第20話 詐欺師と少女と、小説と。(2016お題:コロンブスの卵・人形・実行犯)

「ダウンロード、完了」

「おいっス」

 回転させた椅子で振り向きざま、かわしたハイタッチが景気のいい音を立てる。

「しっかし世の中、変わったねぇ」

 俺はしみじみ言っていた。

「そりゃそだろ。Nじゃヒトの幸福ってやつを測定できる機器が、末期の鬱患者の治療に実践投入されてるって話だかんよ。サイバーなんだよ、サイバア」

 繰り返して相棒は椅子を元へ戻してゆく。ディスプレイへ向き直ると上から下から引っ張られたような背伸びを繰り出し、切れたゴムかと脱力した。

「ま、おかげでちょろまかして俺たちは、ターゲットの心の隙間へ忍び込める、ってわけだけどな」

 向かって俺は言い放つ。相棒もまた「そりゃよ」と話しだしていた。

「不特定多数に当たり散らしてたふりーやり方よっか、こっちの方が断然っ、合理的だっての。一撃必殺」

 その手が傍らに立つ体を叩く。

「たのんまっせ、おじょうちゃん」

 そこで何某の嗜好をたっぷりインストールした人形アンドロイドは瞬きひとつせず、起動前の静謐さを保ち不躾な馴れ馴れしさを受け入れていた。

 そう、言ってしまえば俺たちがやっているのは人形を使った美人局ツツモタセだ。ターゲットの嗜好は話題に上がったばかりのNの開発部から失敬した臨床データを利用している。開発中、サンプルとして集めた社員や研究員たちの嗜好データはそこにごまんと蓄えられると、元にカスタマイズした女がターゲットを外すことは一度もなかった。ままに手に入れたアンドロイドの数だけ並行して事に及べば当面は遊んで暮らせる金などすぐ手に入り、今ではもう巻き上げられるだけ巻き上げてやろう、というゲームにすら変わってしまっている。

 手口は誰でも思いつけそうな類だった。だが案外コロンブスの卵というやつで、まだ同業者がいるという噂を聞いたことはない。

「どうする。何、着せるよ、今回」

 投げかけられて口を曲げる。

「好みからして、ユニ〇〇辺りでいいだろ。後は任せた」

 十二体目ともなれば、いちいち考えるのが億劫だ。

「ぅおっけい」

 伸びきっていた相棒が、答えて椅子から立ち上がった。

 瞬間、周囲を慌ただしさは走る。

 外だ。

 ここが気ままな生活にちょうどのトラックの荷台なら緊張感は走り「ヤバイ、データを消去しろ」とかすれた声は俺へ飛んだ。俺の方も身の危険を感じると、言われずともすでにダウンロードし終えたばかりのデータ消去にコンソールへ手をかけている。

 だがすでに遅かったようだ。

「機材から手を離せッ」

 開け放たれた荷台から、表の光が差し込んでいた。不意を突かれて振り返り、浴びせられた怒号に思わず指を浮かせる。

 上がり込んできた大勢に揺れて荷台が音を立てた。安全靴の重い足音は俺たちが座る間をすり抜けて、見つけた人形へと一目散に向かってゆく。

「ザミッチ社、フタマル式アンドロイド。製造番号2103zn12。一致します」

 人形の耳へ光を当てた一人が透けた製造番号を読み上げていた。

「とりあえずは盗難ボディの所有者だな」

 最後に荷台へ足を掛けた男が俺たちへとバッジをかざす。

「詐欺の実行犯としては、その後だ」

 聞いて俺は大きくため息をついた。

 それからこう考える。

 さてと、今もターゲットを釘付けにして駆動中の「おじょうちゃん」たちは、どうしようか。

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