第13話 開拓者(描写練習2)
テーマ 暑さと、涼しさをセットで描写
書きき出し セリフで「あつい」(モノローグ可)
「あつい」
彼は絞り出す。その顎を伝う滴を横目に捉えながら、僕もたがわず「厚い」と返してみせた。
掘り進んだここは剥き出しの周囲を囲まれ、突き破れぬままこうして眼前を塞いでいる。 ゆえに風の抜け道はなく、蒸す空間はサウナそのものと着込んだ作業服の下から尽きることなく汗を吹き出させていた。 無論、焦りもそこに混じっていたなら、白濁してそれはまた滴り落ちる。作ったシミを踏みつけ彼が、 肩にあてがった掘削機を担ぎ上げ、言った。
「戻って上と、相談するしかないか」
「ルート、変えるんですか?」
僕は壁へ目を戻すと、どこか恐る恐る聞く。
とその時だ。僕の声に重なり、水をぶちまけたような音は鳴った。暑さのせいで間違いない。我慢しきれず後ろで誰かが嘔吐したのだ。たちまちこもる熱気へ生臭くも酸い匂いが、吐いた何某の体温さえまとって漂い始める。
僕の問いなどそもそも陳腐だ。彼は答えず、掘削機を担ぐ肩を翻した。その動きに無駄はなく、歩み寄ったかと思えば続きのように、繰り出した靴先で嘔吐物の上、くの字にうつむく男の腹を蹴り上げる。瞬間、双方の体は倍にも伸びたように僕の眼へ映り、シャベルを投げ出し男は、みんなを後じさりさせてまで仰向けと倒れた。
「このクズが。やるなら外でやれ」
彼の怒鳴り声が響き渡る。
もちろん誰だって同じ気分だ。だからして口も挟まず、手も差し伸べない。分の悪さを感じずにおれず、吐いた男も慌てて身を起こしていた。歪められた男の口元には、吐瀉のなごりが貼りついている。噛みしめ外へ、踵を返した。ふらつく足音はスキップを踏んでいるかのようにまばらだ。行き倒れても分からない。刻みながら僕らの前から遠ざかっていった。
ため息すら漏れず、残った者が淡々と散った吐瀉物へ掘り返したそれをかけてゆく。
さなか、入れ替わりかのごとくタイミングだった。声は近づいてくる。
「お疲れ様です」
これまでを知らぬがごとく明るい響きだ。誰もが何か、と振り返っていた。そこへぼんやり、白は浮かび上がってくる。発泡スチロールのケースだ。二人で前後を持つと、にこやかな面持ちと共に運び込まれて来ようとしていた。
「差し入れに上がりました!」
みなが一斉にざわつく。
囲まれてケースは堂々、誰もの前で下ろされた。
何が入っているのかと、みなして首を突き出しのぞき込む。
目に飛び込んできたのは、容器に入ったかき氷だった。透き通るがまま光り輝く氷の粒は、そこで妖しげと冷気さえ揺らしている。やおらざわつきが、純然たる歓声へ変わる。もう、手をこまねいてなどいられない。急ぎ容器はリレーされていった。
「シロップは、こちらに。塩もありますから」
運び入れた一人が、さも嬉しげに呼びかけ、聞くや聞かずで汗まみれの顔に顔は、かき氷をかき込む。機嫌を戻した彼もまた、僕の隣で目を輝かせると口をつけていた。いや、それは二口ほど食ったところだ。容器を頭上へ掲げた彼は、一思いにひっくり返して水とかぶり、顔を拭ってぷは、と吐いた息もろとも頭を振ってみせる。
「ようし、もう少し粘ってやるか」
引き締まった顔が一点を睨みつけていた。気合入れてかかれ、とそのとき檄は飛び、なら誰ともなしに、やがて全員が、ならって氷をひっかぶりはじめる。雄叫びは上がり、熱気をものんで活気をそこに呼び戻した。
僕もならい、残りの氷を頭からかぶる。
首筋を流れる滴が、死ぬほど美味い。
転がるままに壁へ向う。
こうして何百年も前から、ワープチューブは掘られてきたのだ。 圧縮された空間の熱と固さは、制したその時、宇宙を造る僕らの誇りとすり変わる。
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