩を落とす。

 それきりしばらく地面を見つめた。

「姫は、姫はこれまでぼくの一番でした……」

 絞りだした体を次第に震わせてゆく。

「けど、姫は人間じゃない」

 姫の、ガムを噛んでいた口はやおら動きを止めていた。

「血の通った人間なら、自分を好いてくれる人に何度もこんなことはぁあ……、あああぁ!」

 男の言葉はそこで嘆きへと変わる。うぉう、うぉう、と、それきりひきずりあさっての方向へ、なりふり構わず駆け出していった。

 見送った姫の口からさっきまで男のいた路地へプ、とガムが吐き出される。

「真実は、そのくらい重いものぞよ」

 言って時を読むように、視線を裏返した右の手首へ落とした。青く浮く、血管だと思われた青い筋をつまみ上げる。なら明らかなコードは姫の体からスルスル伸びて、姫はその先端を片耳へ差し込んだ。

 姫もまた、重いため息を吐く。

 二週間前、途切れたきりの連絡はまだない。

 おかげでカモを逃がしてしまっていた。

 指示を乞う。

 送信だけして、新しいガムを口へ放り込む。

 少しだけ寂しい。

 本当は思い始めていた。

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