第12話 鬼だらけの影踏(描写練習1)

テーマ 駅前広場に存在する人物、もしくは人々を描写

場 所 駅前広場。隅に証明写真の撮影機械とコインロッカーと自動販売機。

     カフェと交番が広場に隣接。近くに大学がある。

時 間 7月18日の朝8時30分~9時までの間。この30分間は事件は起きない。

    天 気 快晴。気温はすでに27度まで上がっている。






 朝、まだ影はいくぶん長さを保っている。だからしてここ駅前広場は鬼だらけの影踏み大会となり、ひしめく人の流れが互いのそれを遠慮無用と、踏み合っていた。

 背にした僕は、左端からコインロッカーの扉を1、2、3、と数える。行き当たって上から3段目の扉の番号と、鍵にぶら下がるプレートのそれを確かめた。間違いなし、と鍵穴へさしこむ。

 緊張なんてものは、ない。

 開けば、昨日の夜が詰め込まれたままのような暗がりに、聞いていた通り、衣料量販店の白いレジ袋がぽつねん、とおさめられているのが見えた。手を伸ばし、奥まったそこからゆっくり引きずり出してゆく。感じる重みに、どうこらえても笑みはもれ、唇が歪んだ。何しろこれが衣服なら、まるでヨロイだ。袋にプリントされた量販店のロゴとそぐわぬ重量感に、うっかり手から滑り落とすことを警戒して、ゴツゴツしたその全体を確かめるながら、僕はしっかり握りなおす。

 ばさ、と耳にした音へアゴを引いた。

 1とカウントしたコインロッカーの向こうだ。続きのように据え置かれた証明写真撮影機の灰色をしたカーテンが、跳ね上がっている。中からTシャツの丸襟をつまんで上下させつつ、汗ばんだ体へ風を送って茶髪の男が、抜け出してきた。男は早くも出来上がった写真の撮り出し口へ、背を丸めている。その手には、僕が引きずり出そうとしている量販店のロゴが入った袋が握られていた。

 確かめた僕の目は、男の顔へ跳ね上がる。

 気にも留めず取り出した写真を眺めて男は、無造作にそれを折りたたんで、ズボンの尻ポケットへねじ込んだ。 その視線もまた持ち上がる。さ迷いかけて、見つめるぼくへ焦点を合わせた。

 続く探るような間合いは、互いが互いともだ。なら、歩み寄って来るまで気づくことができなかったらしい。そんな男の傍らへ、撮影機の隣、自動販売機から飲み物を取り上げ女が一人、ポニーテールを揺らし並ぶ。冷えているに違いない。汗の浮いた缶を親しげな笑みと共に男へ差し出してみせた。だが男は振り向きもせず僕を見つめ、やがて女もその視線を辿り始める。少し強張った白い顔を僕へ向けていった。

 そんな彼女のもう片方の腕は、背へ回されている。

 見せるように女が腕を体の前へ持ち出した。

 3人共が同じ袋を握り、立ちすくむ。

 やがて小さく笑ったのは男だ。

 やおら女から缶を受け取った。

 プルトップへ指をかける。

 僕も忘れていたわけではない。ロッカーの扉を締めきった。靴先を2人へ向けることにする。

「9時だって?」

 彼らとは初対面だったが、最初に交わす言葉としてそれが不躾だろうとも、 もう8時45分を過ぎているのだから体裁やタテマエはさほど重要でない。考える所は同じらしく、男もまた缶の中身を一口、あおり、ああ、と答えて返す。

「あそこ」

 と、不意に女が髪を揺らした。駅前広場の向こうへ小さく突きつけた指は、茶色い看板のカフェを指し示している。 そこから支払いを済ませて学生風の眼鏡男が一人、ボディバッグを体へ巻き付け出てきていた。 手には違わず袋、だ。早足で、まっすぐこちらへやって来ている。

 一瞥くれた男が舌打っていた。飲みかけの缶を女へ譲って、あさっての方向へ首を振り、立て続けにこうも知らせる。

「こいつはたまげた。あれもだな」

 促されて振り向いたところ、改札脇には交番があった。なるほど、濃紺の制服を暑苦しげにまとった警官もまた、明らかにこちらへ向かい歩いて来ている。職務質問でないと言い切れるのは、彼もまた同じ袋を握りしめているせいだ。

「いいんじゃないの? 誰だろうと」

 僕は腕時計をのぞき込み、くすくす笑って肩を揺らした。

 5分前。

 ボディバッグの男が目の前で足を止め、おっつけ、警官も輪へ加わる。警官にその外見を気にかける素振りはなく、特有の鋭い目つきでただ言った。

「時間だ。行こう」

 合図に、改札へ向かい翻す靴先以外、余計ごとは何もない。

 気づけば影は、ずいぶん短くなっていた。そのぶん昇った夏の陽に、上がる温度がなお空を青く染め上げ、セミの鳴き声をそこに重ねる。

 果たして僕らが英雄になろうとも犯罪者になろうとも、その温度こそが来たるべく変革にふさわしいとしか思えなかった。だからして僕は雑踏に紛れ、初めて袋の中の冷ややかな塊にそっと、触れてみる。

 鬼だらけの影踏みなんだ。

 誰が何をしかけようと驚くまい。

 やがて冷ややかな塊にも熱は移り、僕は一人、薄く微笑む。

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