第8話 星空サロン(2013お題:天体観測・家族)

「そうして織姫と彦星は、あの辺でバッチリ出会いましたとさ」

 川向う、黒い帯となった木立が満天の星空を支えている。彼はその中央、埋めて伸びる天の川を指さし話を締めくくった。

 けれどわたしは慌てて注意する。

「あ、もう。動いちゃダメ」

 危ないところだ。何しろこちらは刃物を持っている。うっかり耳でも切ったりしたら申し訳ない。思い出したのか、大人しく腕をおろした彼はふたたび借りてきた猫のようにデッキチェアの中へ埋まっていった。

 テントは万が一の増水に備え、河原からずいぶん離れた陸地に張っている。けれどどうしても涼を求めたくなり、水際までデッキチェアを持ち出したのは彼の方だ。そうして聞く川のせせらぎはなおさら涼しげで、紛れて転がる鈴虫の鳴き声も真綿のように心地がいい。時々ホタルも舞っているようだったが、それより彼が白熱して語るのは年の半分を過ごす宇宙ソラについてだった。

「でも年に一度って、ちょっとひどすぎるわよね」

 だからといって、その話に飽きたわけではない。思い付きであることは道具に準備がないのだから否めないとしても、そんな彼の襟足の長さが前から気になっていたのは事実だ。どうしても今、済ませておきたくて、わたしは話を聞きながらぎこちない手つきでまた彼の髪を切り落とす。

「そうか? 彦星に何の用があったのかは知らないけどよ、一年くらい宇宙にいりゃあ、あっという間に過ぎるさ」

「待つ方はタイヘンよ」

 幾らか進んだ作業に、耳の後ろ、左右の毛束をつまんで身を引いた。

 目を細める。

 左右の長さに差はない。

 我ながらうまいと思う。

「で、今度はどれくらい?」

 その合間の、このキャンプだ。

 再び彼のうなじへ前屈みと顔を寄せた。

「この方角、白鳥座のアタマ向こう」

 また星空を指し示す彼は懲りない。

「あ、そのまま」

 ストップをかけてわたしはクシを入れる。少しクセのある彼の髪は、きっと濡れている時に弄ったりすると素人は失敗する類だ。だからして乾いたままのそれを、つまんでねじって慎重に切ってゆく。

「白鳥座、いいメシの種が放置されてるって話さ。二カ月で行って帰ってくる」

 気配を確かめ終えた彼が、途中だった話を再開させていた。

「よかった。 地球ココから見える方向で。じゃ、二カ月分、短めにね」

「っていうか、何も今じゃなくていいだろ? 散髪なんて」

 今さらだ。右から左へ立ち位置を変えたわたしへ抗議してみせる。だとして仕上がりの良し悪しが目立つ襟足へ集中したなら、返事は自然なおざりとならざるを得ないだろう。

「んー? だから動かないの」 

 肩のラインを目安に、わたしはハサミを添わせる。切り落としてひと息ついた。

「だって景色は最高だし、涼しいし、そのうえ綺麗な美容師さんってちょっと素敵なサロンだと思わない?」

 などと口から出まかせもあったが、まんざらでもないと思う。

「ま、これだけ星がよく見えりゃ、確かに最高だわな」

「星だけ?」

 また見上げそうになった彼の頭が、ぎこちなく揺れ動いた。おさまるのを待って再びハサミを持ち上げる。

「それに練習。生来、子供の髪も切ってあげたいから」

 付け加えて毛束へ刃をあてがった。

 刹那、彼の頭は振り返る。

「コラっ」

 狂った手元に、怒鳴り声がもれるも仕方なしだ。切り損じたりしたら申し訳ない。もう、とわたしはむんず、と掴んでその頭を正面へ据え直す。

 渋々、川面へ視線を投げ戻した彼の顔は、真後ろからでは見えるはずもない。仕方ないけれど、今の部分は最初からやりなおしだ。

「……それ、男なのかよ」

 ボソリ、彼は言う。

「どっちでもいい」

 答えてわたしは、チョロリ残っていた最後の長い毛束を始末した。

 いつかこのサロンで家族の髪を切る。想像したところで、しばらくの間は白鳥座の向こうを眺める日が続きそうだ。それもまた、素敵な天体観測だと思いながら。

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