第7話 サマータイムデート(2013お題:七夕・羽化・風鈴)

 君に会いに行くために、僕は今夜も羽を養う。

 包むガラス越し眺める部屋は、いつも蒼くにじんで冷ややかで、とうてい僕のモノには思えない。

 開けたことのない冷蔵庫と、横たわった事のないソファ。買った覚えのない本が並んで、餌をやった事のない金魚は今日も僕と同じガラスの中でくるり輪をかくと泳いでいる。切れない電球と、止まらない蛇口の滴。テレビは点けっぱなしだけれど僕にチャンネル権はない。ちらつく光は青い部屋を占領して、そこにいつもドラマの主人公を住まわせていた。

 彼らの方が僕よりずっと大胆だ。きっと部屋の事を熟知している。

 眺めて僕はガラス越し、彼らと話し、冷蔵庫を開けたつもりでコークを取り出した。傾けるフリでソファに座り、読みかけていたことにする本のページをめくってゆく。退屈したら金魚に餌をつまんで与えて、昨日は電球が切れたことにしたから、取り替えるついでに蛇口の修理もまた済ませた。

 そう、今日、僕が饒舌なのは、きっと昨日のドラマのせいだと思う。しっとり濡れた紫陽花の森の中、再会を果たして抱き合う男女は艶やかで、妖精のようにステキと映っていた。

 僕もあんな風にして君に会うんだと、胸がときめいたようだ。何しろそろそろ時期だと思う。僕の背中がそう知らせている。生えそろったなら、年に一度、吹く風に乗り遅れるわけにはいかない。

 その風が、吹いてガラスがリンと鳴っていた。

 音にピリリ、亀裂は走る。

 そこからのぞく部屋には輪郭があって、僕を呼ぶと夏だと囁いた。

 退屈だったそこを抜け出せば、ぼくはこの部屋の本当の住人になれた様子だ。テレビが消せた。気になっていた本の背表紙を、あいうえお順に並べなおす。そうして冷蔵庫にあと何個、卵が残っているかをチェックした。金魚の水を入れ替えてやり、二度と漏れないようにしっかり蛇口を閉めなおす。

 そうして僕は自分の背中をうかがい見た。すっかり乾いた羽が、ガラスを鳴らした風を受けて小刻みと震えている。

 年に一度の風なのだから君も飛び出し、同じように部屋を整理して背中を見ているハズだと思う。そして卵と一緒に、電球の予備を買いに出るのだ。

 そこであんな風に触れ合えるだろうか。僕は自分へ問いかけた。寸分たがわずなぞれるように、頭の中でずっとドラマを流し続ける。

 おかげでそわそわしながらドアを開いた。そこにソラは広がると、ずっと遠く星屑と街明かりを灯して、白く川もまた横たわらせている。

 だけど僕は迷わない。その光のどれかひとつだ。約束通り、僕らが出会える店を知っている。

 砕けたハズの鈴が、また部屋でリンと鳴っていた。

 涼やかな風を受け、僕は君へと羽を広げる。

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